2017年7月4日、東京・港区新橋のキャバクラ店に勤務していた19歳の女性が、店の経営に関わっていた男性から1時間に渡り暴行を受けた。髪をつかまれて顔を殴られ続けた彼女は、数日後に亡くなった。
どうしてこのような暴力に晒されなくてはならなかったのか。キャバクラ嬢だったことは関係があるのか。
■「私たちが常に向き合わされている現実です」
水商売で働く人のための労働組合・キャバクラユニオン共同代表の布施えり子さんはキャバクラについて、「セクハラやDVなどの性暴力を、女性に対して堂々とやっていいと思われている場所」だと語った。
キャバクラユニオンは7月29日、この19歳の女性が殺害された事件への声明を発表。公式ブログで「女性だから殴られ、水商売に従事しているから殺される」と切実な言葉でつづった。
この事件で実際に振るわれた暴力は、キャバクラ店での接客に従事している私たちに日常的にほのめかされ、見せつけられてきたものです。
この事件は特異で例外的なものではなく、私たちが常に向き合わされている現実です。
ただこの暴力を見つめてほしい。 女性だから殴られ、水商売に従事しているから殺される。
同種の事件が繰り返されているのは、この社会が水商売で働く女性は殴ってもいいとみなしているからです。
暴力を受けた女性はキャバクラ嬢だった。本当にこの社会は水商売で働く女性なら、暴力をふるってもいいと思っているのか。
布施さんによるとこれまでも、常連客から暴力を振るわれ、足の指を骨折した女性から相談を受けたことがあるそうだ。
しかし暴力を振るうのは客ではなく、店側の人間であることも多いという。
「うちの店で働く女はうちの商品だとでも思っているのか、性的な関係や交際を迫る男性従業員は多いようです。女性にストーカーをしていた客に個人情報を教えたり、お客さんに女性が身体を触らせず、その結果暴力を受けても『触らせてあげないお前が悪い』と、逆に注意したケースも聞いています。アルコールを飲まされすぎて意識がなくなった女性を外に放り出して、他のスタッフは全員帰ってしまったなど、悲惨な報告は枚挙にいとまがありません」(布施さん)
キャバクラユニオンは2009年12月、非正規労働者の労働組合・フリーター全般労働組合にキャバクラ嬢からセクハラと給与未払いの相談が5件入ったことを機に設立された。
以来、夜の仕事をする女性の相談を、これまでに約200件受けてきた。未払いや解雇など金銭トラブルが圧倒的だが、客からの暴力を見て見ぬふりをしたり、従業員からの言葉や実際の暴力の相談もあるそうだ。
■「お前みたいにくさった女は、他のキャストに悪影響」と言われて...
20代のサヤカさん(仮名)は、元キャバクラ嬢だ。2016年10月から勤務していた渋谷区内のキャバクラ店を辞めると申し出たことで、店長から言葉の暴力を受けた。
「10年近く夜の仕事をしていますが、これまでもお客さんから『高いお酒を頼むから、ドレスを降ろして身体を見せて』とか『触らせて』とか言われたことはありました。別の店に勤めていた時は、常連客に帰り道を尾行されたこともあります。でも今回はあまりに店の対応がひどかったので、どうしたら解決するかをネットで調べて、キャバクラユニオンにたどり着きました」
昼間の仕事と掛け持ちしていたサヤカさんは2017年1月、昼職の研修期間が終わったことからLINEで店長に退店希望を伝えた。
店が決めた「辞めるなら1か月前に言う」というルールに従ったにもかかわらず「前月の給料は払わない。払っても東京都の最低賃金以下だ」と、突然言われたそうだ。
それでは生活していけないと抗議すると、立て続けに
高額の保証をしているのに最下位。仕事を甘く見ているのでは
こうなったら出るとこ出ましょう
もう来なくていい。給料も払いたくない
と返信が届き、突然の解雇を言い渡された。せめて今まで働いた分の給料と私物は返して欲しいと言うと、
お前みたいな女と話す暇はない。来たら不法侵入で訴える
女に生まれてよかったな。男だったらとことん追い込んでた
お前みたいにくさった女は、他のキャストに悪影響
などと罵倒や脅しともとれる内容が届いた。サヤカさんは恐怖と怒りを感じ、キャバクラユニオンに加盟して団体交渉を始めた。
■キャバクラ嬢の時給は、危険手当ではない
サヤカさんの時給は入店してからの3か月間が3500円で、4か月以降は2000円に指名料がプラスされていた。
しかし支払額から交通費約1000円、ヘアメイクとドレス代が合わせて1回1500円、所得税10パーセントと厚生費5パーセントが天引きされていた。
店は所得税を引いておきながら納税せず、サヤカさんは自分で確定申告をおこなっていたそうだ。
「綺麗に着飾って、楽しくお酒を飲んでお金がたくさんもらえるイメージがあるキャバクラ嬢ですが、店が決めた経費が天引きされるため、求人広告どおりの金額は支払ってもらえません。実際には勤務時間外もずっとお客さんと連絡を取り合わないとならないし、店外で会うこともあります。仕事に関わっている時間を含めて時給換算すると、決して店長が言う『高額の保証』ではありませんでした」(サヤカさん)
「サヤカさんのようにあれこれ名目をつけて天引きされるのが、キャバクラでは当たり前になっています。さらに遅刻や欠勤、お客さんのノルマを達成できないと罰金も取られます。当日急に休んだことで、4万円もの罰金を取られた女性もいました。店に文句を言っても『これが夜のルールだから』と、取り合ってもらえないことがほとんどです。高収入の"カリスマキャバ嬢"もいるのは事実ですが、それはごく一部の話。キャバ嬢全体でみると、ほんの一握りに過ぎません」(布施さん)
キャバクラ嬢はラクして稼いで華やかな生活をしているのだから、多少の暴力やハラスメントは仕事のうち、では決してない。店側の対応には、キャバクラ嬢への差別と偏見もあるのではないかと布施さんは言う。
「彼女たちは危険な目に遭ったり搾取されたことを話しても『好きで働いていたのだから自己責任。だったら別の仕事をすればいい』と、自己責任論を押し付けられてしまうことがよくあります。だから誰にも相談できずに泣き寝入りする人は、これまで数多かったのではないでしょうか」
女性への差別や暴力が起きる場所なら、キャバクラなど存在しなくてもいいのではないかと布施さんは言うものの、それは現実的ではないことも理解している。だからキャバクラユニオンは問題のある店と団体交渉をして、女性が安心して働ける環境作りに寄与していきたいという。
サヤカさんは団体交渉の結果、2017年8月に未払い賃金を取り返すことができた。
満額ではなかったものの、「やっと終わりにできたので、ユニオンのメンバーには感謝しかない」と笑顔を見せた。
■「夜の世界のことだから」で済ませてはいけない
「うちの店で働く女はうちの商品」で、「ラクをして稼いでいるのだから暴力やセクハラに遭っても自己責任」という論理なのだろうか? それでいいはずはない。
この世には「暴力を振るっていい女」と「悪い女」が存在するのではなく、どんな仕事をするどんな女性であっても、他者から暴力を受けるいわれはない。
その視座がいわゆる夜の世界には、決定的に欠けているように思える。しかし布施さんは、このことは、キャバクラに限らず、すべての仕事につながる話だと断言する。
「たとえば介護や保育、看護の現場でも女性は必要以上の奉仕を求められたり、性的な危険やパワハラに遭ったりすることがありますよね。この社会には女性に対する性差別が根強く存在していて、キャバクラはそれが凝縮されている場所なのかもしれません」
キャバクラで起きていることは「特殊な世界の特殊な出来事」ではない。「夜の世界のことだから」と見過ごしてしまえば、暴力やハラスメントは他の仕事でも当たり前になってしまうかもしれないからだ。
キャバクラ嬢たちは、いわばその最前線に立たされている存在なのだ。
(執筆・写真:玖保樹鈴)