顧客情報管理システム(CRM)大手「セールスフォース・ドットコム」(本社・アメリカ・カリフォルニア州)。世界に15万社以上の顧客を持ち、売上高は約1兆円を超える。そのビジネスの特徴は、商品であるCRMだけでなく、ユーザー同士がつながるコミュニティーを提供していることだ。
ユーザー会である「Salesforceコミュニティ」では、会社の垣根を超え、メンバー同士で成長を支え合う循環が生まれている。
都内のIT企業に勤める佐藤夕佳さんも、その仕組みに助けられた一人だ。彼女がセールスフォース・ドットコムから栄光の「ゴールデン・フーディー(黄金のパーカー)」を贈られた意味とは──。
就職氷河期に味わった挫折
佐藤さんが新卒で就職活動に臨んだのは2000年代初め。就職氷河期の真っ只中だった。
「自分自身が好きなことで社会に貢献したい」という希望はあったが、志望業界の内定はもらえず、アルバイトをしていた飲食チェーンの正社員に応募。社員が過酷な働き方をしているのは知っていたが、「藁をもつかむ思い」で入社を決めた。
昼夜が逆転することもある店舗のシフト勤務は体力的に厳しく、出産や子育てを経てキャリアアップしている女性社員も周囲には見当たらなかった。
長く続けていくのは難しい仕事だと感じ、結婚を機に26歳で退職。2児を出産して育児に専念した。ところが、パートの事務職として働くことを再開した矢先、夫との関係がうまくいかなくなってしまう。
結局、離婚。家計を支えるため、佐藤さんはパートをしていた会社でフルタイムの契約社員になったが、ここでも働き方に無理が生じ始めた。
「責任のある仕事を任せてもらえたり、顧客の役に立てたりすることはすごくうれしくて、一時は天職だとも感じていました。でも、任される業務が増えていき、時期によっては毎日終電、週末も出勤、さらには1カ月の半分は出張、ということに。再び、長期的なキャリアの展望を描けない状況に陥ってしまいました」
人生が変わった出会い
そんなとき、相談した友人から転職を勧められたのが、現在勤めているIT企業、ネオスだ。庶務担当の契約社員として入社。ほどなく、社内で導入したSalesforce(セールスフォース・ドットコムが提供するCRM)を本格利用しようという動きがあり、その担当を任されたことが佐藤さんの転機となる。
Salesforceを使えば、クラウド上で顧客の属性や、やり取りの履歴といったさまざまなデータを一元管理でき、事業の改善などに生かすことができる。
ただ、導入すればいいというものではなく、現場に合わせて機能をカスタマイズしたり、使い方の習熟度を上げていったりすることでポテンシャルが発揮される。
佐藤さんはIT関係の仕事に携わったことは全くなく、「自分には務まらないかもしれない」と焦った。新しい分野の仕事に挑戦したい思いはあったが、自力でスキルアップするのは難しい。
右も左も分からない状態だった佐藤さんは、セールスフォース・ドットコム主催のイベントに参加した。そこで出会ったのは、他の導入企業のIT部門担当者たちだった。彼らは「Salesforceコミュニティ」を作っており、そこに加わることで佐藤さんのスキルは磨かれていった。
コミュニティーはテーマや地域別に結成され、その数は国内だけでも約50に上る。メンバーはまさに、それぞれの企業の枠を超えて助け合える「仲間」で、製品やその運用に関する知識をシェアし合う。
佐藤さんはSalesforceの担当になった当時は月に6~7回、現在でも月に2〜3回ほどコミュニティーに参加している。自身のスキルが向上していくと、他のメンバーに対して経験に基づいたアドバイスをすることもできるようになった。
「Salesforceが社内に浸透するまでの間は、社員の多くからその意義が理解されない状態が続くので、担当者は孤独になりがちです。そんなちょっとした悩みも含めて、時にはお酒を飲みながら語り合える関係が心地よかった。仲間に助けてもらうと、自分も誰かのために何かしたい、恩返しをしたいという気持ちが湧いてきて。これが『働きがい』なのかな、と初めて実感できました」
栄光のゴールデン・フーディー
商品であるシステムを広めるだけでなく、リアルな人間同士のコミュニティーづくりを支え、個人が孤立しない仕組みを整える。セールスフォース・ドットコムが実践しているのはそういうことだ。
さらに、動画コンテンツなどの学習資料も充実させ、身に付けたスキルに応じて資格を取得できたり、「Trailblazer(トレイルブレイザー)」という“称号”をもらえたりする仕組みも備えている。
このことが、一人ひとりのモチベーションを刺激する。佐藤さんのように、一度はキャリアアップを諦めざるを得なかった女性などへのエンパワーメントにもつながっているという。
佐藤さんは学んだことを生かし、Salesforceのコンサルティングパートナーとして新ビジネスの立ち上げにも参画。実績が評価され、2018年9月からはネオスの正社員になった。
そして、その年の12月。数千人規模の参加者が詰めかけるセールスフォース・ドットコムの年次イベントで、佐藤さんはロールモデルの一人としてステージに上がった。
特に大きな貢献をした人だけに贈られるゴールデン・フーディーを、共同創設者でCTO(最高技術責任者)のパーカー・ハリス氏から手渡されたのだ。聴衆に向けて、専業主婦からステップアップしてきた自身の経歴をスピーチすると、会場中が温かな喝采に包まれた。
「私自身、Salesforceコミュニティで『この人のようになれたらいいな』というロールモデルに出会えたことが励みになりました」
セールスフォース・ドットコムが築く「1社」の枠にとらわれないコミュニティーが、自身の背中を押してくれる実感が佐藤さんにはあるという。
顧客の成功をサポート
こうした取り組みの背景には、セールスフォース・ドットコムが重視する「カスタマーサクセス(CS)」の概念がある。
CSとは、「顧客を成功に導く」という意味。ユーザーからの問い合わせなどを受け身で待つのではなく、使い方に関する知見やスキルの向上に、製品を提供する企業側が積極的に関わっていこうとするものだ。
CRMをはじめ、サブスクリプション(継続課金)型ビジネスが広がりを見せるにつれて国内でも浸透し始めた考え方だが、セールスフォース・ドットコムは2000年代から、他社に先駆けてその実践に力を注いできた。
「目の前の仕事はもちろん、地域でのボランティア活動など社会貢献にも本気で取り組むセールスフォース・ドットコムの理念に心から共感します」と佐藤さんは話す。
企業が働く個人の成功に対して前向きに関わっていくことで、社会にもプラスの波及効果が生まれる──。そんなセールスフォース・ドットコムの理念が、独自のコミュニティーを通じて各地で実を結んでいる。