4月から短期大学の専任教員に転職した。前職では人事・採用の担当者として多くの若者と接していたが、さらに若い学生たちと日々交流することとなり、大変刺激的な生活となった。私事であるが、会社員から大学教授になるという、ちょっと珍しいキャリアについて書いてみたい。
■大学教員になるための資格は?
「大人になったらなりたい職業」の調査結果によれば、男の子の第1位は「学者・博士」であり、2位「野球選手」、3位「サッカー選手」を抑えての堂々の首位となっている(「「大人になったらなりたい職業」男子は学者が15年ぶり1位 女子は食べ物屋がトップ 第一生命調査」 産経ニュース 2018/1/5) 。
書店でキャリアアップや転職関連のコーナーに立ち寄ると「大学教員になるには」といった書籍も少なくない。大学教員になることは、手前味噌になってしまうがキャリアアップやキャリアチェンジの一成功例と言えるかもしれない。
大学教員(教授、准教授、講師等)になるための要件は国が定める大学設置基準に規定されている。例えば、教授になるための要件は以下のとおりで、博士の学位は必須ではなく、「教員免許」といったものもない。業績や知識経験さえあれば教授になれる。
一 博士の学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し、研究上の業績を有する者
二 研究上の業績が前号の者に準ずると認められる者
三 学位規則(昭和二十八年文部省令第九号)第五条の二に規定する専門職学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し、当該専門職学位の専攻分野に関する実務上の業績を有する者
四 大学において教授、准教授又は専任の講師の経歴(外国におけるこれらに相当する教員としての経歴を含む。)のある者
五 芸術、体育等については、特殊な技能に秀でていると認められる者
六 専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者 「大学設置基準第14条」文部科学省
では、大学教員の求人はどのように行われているか? 公募によって公開求人するケースと、公募によらず「一本釣り」に近い採用もある。この辺りは採用する職位や研究分野、大学の規模や採用時期等により多種多様であると思われる。文部科学省所管の科学技術振興機構が運営する研究者人材サイト「JREC-IN Portal」では、日々大学や研究機関から寄せられる大学教員の公募を一覧することができる。
■大学院進学 大学教員はリスキーか?
元来、大学教員を目指すルートとしては、大学、大学院(修士課程・博士課程)を経てそのまま大学教員へとなることが正統とされてきた。
しかしながら、博士号を取得しても正規のポストに就けないオーバードクターの問題は、正統派とされていたルートが揺らいでいるとも読める。特に文系で博士課程まで進学すると民間企業への就職は大変難しいとも言われる。
博士号を取得した若手研究者の52.2%が就職から3年半経過しても「任期付き」の不安定な雇用形態で勤務していることが文部科学省の調査で分かった(中略)大学内のポストだけではなく、企業の受け入れが他国と比べて厳しいのも課題だ。例えば、米国では10%を超える企業が研究者を受け入れているが、日本では4.6%にとどまっている(2012年時点)。 若手研究者「博士」でも半数が不安定 ITmediaビジネスONLINE 2018/3/2
研究分野によって社会的なニーズの有無(=安定的なポストの有無)はあるものの、大学教員を目指して一直線のキャリアを描くのは難しい事実を受け止める必要はある。
大学教員になるルートとして「卓越した経験や技術により招聘される」場合もある。例えば自治体の首長や大臣経験者が経験を買われ大学教員となる、著名な映画監督が美術・映像系の学科の教授に招かれる、といったケースだ。
■大学教員になる方法
ここまで読んで頂いた方の中には何らかの職に就きながらいずれは大学教員に......と考えている人もいるかもしれない。筆者の経験では、教育研究と畑違いのビジネスマンが大学教員になるための具体的な方法は次の通りだ。
1・自身の現職とマッチする専門分野に当たりをつけ、2・学会に入会して論文を書き、3・最低でも修士の学位を取得したうえで、4・教員公募にチャレンジする、という流れになる。以下、それぞれの段階を解説する。
1・自身の現職とマッチする専門分野に当たりをつける
当たり前の話だが、そもそも公募されていないポストには応募できない。つまり募集されているポストの中から、自身が現在担当している業務や過去に取り組んだプロジェクト等と合致する(または類似する)学問は何か、ということを掘り下げなくてはならない。
筆者の場合、人事労務・採用・教育担当としての実務経験があった。例えば「学生のキャリア教育」「就職支援・指導」「人的資源管理」など、上記のサイトで検索して公募を閲覧していた。
経理担当者ならば「財務会計」、社内相談の担当者ならば「産業カウンセリング」など、公募の要件から自身のキャリアを棚卸することが必要になる。そのものずばりで「ビジネス実務」といった公募がなされた場合は、様々な職務経験が援用可能なはずだ。こうしたビジネス系の分野は実務家が重宝される傾向にある(ビジネスマンが大学教員になることが一般的でないから重宝されるのは当然といえば当然だ)。
「自身の現職」とのマッチングを図ることもポイントの一つだ。会社員が大学教員公募戦線に突入することは、学問の世界でコツコツ実績を上げてきた異業種の人(前述のオーバードクター等)と競争でもある。当然学問では劣るわけだから、実務経験で引けを取るようでは大学教員への道は危うい。
2・学会に入会し論文を書く
学会というと、非常に敷居が高いと感じるかと思う。しかしながら、運営側の気持ちになれば当然だが、活動を拡大するために入会希望に対して寛大であることが多い。1と同じく、自身の現職内容や興味関心にマッチする学会を探し(検察エンジンで「人事 学会」等と検索すれば複数ヒットするはずだ)、活動内容を確認したうえで入会希望を伝えてみよう。多くの場合、最低限の確認事項をクリアすれば入会が許可される。
各学会では研究誌を発行しており、年1回程度会員に対し論文執筆を公募している。まずはこれに挑戦してくださいという話になる。論文執筆上の最低限のルール等は存在するが、ビジネスの現場で数多の企画書や報告書を作成した経験があれば決して難しくはないはずだ。ものによっては「○○の事例」と事例報告調にする手もある。こうすることにより職場での報告書作成にかなりイメージが近づくはずである。
学会によっては「査読」という制度があり、原稿掲載に際しプロの研究者による内容チェックがあり、たいていの場合ケチョンケチョンに修正が入る(掲載不可に至る場合も)。厳しい現実だが、査読者の修正要求に応える過程で原稿が非常にブラッシュアップされるのもまた事実で、ここで諦めるようでは大学教員としての適性はないため成長の機会ととらえたい。
3・最低でも修士の学位を取得する
大学教員になるには教員免許等は不要だといったじゃないか、とお叱りを受けるかもしれないが、実際の公募要件上は「修士以上の学位を有する者(又は同等以上の研究業績を有する者)」という文言がかなりの確率で明記されている。
筆者が10年以上大学教員公募をウォッチしてきた経験から、ビジネス実務系の公募でもほぼこういった条件だった。この辺りは、文科省から指導を受けた大学があり「教育研究者を名乗るなら最低修士くらいは必要」という空気を感じる。
4・教員公募にチャレンジする
1から3までのフローを踏んだならば、あとは条件に少しでも合致する公募に応募し続けるだけである。
あくまで筆者の感覚であるが、論文投稿等と並行して応募の数を重ねると、一定の段階で「ハマってきた」感覚を覚えることがある。不思議なことに、それまで書類選考すら通らなかったのに面接に呼ばれだしたりもする。そうなればあと一歩だ。
■大事なことは「本気で目の前の仕事に取り組む」こと。
ちゃぶ台を返すようであるが、大学教員への転身を図るうえで最も大切なことは「現職で決して手を抜かない、本気で目の前の仕事に取り組む」ことだ。
筆者の周囲にも大学教員への転身に成功した人が複数名いるが、前職で大きな業績を残した人がほとんどで、職場内での評判が悪かったような人は知りうる限り皆無である。
色々と具体の方法論を述べたものの、これまでの10余年を振り返ると、やはり基本は、目の前の仕事を誠実に行うこと、という月並みな結論に至る。未来の教育研究者たるもの、組織で働くことと真剣に向き合い、使命を誠実に果たす必要があるのではないか、と考える次第である。
【参考記事】
■企業説明会で「危ない会社」を見分ける方法。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
■人格を否定する研修が絶対に否定されるべき理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
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後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント