それが「正しい/正しくない」ではなくて、「そういうルートもある」というだけの話なんじゃないのかな。
そう語るのは、美大受験を通して変化し成長する学生たちの青春群像を描いた、人気漫画『ブルーピリオド』の作者・山口つばささん。
総合型選抜(旧AO入試)が導入されて久しく、受験方法が多様化する今日。どのように進路選択や受験について考えたらよいのか――。
数あるルートのなかから「しっくり」とくる選択肢をみつける。多様性時代の受験のあり方について、山口さんに話を聞きました。
「選択肢の多さは、ノイズだとも思う」美大進学を選んだ理由
―『ブルーピリオド』では、主人公・八虎が東京藝術大学を目指し受験勉強に没頭する様子が描かれています。山口先生ご自身も、美大受験を経験されているんですよね?
はい。藝大を受験しました。
―現役合格されていますよね。高校も美術系だそうですが、どうして美術の道に進まれたんでしょう?
そんな大層な理由はなくて。中学生のときにお絵描き教室に通っていたんですが、そこの先生に「絵が上手だね。絵が好きなら美術系の高校もあるよ」と言われて。それで「すごくいいな」と思った、という感じです。
―藝大を目指された理由は?
美術系の学校や予備校に行くと、「とりあえず藝大を目指すものだよね」みたいな。特殊な空気感があるんです。だから、藝大を目指したのは自分の意思というより、その空気感に流された……とまではいいませんが、周囲の影響が強かったかもしれません。
―作中では、成績優秀な八虎が「少し高めの社会のレール」の上を歩くのをやめて、藝大受験を決心しますよね。その際、なぜ藝大なのか? 好きなことは趣味でいいのでは? と思い悩むシーンが印象的でした。山口先生は、美大を目指すことに葛藤はありましたか?
美大を選択したときの不安や葛藤は、あった気がします。だけど、自分はもとから社会のレールの上に乗っているとは思っていなかったんです。足もそんなに速くないし、勉強ができるわけでもない。だから、選択肢がなかっただけというか……。
それに当時通っていた高校が、週に10時間くらい美術の授業があって。かなり自由な校風だったんです。高校進学の段階でその選択肢をとったので、美術系以外の進路を諦めていた節もありますね。
逆に勉強もできて、いろんなルートを選択できる人のほうが、そういう葛藤は強いのかなと思います。
―八虎のような?
そうですね。そういう選択肢の多さは、時にノイズにもなると思っていて。だから、あるように見えても、自分にはないつもりでやる。みたいな感じです。
―かっこいいですね。選択肢を「ノイズ」と言えるのはすごい。
本当にポンコツだったので(笑)。なんていうか、選択肢の多さって、スケベ心がありますよね。私の場合、決断を鈍らせやすいので、そういうスケベ心は邪魔だなって思っているんです。
山口先生の「美大受験メシ」は、大盛りの餃子!?
―受験生の心身に負担をかける、受験のシビアな面も作中で描かれていますよね。山口先生ご自身は、受験期をどのように乗り越えたのでしょう?
番外編で「美大受験メシ」という話(※)があるんですが、私自身も息抜きがてら、友達とお昼に餃子を食べに行ったりしていました。
※八虎たち美大受験生が、予備校の昼休みに各々のオススメランチを日替わりで紹介し合う話。『ブルーピリオド』単行本5巻に掲載されている
私は食べることが好きなので、それこそ友達とテーブルいっぱいに餃子を頼んで。全部食べられるか? みたいなことをやってました(笑)。さすがに食べ過ぎだったと思いますが、楽しみがないとキツくなっちゃうので。
―友達と餃子! 楽しそうですね。桑名マキ(※)が「食べないと受からないよ」と、バランス栄養食を八虎にわたすシーンもありましたよね。先生は、食事や健康管理を重視されているんでしょうか?
※『ブルーピリオド』の主人公・八虎が通う予備校の同級生
そのシーンを描いたときは、食事の重要さを意図的に表現したわけではないのですが、自分の受験期を思い返すと、やっぱり栄養や睡眠が足りていない人は、メンタルが弱っていた印象があります。
健康は本人の意思だけでどうにもできないこともあるので、すごく難しいと思うんです。だけど、やっぱり食べることと寝ることは大事だなと思います。
―たしかに、受験期は食事のバランスに気を配れなくなることもありますよね。そういうときにバランス栄養食は役立ちそうです。
そうですね。実際、私もカロリーメイトを受験期に食べていました。とくにブロックタイプのチョコレート味とチーズ味が好きで。予備校の休憩時間にコンビニエンスストアへ行って、カロリーメイトを買って。おやつ代わりにしていましたね。
―絵を描くのは、お腹が空きそうですもんね。
そうですね。だから、なるべく食事できちんと栄養をとって、補助的にカロリーメイトを食べていました。しっかり食べて栄養をとると、勉強のパフォーマンスも変わってくると思います。
「絶対に正しい」ルートなんてない。進路の選択に大事なこと
―今は「多様性の時代」とも言われます。山口先生は、受験や進路の多様化について、どう考えますか?
物語の主人公がしていることって、すごく正しく見えるんじゃないかなと思っていて。だけど、それが「絶対に正しい」とは受け取ってほしくない、という気持ちもあるんです。
たとえば『ブルーピリオド』では、八虎が一心不乱に受験勉強に励みます。その一方で、受験を諦めるキャラクターもいれば、そもそも受験をせずにフリーターになるキャラクターもいる。
頑張るべきときに頑張れる人は、すごいと思います。だけど、それだけが正しいように映ると、ちょっとしんどいよねと考えているんです。
つまり、いろんな環境において、それが「正しい/正しくない」ではなくて、「そういうルートもある」というだけの話なんじゃないのかな、というか――。
それこそ、私のように藝大卒で漫画を描いているなんて、いわゆる美術の世界で“良し”とされるルートとは違っていて。
「藝大に現役合格なんてすごい」と言っていただけますが、「藝大を出て漫画を描くのって違うじゃん」という意見もあります。要はその人によって、そのルートをどう見るか、評価するかは異なるんだと思います。
―たしかに、10人いれば、10人違う進路の考え方があるのは納得です。一方で、選択肢が多くなった分、それこそ「ノイズ」じゃないですが、自分らしい進路を見つけるのに苦労しそうです。
私としては、「自分らしさ」と「進路」は別の話だと思っていて。たとえば1枚の絵を描いて、それを「すごく山口先生らしい」と評価していただいたとします。だけど、それが自分では気づいていない“らしさ”のときもあれば、自分の売りや強みとして狙っている“らしさ”のときもある。だから、そこを混同すると、アイデンティティがわからなくなってしまうんじゃないかな。
じゃあ、どう進路を選ぶのか? については、私自身は美大を経て漫画家という職業を選んだわけですが、夫はサラリーマンをしていて。「自分は消極的な選択をしてきた」みたいなことを言うんです。だけど、サラリーマンができないタイプの自分からすると、夫はすごいと思いますし、組織の一員として献身できるのも才能だと思っていて。
つまり、必ずしも「自分が向いている方に行こう」という高尚な選択や、「好きなことを突き詰めよう」みたいな派手な選択じゃなくてもいい。それよりも「自分にしっくりとくる方向」を選べるか、が大事なのかなと思います。
―ありがとうございます。最後に受験生へ一言お願いします。
これは、今まで断り続けてきたんですけど(笑)。よく食べて、よく寝るのがいいんじゃないでしょうか!
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写真:tomohiro takeshita
取材・文:midori ohashi