読み聞かせが子どもの将来を変える?〜脳科学からの示唆〜

読み聞かせには様々な可能性が秘められています。

こんにちは。

今日は、脳科学の観点から、読み聞かせの効果を考えていきたいと思います。

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生後5年間の教育環境が子どもの将来の学力を左右するといわれています。

子どもへの早期教育の手法のひとつとして、注目されているのが絵本の読み聞かせです。

読み聞かせが重要であると言われる理由は様々ありますが、一つの説明は、幼少期の読み聞かせが、のちの本人の読書習慣につながり、それが読解力、ひいては学力全般に影響を与える、というものです。

実際に、上記のような流れのうち読書習慣 読解力、読解力 学力、の流れについては、いくつかの研究で社会科学的に実証されてきました。

2009年に文科省が静岡大学に委託して行った調査研究では、児童生徒の読書活動は、教科の学力に影響を及ぼすことが確認されました。特に、読書好きの児童生徒ほど教科の学力が高いという傾向が、非常に強固であることがわかりました。

「平成21年度 文部科学省 委託調査研究 学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究 C.読書活動と学力・学習状況の関係に関する調査研究 分析報告書」静岡大学

また、TIMSSとPIRLSという2つの国際学力テストの結果に基づき、2011年に行われた分析によれば、興味深いことに、読解力は国語のみでなく、数学や理科のスコアにも影響を与えることがわかっています。

TIMSS and PIRLS 2011: Relationships among reading, mathematics, and science achievement - implications for early learning

調査によれば、数学や理科であろうと、問題文やグラフを読み解く力が問われるため、読解力の差がテストの結果に影響を与えることが明らかにされました。

つまり、読解力は教科に関わらず、学力の基礎となると言えます。

調査では、数学と理科の問題文レベルを高中低の3段階に分け、児童の読解力がそれぞれの問題のスコアに影響するのかを調査しました。

他方、そもそも読み聞かせが読書習慣や読解力にどのような影響を与えるか、という点については、日本でも社会科学的な見地から賛否両論が展開されており、読み聞かせは効果がある、という立場がある一方、読み聞かせは単なる家庭環境の代理指標になっているに過ぎないので、それ自体は効果がないとする立場等があります。

そこで今回の記事では、従来の論争からは一歩離れて、脳科学の観点から、読み聞かせの効果を考えていきたいと思います。

今回は、読み聞かせの重要性について、読書は脳をどのように変えるのか?に迫った著作 Proust and the Squid からご紹介したいと思います。

識字能力獲得以前の読み聞かせの影響

議論を先取りすると、脳科学的に見た時の読み聞かせの効果は、下記の流れで解釈できます。

(子どもの識字能力獲得以前の)読み聞かせ 語彙力の発達 (子どもの識字能力獲得後の)読書習慣の定着 読解力の向上 学力の向上

上記の静岡大学の研究やTIMSS/PIRLSの研究で見てきたとおり、読解力の向上によって学力が上がると言われています。

また、読解力は読書量によって大きく左右されると言われています。

では、幼児期に読書をたくさん行えば、将来の学力は上がるのでしょうか?

ここで気をつけなければならないのは、脳科学の見地に立つと、子どもが字を読めるようになるのは、5~7歳の修学年齢にあたる時期であるということです。

識字能力の発達のキーとなるのが、脳内に生成されるミエリンという物質です。これが多いと神経は信号をより速く運べるようになり、十分な量になると識字能力を獲得できるようになります。ミエリンは、軸索のまわりに形成されますが、ほとんどの場合、その量は5〜7歳になるまで十分にならないと言われています。

識字能力 (字を認識する能力) がなければ、書物を読むことはできず、読解力 (読んで理解する能力) を身につけることはできません。

つまり、就学前に読書を教えることは、生物学的に適切でない場合があります。

では、5〜7歳になるまでは、子どもの読解力の発達を手助けすることはできないのでしょうか。

そんなことはありません。

冒頭でも述べた通り、読解力は生後5年間に読み聞かせの機会がどれだけあったか、なかったかによって左右されると言われています。

2歳から5歳までの子供はたいてい、新しい言語を1日平均2〜4語覚えると言われています。幼稚園に入るまでに平均的な5歳児が獲得する語彙は1万語前後ですが、その主な獲得源のひとつが読み聞かせから覚えた単語といわれています。

いくつかの語彙や文法構造は、日常の会話では用いられず、書かれた文章からしか学ぶことができません。

まだ読むことができない5歳児を対象に行った実験では、読み聞かせをしてもらった子どもは、そうでない子どもと比べて書物特有の言い回しを多用したことが明らかになりました。

つまり、幼児は識字能力を持たなくても、読み聞かせから語彙を増やすことができるのです。

子どもが識字能力を獲得する前に読み聞かせを行うことで、識字能力獲得後の読解力の発達に大きな影響を与える可能性があるのです。

幼児の言語習得プロセス

そもそも、子どもたちはどのようにして言語を習得するのでしょうか。

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文章を耳で聞くことは、幼児の読解力習得プロセスの発端になります。

生後6ヶ月までには脳の視覚システムが完全に機能するようになり、絵に対する理解力が向上します。

生後18ヶ月後ごろには絵や物には名前があることに気づき始めます。これは、幼い脳が視覚システム、認知システムおよび言語システムからの情報を接続、統合する能力を備えているために可能となります。

そうすると、子どもたちは自分の世界の目につくものをラベリング(名前をつける)することを学び始めます。これにより、認知システムが発達します。

また、子どもたちは話しかけれる機会が多いほど、音声言語をよく理解するようになります。

幼児期をもっとも豊かな言語発達期のひとつにしているのが、この視覚システムと認知システムと音声言語システムとの結びつきです。

これら3つの脳内のシステムを接続することにより、幼児は言語を習得していきます。

就学前に3200万語の差がつく

読み聞かせの経験がほとんどない環境で育った子どもたちは、小学校の低学年になった時には、すでに語彙力の側面で他の子どもたちに遅れてしまっている状況にあります。

貧しい言語環境で育った子どもの中には、5歳になるまでに話しかけられる単語の数が、中産階級の平均的な子供より3200万語も少ない子どももいるという研究結果があります。

そうした言語環境で育った3歳児が口にする単語の数は、恵まれた環境にある子供が使いこなしている単語数の半分にも達しません。

残念なことに、スタート時点でついてしまったこの差は、学年が上がるにつれて、拡大します。

幼稚園入園時の語彙レベルが下位4分の1に入る子供は、語彙と読解力において、小学校6年生までには、同学年の平均的な子供たちと丸3学年分の差がつくという研究結果もあるほどです。

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読み聞かせによって期待できる他の能力

また、読み聞かせを行うことの副次的な効果として、次の2つのスキルの向上が期待できます。

  • 推論スキル
  • 他者の感情を理解する能力

読み聞かせをすることで、物語のありそうなシナリオを推論する能力が身につきます。これは、子どもの将来の推論スキルの発達の一助となります。

また、物語は他人を理解する能力を養うといわれており、幼い子供達は読むという行為に触れることによって新しい感情を体験することを学ぶことができます。

それがひいては、将来抱くであろうより複雑な感情を理解するための心構えを与えてくれます。

読み聞かせの重要性とテクノロジーの応用の可能性

ここまで見てきたように、読み聞かせには様々な可能性が秘められています。

それでは、効果的な読み聞かせを広く展開していくためには、どうすればよいのでしょうか。

読み聞かせの主体としては、家庭、学校、地域社会など様々考えられますが、これらをまたいで大きな力になり得るのがテクノロジーです。

現時点では、どのようなテクノロジーを誰がどのように使えば効果的な読み聞かせを展開していけるか定かではありません。

今後は、家庭環境や地域環境に関わらず、誰もが平等に読み聞かせの機会を享受できるよう、テクノロジーの力を用いて仕組み化することができないか、調査研究していきたいと考えています。

(2018 年6月6日 サルタックの教育ブログ より転載)