◆モディ首相訪日の日本ブームに感じる「違和感」
モディ首相が訪日し、連日日本のメディアで大きく取り上げられたことは、インドビジネスに関わる者としてとても喜ばしく思っている。多くの日本企業で、インドでのビジネス拡大の可能性を再検討する機運が高まるのではないかと期待している。
一方で、当地インドの反応はどうだろうか? 特に日本政府の拠出金額の大きさが注目されており、「日本が3兆5千億円の投資を確約!」といった内容の見出しがほぼ全ての主要紙の一面を飾った。結局、メディアも、そしてその読者の関心も"カネ"なのか、と思わずにもいられないが......(苦笑)
こちらの画像は、当地で風刺漫画に定評のあるインド最大の乳製品販売協同組合Amulの屋外広告。「Talkyo」はスペルミスではなく「Talk You」と東京をかけたもので、日本からの投資を期待する、昨今のインド企業の「心象風景」を象徴するようである。これを見れば、日本にいる皆さんも「ここでも"カネ"か!(苦笑)」と思われるだろう。
もちろん、筆者のオフィスにも連日インドのメディアや日本企業からの投資を熱望するインド企業からの連絡が絶えない状況になっている。それはそれでとても有難いのだが、正直何か違和感があるのは何故だろうか。
当地での論調の大多数は、「全ての日本企業はこの巨大なインド市場に積極的に投資をしたがっている」という一方的な誤解から生じている。さすがに最近はやや辟易としてきたので、このような誤解を正すことにしている。具体的には、「多くの日本企業は、合理的な条件下、適切なリターンが確保できる前提であれば、積極的にインド投資を検討する」と申し上げている。
◆「20,000 vs 7,000 vs 1,000」
安倍、モディ両首脳会談時に発表された『日印投資促進パートナーシップ』は次のような内容だった。
(a) 両首脳は、今後5年以内に、日本の対印直接投資とインドに進出する日系企業数を倍増するという共同で達成されることとなる目標の設定を決定した。(以下省略)
(b) 安倍総理は(中略)、今後5年間でインドに対し、ODAを含む3.5兆円規模の日本からの官民投資を実現するとの意図を表明した。
戦略的なODAは、(我々の税金が原資ではあるが)防衛・安全保障上の必要性から、また、現地での日本ブランド(人・モノ含め)の浸透の観点からも、どんどん進めてもらうとして、民間企業の進出数を敢えてコミットすることには疑問がある。中国や東南アジアの国々への日本企業の進出数に比し、インドへのそれが低調なのは相応の理由があるからであり、その点の解明と制度の改善なくして、適切な投資リターンの確保が求められる民間投資が増えるはずがないだろう。
そもそもモディ首相の訪日以前から、インドの人口の巨大さや、マーケットのポテンシャルは広く認識されており、日本企業にとってインドでの事業活動をどう進め拡大してゆくか、ということは、すでに企業戦略上の重要な経営課題だったはずだ。しかしながら、インドに進出している日本企業の数は2014年1月時点で1,072社に留まっている(在インド日本大使館・JETRO調べ)。
「20,000・7,000・1,000」――。これは中国・タイ・インドにそれぞれ進出している日本企業の(概算)数であり、筆者が当地でインドのビジネスマン相手によく使っている。なぜ、インドとこのような差が生じているのか? この事実をモディ首相に一番認識してもらいたいと思っている。
◆外資企業(製造業)の誘致に伴う「5つのステップ」
中国もタイも、1980年代から外国企業の輸出基地となるべく、国を挙げて企業誘致の努力をしてきたことは前回も触れた。
外国企業が順調に進出している国々は、次のようなステップを踏んでいる。
すなわち「外国企業(輸出産業)の誘致」⇒「外貨獲得・雇用拡大・技術移転」⇒「国民の所得増加」⇒「内需の拡大」⇒「魅力ある消費市場として更なる直接投資が実現」――といった5つのステップの好循環により、日本企業だけで20,000社なり7,000社のオペレーションを抱えるに至ったわけである。
翻って80年代のインドは、左派勢力が相応の発言力を有していたこともあり、外資への「門戸開放」よりも「外資規制」を継続する方針が強かった。当然、上記の好循環を見据えた国策など存在せず、結果として製造業の誘致という点においては30年遅れた、と考えてよいだろう。また、当時からすでに巨大な財閥(タタ、ビルラ、リライアンスグループなど)が存在していたことも、インドが外資誘致に積極的になれなかった遠因ではないかと筆者は考えている。
自国財閥(産業)の保護目的で、外資規制(外資企業に許される保有株式の上限はマイノリティのみ)を徹底し、必要な技術だけ獲得する、そんな投資先はそもそも魅力的ではなかったということだ。
モディ首相は日本での講演に際し、日本企業専用の投資承認窓口を設置し、日本人2名を受け入れ、レッドテープ(お役所仕事)ではなく赤い絨毯を敷いて日本の投資を歓迎することを表明した。具体的にどう歓迎されるのかはまだ良く把握できていないが、日本企業の側に立った施策を練っていただき、日本企業にとって採算がきっちり確保される投資案件が増えることを願ってやまない。