《温かいものを食べてください。毎日寒いので体に気をつけてくださいね》
都内のあるカフェでは、そんなメッセージを添えた小さな「チケット」が、人々を繋いでいる。
このチケットは、「次に来る誰か」のために飲食代を先払いする仕組みで、「お福分け券」と呼ばれている。
東京都練馬区にある「カフェ潮の路」は、路上生活やシェルターでの生活を経由し、アパートに移った人たちの「就労の場」、そして孤立を防ぐための「居場所」として7年前にオープンした。
一杯のホットコーヒーとお弁当には、「人が人を思う気持ち」が詰まっている。
困っている誰かのため、“福”のお裾分け
カフェの1階にはコーヒースタンド、その奥には古書店「潮路書房」があり、2階ではテイクアウト用のお弁当を売っている。
ホームレスや生活困窮者を支援をしてきた一般社団法人「つくろい東京ファンド」が2017年から運営する、皆の「居場所」だ。週に一度、木曜日の正午からオープンしている。
700円分のお福分け券で、お弁当と、コーヒーもしくはもう一品のおかずを選ぶことができる。
券を使いたい人は、その旨をスタッフに伝えるだけ。
その日のごはんを買うお金がない人も、お福分け券を使って、お弁当でお腹と心を満たすことができる。
券を買った人からは「寒いので体に気をつけて」「おいしいご飯を食べましょう」などとメッセージが添えられる。
券を使った人からの「ひとこと欄」には「お金がなかったので助かりました。ありがとうございます」「年末においしいものが食べられて幸せでした」と綴られていた。
券を介して、小さくも、あたたかい交流が生まれていた。
カフェのコーディネーターを務める小林美穂子さんは、「ここは、お金がないことに負い目を感じずに入ってこられる場所」だと話す。
カフェやお福分け券について聞き、小さな子どもの手をひいてやってくる親もいる。
「何も問われずに、券を使って他のお客さんと同じものを買えます。手元にお金がない方や、節約したい方も来やすくなっています。カフェには、生活困窮していない近所の方なども来られるけど、対等でいられる場所です」
お福分け券は、欧米のホームレス支援カフェでよくある仕組みをアレンジしたもの。
券はカフェかネット上で購入でき、これまで、約3500枚のお福分け券が購入された。
「顔を見て挨拶をして、世間話をして。居心地がいい場所」
常連客の男性(65)は、ラジオで小林さんがカフェについて話しているのを聞き、2年ほど前に初めて来店した。
生活保護を受けて暮らす中で、普段の生活では「社会や人との繋がりが非常に薄い」。でも「どうすればいいか分からない」と悩む中で、様々な人たちが集まるこのカフェに出会った。
「女将さん、そしてコーヒー店の青年。顔を見て挨拶をして、世間話をして。とにかく居心地がいい場所です」
生活保護を受けて、どうにか生活を立て直そうとするも、孤立に悩む人も多い。カフェは、そんな人たちの「居場所」になればとの思いも込められオープンした。
世間では、生活保護を受ける人たちに対する偏見や差別的なネット上での発言も目立つ。
「同じ人間なのにな」。一度“レール”から外れてしまった人たちを「自己責任」という言葉で片付けたり、見下したりする日本社会を、男性はつらい思いで見ている。
男性自身も生活保護を受けるまでは、日本社会の貧困問題などについても関心を持つことがなかった。しかし今では、小林さんとの世間話なども通して、以前は見えていなかった日本社会の側面について考えるという。
孤立、そして働く場所の壁。「やりなおせる社会」へ
つくろい東京ファンドは、「住まいは基本的な人権である」との理念に基づき、路上やネットカフェで生活している人たちのためのシェルターを作ってきた。
2024年1月現在、中野区、豊島区、練馬区を中心に計54室を確保し、個室シェルター(短期)やハウジングファースト住宅(長期)の運営を行っている。
しかし、住まいという物理的な課題が解決されても、課題は残る。
ホームレス状態を抜け出してアパートに移った人の多くが、「孤立」や「就労」の問題に直面する。
高齢や障害・疾病のため、一般就労が難しく、社会的にも孤立する人たちがいる。そのような人たちを支えるために、カフェ潮の路は始まった。
カフェでは、路上生活からシェルターに移り、その後、地域のアパートに住むようになった人や、生活を立て直そうとする人たちが働く。
コーヒースタンドを担当する山崎さん(29)は、2017年のカフェオープン当初から働いている。
生活に困っていた時につくろい東京ファンドとつながり、シェルターを経て、地域のアパートに移った。
当時、仕事をしたいと探していたが、メンタルや体調の不安もあり、なかなか条件が合う仕事を見つけることが難しかった。そんな中、カフェのオープンに際し、「よかったら手伝って」と声をかけられ、無理せず働けるこの職場に出会った。
初めての接客業だったが、「色々な人が来て、世間話もするこの仕事は、新鮮」だという。
お客さんの中には、お福わけ券を知って「こういう仕組みがあるんだね」と買ってくれる人、家庭菜園で採れた野菜を「お弁当の食材に使って」と持ってきてくれる人もいる。
「力を貸してくださる、多くの人たちに支えられています」と笑顔を見せた。
コーヒースタンドの奥には、古書店「潮路書房」がある。
店番担当は、井上さん(83)だ。
1941年、当時は日本の統治下にあった中国の大連で生まれ、終戦の翌年に日本に引き揚げてきた人物だ。
仕事は建築関係や米軍基地などを渡り歩いたが、生活に困窮し、路上生活となった。
路上生活者の仲間には、空き缶や段ボール回収をする人が多かったが、井上さんは古本回収をしていた。寄しくも、今は古書店の店番をしている。
支援団体のサポートを経て、路上生活から生活保護に、そして地域のアパートに移り生活している。
井上さんは、店番は「ちょっと退屈」と笑いながらも、「以前からの知り合いが来てくれることもある」と仕事の楽しみを話した。
取材をした日は偶然、井上さんの誕生日。コーヒースタンドを切り盛りする青年、山崎さんが「井上さん、お誕生日おめでとうございます!」と、ホットコーヒーを持ってきた。
山崎さんや井上さんが、地域の人たちから愛されながら働く様子を見て、カフェのコーディネーター・小林さんは、こう話した。
「経済自立と言っても、誰もが無理をせずに働ける寛容な職場や、復帰に向けた環境がなかなかないという現状があります」
「寛容な職場さえあれば、これだけそれぞれの持ち味を活かして働けるということが、このカフェでは証明されているのかなと思います」