「表現の不自由展・その後」を含む「あいちトリエンナーレ2019」の全展示が10月8日から再開することになった。「表現の不自由展・その後」が脅迫や激しい抗議の電話で一時中止になったことを受けて、アーティスト自らが電話を受け付ける「Jアートコールセンター」も8日からスタートする。中心となって企画した高山明さんに、その理由や狙いを聞いた。
コールセンターは、あいトリ出品作家のすべての展示再開を目指してきたアーティストが集う「ReFreedom_Aichi」のプロジェクトの一つ。「電話対応の法的・制度的な再設定を試みる」ことを目的としている。
アーティストやキュレーターら30人ほどが、あいトリへの質問、意見、感想の電話を交代で受ける。あいトリ会期中の14日まで続ける。今後の芸術祭などでも継続することを念頭に会社を設立した。
■アーティストが主体的に自らの意見も伝える
高山さんは、開幕から3日後に「表現の不自由展・その後」が中止になり、芸術監督の津田大介さんから手紙を受け取った。その中で、電話で問い合わせをする「電凸」が殺到したことが、職員に大きな精神的ダメージを与えていたことを知ったという。
実は高山さん自身、かつて電話による激しい抗議を受けた経験がある。その時の恐怖や苦痛が蘇った。
「意見には耳を傾けるべきです。でも、何時間も抗議を続ける電話を受けることが、いかに精神的なダメージになるか、僕自身が分かっていました。会って話すよりも、ずっと辛い。(不自由展への抗議電話を受ける)職員が大変な状況だと聞いて、代わってあげたいと思った」
コールセンターの立ち上げにあたり、弁護士らから法的なアドバイスも受けた。対応の基本的なマニュアルは作成するが、電話を受けるアーティストらの判断を尊重する。電話相手に名乗るかどうかも、アーティストらの判断に委ねる。
「職員は抗議電話に対して反論したり自分の意見を主張したりすることができません。でもアーティストならできる」
相手の話す内容が意見ではなく、単に嫌がらせや不当な抗議の場合には、自身の判断で電話を切っても良いこととした。
■生まれるかもしれない「対話」の可能性にかけたい
コールセンターは、アーティストとしての挑戦でもある。
「電話は公共サービスです。でも、ひねれば出てくる水道と違い、電話は相手が受けた瞬間にプライベートのスイッチが入る。半分パブリック、半分プライベートな不思議なメディアです」
「では、プライベートとパブリックの境界はどこか。僕は、『一人』から『二人』になったときに、プライベートな空間は、パブリックな空間に変わると思っています。自分の声と相手の声が、『敵・味方』というあり方を超えて一瞬でも同じ空間に響き合えばいいなと思います。異なる意見が異なったままプラットフォームにのっている状態になる」
なぜこうした異例の取り組みを始めるのか。高山さんは「ひょっとしたら生まれるかもしれない『対話』の可能性にかけている」と話す。
背景には、ReFreedom_Aichiとして活動する中で、意見が異なる相手との対話の経験を重ねてきた自負がある。
「アーティスト同士でこんなに話したのは初めて。作家は孤独な作業も多いので(笑)」
不自由展の再開に反対する鑑賞者との対話も貴重だったという。作家と市民が意見交換する場などで何度か意見を交わしたことで、「意見は異なっても、対話はできた。抗議ではなく意見を伝えあえば、コミュニケーションは成り立つと思った」と語る。
「たとえ意見が合わなくてもいい。異なる意見が電話という1対1のパブリック空間にのっている。その中で、お互いに、自分が『絶対正しい』と思っていることを、ちょっとでも疑うことができれば良いなと思います」
■Japanese artの可能性
「Jアートコールセンター」の「J」は、あいトリのテーマである「情の時代」の「情」と、「J(ジャパニーズ)アート」の「J」から取ったという。
「表現の不自由展・その後」の中止を受けて、あいトリに参加する海外アーティストを中心に、抗議声明を出したり展示を取りやめたりする動きが広がった。そんな中、政治的なメッセージを発することに慎重な日本のアーティストたちをSNS上で「#Jアート」と揶揄する声が上がった。
ドイツで演劇を学んできた高山さんのもとにも、「なぜ、ボイコットをしないのか」といった声が寄せられたという。実際に、高山さん自身、ボイコットを検討したこともあった。
だが今回、若手中堅の日本人アーティストらを中心に展示再開を目指して議論をしたり、鑑賞者らと対話をしたりするプロジェクトが進んでいった。高山さんは、そうした日本人アーティストの様子に励まされたという。
「対話で何ができるか。ジャパニーズアートの力で、一度中止になった展示がもう一度再開するということを、やってみたい」と話している。