噛まれると、同性愛者になってしまうーー。
ヴァンパイア(吸血鬼)がとある街で住人たちを噛んで同性愛者に「目覚め」させ、占領を目論むという設定の映画『バイバイ、ヴァンプ!』が2020年2月14日に公開された。製作側は「自由な愛」を描いたエンターテイメント作品と説明している一方で、ツイッターなどネット上では差別的な表現だと多くの批判を集めている。
その後、映画に同性愛蔑視的な表現が含まれるとして公開停止を求める署名キャンペーンが発足。LGBTQ当事者やアライらがキャンペーンに賛同し、2月19日現在1万人以上の署名が集まっている。署名の発起人に話を聞いた。
署名を立ち上げた理由
署名キャンペーンの発起人は静岡県在住の高校2年生、今田恭太さん。
映画のことは公開される前にSNSで知った。
「自分自身も差別とか、アイデンティティーの形成で悩んだことがあって、傷ついたこともありました。その経験から思っていることは、人の無意識下における嫌悪や差別の根底には同性愛に対する間違った認識があるということです」
「それは生活習慣からであったり、親からかもしれないし、メディアからかもしれない」
「当事者として、そして一人の人間としても、間違った認識を生み出すかもれない映画が上映されることが怖くなり、私のように自分の性別のことで傷つく人が少しでも減って欲しいなと思って署名を立ち上げました」
今田さんは小学校のころ、「オカマ」「オネエ」と呼ばれたことがあった。
中学生の時には自身が男なのか女なのかと考えていた最中、「動物の生きる目的は子孫繁栄だ」と教わり、男性を好きになる自分は本当に生きていていいんだろうかと悩んだ。身近にいた男の子が気になった時は、そのような感情を抱いたことが悲しくなり、混乱からパニックに陥る経験をしたという。
映画の差別的な表現を前に、自分の経験が重なった。
「映画で『ホモ』という、時に蔑視的な意図で発せられる言葉が使用されていました。すごく人を傷つけかねない表現で、私自身すごく悲しくなりました」
「クラスの生徒がヴァンパイアに噛まれて、『あいつ俺のお尻狙っているかも』と同級生が言う場面がありました。これは実際に起こっているフォビア(嫌悪)の映しです。ゲイの当事者がカミングアウトをすると、『俺のこと好きなの?』とか『俺のお尻狙っているの?』と言われることがあります。現状の悪い部分を映していると感じました」
「2020年というオリンピックイヤーで、LGBTQなど多様な性を認めようというムーブメントが起きています。誰か一人でもこれを公開前におかしいと感じることができなかったのかと、憤りを感じました」
物語は、ヴァンパイアに噛まれることによって「同性愛に目覚める」という設定だが、その後の展開も間違った認識や潜在的な差別意識を助長しかねず、「根本的な問題を感じた」という。
「同性愛は快楽に溺れているだけで愛はないという表現であったり、(噛まれた生徒たちが)教室でキスをしたり服を脱ぐなど卑猥な表現を中心にした描写。『同性愛には走るわけにはいかない』『(舞台の町が)同性愛の街になってしまう』『女好きから男好きになるの嫌じゃね?』という発言もありました」
「同性愛者を『望ましくない人たち』として表現していることに、根本的な問題があると考えています」
中止ではなく、配慮を
今田さんは署名キャンペーンを通して、現在上映中の『バイバイ、ヴァンプ』の公開停止と、製作委員会側から公開までの経緯の説明を求めている。
しかし、作品の存在や、出演者を否定するつもりはない。問題は、物語の設定や、作品内で描かれる一部の表現にあるという。
「どんな映画でも、芸術的な価値というのはあると思います。それは評価されるべきです。けれど、ヴァンパイアに噛まれると同性愛者になってしまうという設定は必要だったのでしょうか?」
「例えば、再編集をして、人を傷つけるリスクが限りなく少ない形でこの映画をまた上映できるかもしれません」
署名キャンペーンの立ち上げから高校生であることを表明している今田さん。自身の立場を発信することで、セクシュアリティやジェンダーといった、性の多様性の会話にも高校生の意見も含めてほしいと願っている。
「今という世界は、色々な年代が作っていると思います。近年では若者を重要視するようにはなりましたが、まだ高校生の意見というのがあまり広く受け入れられていないように感じています」
「高校生も社会を知ろうとしていること、そして高校生にも当事者が存在しているということを知ってもらいたいと思っています」
「中高生はアイデンティティーが形成される時期です。その性の多様性を保護するという意味で、高校生にも当事者がいる、そしてジェンダーに迷う当事者がいる可能があることを知ってもらいたいと思っています」
制作側「差別する作品ではない」
映画の製作側は批判に対し、公式ツイッターなどで「この映画には一部、同性愛の方々に対し不快な思いを抱かせる表現が含まれているかもしれませんが、同性愛を差別する作品ではありません」「愛とは自由であり、人それぞれの愛が尊重されるものであるというテーマのもと、製作されました」などと声明を発表している。
製作・配給を担当したロハスプロダクションズの公式サイトは現在アクセス不可能となっている。
映画の植田尚監督が所属する制作プロダクションMMJの担当者はハフポストの取材に対し、「お答えできる立場にない」とした上で、「弊社社員・植田尚が監督した映画『バイバイ、ヴァンプ!』において一部の方に誤解や混乱を招いた事を心よりお詫び申し上げます」と回答した。
(Updated 2021年1月17日)