新潟に単身赴任中の夫が先週の頭から、「ずっと強風で氷とみぞれが降ってる」「めちゃくちゃ寒い」「雪降ってる」「積もりそう」「とにかく寒い」と、何度もメールや電話をしてくるので、「そりゃ寒い地方に行ったんだから寒いのは当たり前でしょ」と思いつつ、週末大寒波到来のニュースにネットで新潟の様子を見たらかなりの積雪だった。これは慣れるまで、しばらくしんどいだろう。
一昨日の朝は愛知県の西部でも雪がちらつき、布団から出るのが辛い。元気なのは犬ばかり。
‥‥‥と思っていたら、この寒いのにガッツのある蝶を、家の前に停めた愛車の脇で発見しました。
さっそく夫に写真を送って「何て蝶?」と尋ねる。
「ヒョウモンチョウ。うちに絵が飾ってあるだろ」とのこと。あ、あれか。20年以上も飾っていてあまり細部を注視していないのは、私の嫌いな芋虫が描き込んであるからだ。これは生物専門の夫の趣味。
出典:『英国蝶類図譜』H.N.ハンフリーズ 1859 技法:リトグラフ、手彩色 サイズ:260×180mm
調べてみると、ヒョウモンチョウは幼虫か蛹で越冬するらしい。このチョウは羽化する時を間違えたんだろうか。
また夫に聞くと、「最近は温暖化と栽培植物が増えた影響で、ヒオドシチョウ、ルリタテハなどが越冬する。ヒョウモンチョウも」「仮死状態で越冬する」ということだった。
敷地内なので他の車に踏み潰されることはないだろうけど、よりによってこんな殺伐としたところで越冬か。それにまだ仮死状態ではないみたい。
ずんぐり太った幼虫や鎧で風雨を凌げる蛹に比べて、蝶は寒さに弱いだろう。蛾のようにモフモフしたオーバーを着ているわけでもないし。
「冬の蝶」は俳句の季語にもなっている。
俳句で言う「冬の蝶」は温暖化とは全然関係なく、どうかした拍子で寒くなって来たのに生き永らえている蝶である。余命いくばくもない生き物、それもあでやかに舞っていた姿とはあまりにも対照的な哀れな様子に寄せる心情を詠んだ句が多い。
「凍蝶」も「冬の蝶」とほぼ同じものとして扱われているが、言葉の感じから言えば、冬の蝶よりももっと弱った、ほとんど飛べずに固く縮こまっているような感じがある。
(水牛歳時記より抜粋)
ここに紹介されている俳句を読んでいると、「人生の終わり」という言葉が浮かんできてなんだかしみじみとした気持ちになる。
しかしこのヒョウモンチョウは「越冬蝶」なのか、「凍蝶」なのか。そっと摘んで枯れ葉の陰にでも置いてやればいいのか、自然に任せ余計なことはしない方がいいのか。
思い切り蝶に顔を近づけてしげしげと眺めていたら、「なんやねん、あんた」と言われた。なぜに大阪弁かというと、お衣装がヒョウモン=豹紋だからです。豹柄は大阪のオバチャンの好む柄(偏見)。
「今出てきたばっかやで。どこで冬越すか考えてんねん。邪魔せんといてや」。この眼はそう言っている(たぶん)。
踏みつぶさないように注意して車を出した。
夕方帰ってきたら、既にどこかに消えていた。
無事、この冬を越せるといいですね。
(2014年12月8日「Ohnoblog2」より転載)