「カスタマーサクセス」という言葉を聞いたことはあるだろうか。
ここ数年、日本でも多くの企業が掲げるようになったこの言葉。2000年代初頭のアメリカ発祥と言われ、日本では2010年代後半から、取り入れる企業が増えている。
その要因の一つは、「サブスクリプションモデル(サブスク)」の拡大だ。
そもそも、カスタマーサクセスとは何を意味するのか? 企業がカスタマーサクセスを導入することによる変化とは?
2020年のビジネス業界のキーワードになるであろう「カスタマーサクセス」について、”生みの親”とされる、ある企業に聞いてみた。
カスタマーサクセスとは、「能動的なアプローチ」
近年、日本でも注目が集まるカスタマーサクセス。文字通り、顧客の成功をサポートする企業姿勢やそれを実現するための業務、部門を意味する。
その言葉が生まれたのは、2000年代初頭のアメリカ。「サブスクリプションモデル」の登場により、企業と消費者の関係に変化が生じたことが要因だ。
「サブスクリプション」は、直訳すると「定期購入」。顧客が定額を支払うことにより、一定期間サービスや商品を利用する契約を結ぶシステムで、クラウドサービスなどを提供するIT業界を中心に広まってきた仕組みだ。
企業側は「売って終わり」ではなく、継続して利用してもらえるよう「顧客の成功」に寄り添う必要性が高まった。サービスを使うことで成果を上げ、顧客にとって必要な存在とならなければ解約につながってしまうからだ。
では「カスタマーサクセス」は、多くの企業が備えてきた「カスタマーサポート」と一体何が違うのか?と思った人も多いはず。
その差を一言で言えば、顧客に対して能動的か否かということだ。カスタマーサポートでは、解決したいことが明確な顧客からの問い合わせに、短時間で適切な返答をすることが求められる。
一方カスタマーサクセスでは、企業側が「顧客が困っていることは何か」チェックすることから始め、「わからないから使わなくなる」状態を未然に防ぐべく、能動的なアプローチを行うというわけだ。
「サポート」以上に顧客に寄り添うカスタマーサクセスを導入することで、企業側にはどのような変化が生じるのだろうか?
顧客の成功こそが自社の成功
カスタマーサクセスという言葉を最初に使ったと言われているのは、顧客情報管理システム(CRM)大手の「セールスフォース・ドットコム」(本社・アメリカ・カリフォルニア州)。同社日本法人でも2004年からカスタマーサクセスを取り入れており、まさに先駆者と言える存在だ。
導入から今に至るまでの変化について、同社の坂内明子さんと犬井章文さんに話を聞いた。
── セールスフォース・ドットコムが、カスタマーサクセスを提唱し始めたきっかけを教えてください。
坂内さん(以下、坂内) 弊社の創業者で、共同会長でもあるマーク・ベニオフが、「Amazonのように、企業が簡単に業務システムを使えないか」というコンセプトから、Salesforce(同社が提供するCRM)を始めたのが1999年です。従来の「売り切り」のビジネスでは、購入してもらうまでが顧客とのお付き合い。しかし我々のサブスクリプションモデルは、契約からもお付き合いが続きます。
Salesforceは、お客様のビジネスを成功に導くためのツールでもあります。使って成功してもらうことが我々のビジネスバリューだという考えは、創業時から変わらない考えです。
── 日本法人で導入することになった際には、アメリカ本社でのノウハウを参考に?
坂内 社内のリソースもノウハウもアメリカとは全く違うので、同じようにやれば良いというわけではありませんでした。日本法人での担当は当初、上司と私の2人。知識があるというわけでもなく、手探りで始めました。
社内の理解もまだまだで、「既存のお客様への何でも屋」だと思われていましたね。場当たり的な対応も多く、営業部門から「あのお客さまのサポートを」とリクエストされて訪問すると、すでにほぼ解約が決まっていて手の打ちようがない、ということが続きました。
── そこから軌道に乗せるまでに、どのようなプロセスを?
坂内 場当たり的な対応ばかりしていた頃を第1フェーズとすると、次のフェーズでは、顧客のターゲティングや解約の分析を行い、こちらからアプローチするようにしました。
第3フェーズでは、情報やノウハウが集まり、お客様の状況を俯瞰的にデータベース上で確認できるように。そして15年経った今は、契約直後から「いつ、何をすれば全ての顧客が常に万全な状態でSalesforceを使えるか」という全体設計をすることができるようになった、第4フェーズです。
犬井さん(以下、犬井) 私が入社した2016年頃は、日本でも少しずつ「カスタマーサクセス」に注目する企業が増えてはいましたが、友人や訪問先に仕事内容を話しても「カスタマーサポート」と混同されてしまう状況でした。
でも最近はわかってもらえることがほとんどですし、「うちもカスタマーサクセス導入したいんだよね」と相談してくれる企業もいます。
── お客様からカスタマーサクセス導入について相談されることがあるんですね
犬井 今はスタートアップを中心に従業員数10~30人のお客様を担当していますが、テクノロジーを駆使して多数の顧客に対応したいスモールビジネスで、特にカスタマーサクセスに注目する企業が多いです。これまでは「カスタマーサクセスって?」という質問に留まっていましたが、最近は「業務として導入したいのでアイデアが欲しい」と相談されることが増えました。
坂内 弊社もそうでしたが、立ち上げ当初はカスタマーサクセスが「何でも屋」になりがち。でも本来は、お客様に道標を示す役割です。そして一番大切なのは、何をもって顧客の成功とするかを、社内の全部門で共有し、同じ方向を見ることだと思います。
2020年、カスタマーサクセスを自社に導入するには?
実際に、近年カスタマーサクセスを取り入れた企業はどのようなプロセスを経たのか。そして、顧客との関係にどのような変化が生まれたのだろうか。
2019年7月にカスタマーサクセス部を立ち上げた株式会社ブレインパッドは、データ分析とコンサルティングによるデータ活用支援を行う企業だ。
同社カスタマーサクセス部門立ち上げの旗振り役となった、上村篤嗣さんと柴田剛さんに話を聞いた。
── カスタマーサクセスへの取り組みの経緯について教えてください。
上村さん(以下上村) きっかけは、お客様が、弊社から提供しているツールの一部機能しか利用していない状況に危機感を持ったこと。このままでは、いずれ解約に繋がるかもしれないということで、営業活動の一環として既存顧客のフォローを行うことになったのが2017年1月でした。
まずは社内で、売り上げへのインパクトを可視化したり、サポート事例を共有したりして、ツールを使い続けてもらうための活動が営業活動と同じように重要だという理解につなげました。
柴田さん(以下柴田) そこからも時間をかけてノウハウや情報を集め、2019年7月、カスタマーサクセス部を立ち上げました。
実は、企業のデータ活用を推進している会社であるにも関わらず、弊社内部のデータ活用に十分なリソースを割けていないという課題もありました。カスタマーサクセス部の立ち上げ以来、弊社の強みでもあるデータ分析からお客様を知る事で、お客様の状況とタイミングに合ったアプローチをしようと取り組んでいます。
── カスタマーサクセスによって得られるものは、何でしょうか?
柴田 カスタマーサクセスはお客様に寄り添う活動。実際に使い方や設定のサポートをする前に、まずはお客様のビジネスを理解し、何が必要なのか考えることが鍵となります。
弊社では、自社の製品やサービスにより成功を実現することが顧客の満足度につながり、長く付き合っていただけることが社内のモチベーションにもなっています。カスタマーサクセスによって顧客の満足度も上がり、提供する側にとっては、仕事の魅力も増していくと考えています。
◇◇◇
「持つ」から「使う」へーー
消費者の意識変化は、ITサービスやコンテンツ配信の分野だけでなく、洋服やバッグなどのファッション、インテリア、飲食業界などにも広がっている。
今後、さらなる盛り上がりが期待できる「サブスクリプションモデル」。それに伴い、顧客の「成功」に寄り添い、長期のお付き合いを築く「カスタマーサクセス」はビジネスの鍵になると言えるだろう。
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