住職とシンガー・ソングライターという二足のわらじを履き、「仏の教えを歌う尼さん」として知られる、やなせななさん(42)が初めての映画制作に挑んでいる。生と死をテーマにした自身の曲の世界を脚本化したといい、朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A-port」で支援を募っている。
昨年リリースした5枚目のアルバム「夜が明けるよ」。表題曲の一節に、こんな歌詞がある。
《ひとしれず 散りゆく花たちも 冬を越え 大地に還り あらたな実り 育む》
命の尊さ。人は必ず死ぬ。けれど、その人に思いをはせることで残された人は生きていける――。制作を目指す短編映画「祭りのあと」は、やなせさんが歌に紡いできたそんなメッセージを映像化する試みだ。
全編オリジナル曲で彩られた物語は、妻を亡くし、無気力な日々を送る老年の男性が、ある少女との出会いを通して少しずつ明るさを取り戻していく姿を描く。
「たとえ二度と会えなくても、愛する人はそばにいてくれる。亡き人を思う気持ちが、生きている人の悲しみを癒やし、前を向かせてくれると伝えたい」
やなせさんはそう話す。
映画の舞台となるのは奈良県高取町。そこにある教恩寺(浄土真宗本願寺派)で、やなせさんは生まれ育った。宗門大学に進み、得度。寺や檀家を回ってお経を上げる一方で、歌手になる夢を追い続け、2004年にシンガー・ソングライターとしてデビューした。
ところが、30歳を前にして子宮体がんに侵される。子宮と卵巣を全摘出。そればかりか、退院後には所属事務所が経営難で倒産した。そんな失意のどん底にいたとき、知人の依頼で開いた講演会が転機になった。子どもが産めない体になったこと。それでも生きる覚悟を決めたこと。がんとの闘いを人前で初めて語った。
「大勢の人が身じろぎもせずに耳を傾け、涙ながらに声をかけてくれた。誰かの悲しみや痛みに寄り添う歌を作りたい、という思いを新たにしました」
「歌う尼さん」として口コミで評判が広がり、これまでに全国約500カ所でコンサートや講演会を開いてきた。今回の映画制作は、そんな地道な活動を通じて知り合った人たちの協力で実現したという。監督は故・つかこうへい氏の元で演出を学んだ渡辺和徳さん。
クラウドファンディングでは、撮影用の照明や音声機材の費用などを募っている。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/matsurinoato/。