2017年、フランスは先進国の中でも高い合計特殊出生率1.88を示した。その6割が、結婚していない親からの出生ーー。
日本とは異なる視点の家族政策で先進し、少子化対策の効果を上げているフランス。『子どもの人権を尊重する』『子育てを社会が支援する』ーー欧州で多く語られるこれらの理念が、どう政策に落とし込まれているのか。
その事例を視察しようと、2018年5月上旬、二人の横浜市議がパリにやってきた。「具体例をこの目で見ることで、有効性・実現性を検討したいんです」。そう語る議員の視察を追った。
ヨーロッパ視察を望んだ理由
今回視察に訪れたのは、酒井亮介議員と山浦英太議員。ともに民間企業から市議に転身した、40代の父親だ。
横浜市義は任期中に一度、自らの政策テーマに沿った海外視察を行うことができる。そこで両氏が望んだのが、就学前教育と産後ケアにおける、ヨーロッパの3カ国での先進事例研究だった。
保育士資格保持者であり、前職で保育園園長を務めた山浦氏はこう語る。
「今の日本は『保育園に子どもを預けるのが当然』という風潮があります。親支援の観点から保育園が重要であることはもちろんなのですが、このままでいいのだろうか? 子育てにおける親の役割を踏まえつつ、利便性や経済収益性だけではない、バランスの取れた保育政策とは何かを、先進例から考えたいと思いました」
もう一人の酒井氏が望んだのは、政策の具現性を測ること。
「横浜は日本第二の都市。同じ規模で参考にできる市町村は、日本の中にはとても少ないのです。そこで就学前教育や産後ケアに優れた欧州の大都市で、横浜市と比較できる自治体をこの目で見たいと願ったんですね。その政策の有効性や実現可能性を検証し、どう横浜市に取り入れられるかを考えたくて」
この視察のうち、筆者はパリの行程に同行。1日半の短い時間で3箇所の保育関連施設を訪れ、現地関係者との会談は4時間に及んだ。
出生率1.88、そのうちの6割が「婚外子」
最初に訪れたのは、パリ市役所の「民主・市民・領域局」。パリ市民の結婚、出生、死亡など、世帯登録を管理する部署である。「少子化・非婚化の進む日本で、家族と結婚制度のあり方を考える一助に」と選ばれた視察先だ。
2017年、フランス国内での子どもの出生数は76万7000人で、合計特殊出生率は1.88だった。2014年の2.0人から減少傾向にあるが、依然として先進国の中でも高い出生率を保っている。
76万7000人のうち6割が、結婚していない親から出生した子どもだった。しかしそれらの親たちは片親ではない。結婚はしていないが、同居し、カップルとして共同生活を営んでいるのだ。
多くはPACS(民事連帯契約)という、結婚よりも制約の緩いパートナーシップ契約を結んでいる。が、行政書類では、このパートナーシップ契約は子の出生届と紐づけされていないため、PACSカップルの子は統計上「婚外子」と扱われてきた。フランスで「婚外子」の割合が高くなっている背景には、このような世帯登録システムがあるのだ。
この状況を知った酒井氏は、「なぜ、婚外子が増えているのか?」と疑問を抱いた。
「日本の法律には、『子どもは結婚した夫婦から生まれるもの』という前提があります。そのため、未婚の親から生まれた子を持つ世帯では、補助や公的支援を受けるのに、より煩雑な手続きを踏む必要がある。結果として、婚外子は不利益を受けてしまいます。『できちゃった婚』が多いのも、そんな理由があるからでしょう」
それだけ「結婚」と「子どもを持つこと」の結びつきが強い日本では、非婚化はそのまま、少子化に繋がってしまう。
しかし、フランスでは結婚なしに子どもが増えている。その背景にはどのような制度や社会性があるのか。結婚以外のパートナーシップ制度が、それを後押ししているのだろうか。
どんな親から生まれても、子には同じ権利を。
「フランスと日本で大きく異なる点は、どこにあるのだろう?」
酒井氏の疑問にパリ市役所が与えた回答は、簡潔明快だった。
「違いは、子どもの権利の考え方ですね」
市議を迎え入れた担当部署の局長、フランソワ・ギシャール氏は言う。
フランスでは1972年より、嫡出子・非嫡出子の区別なく、「いかなる生まれでも子は同等の権利を有すること」が法制化された。子が生まれて育つことに、親の結婚は関係ない、とされたのだ。婚外子は1980年代から急増し、1997年には約40%、2017年には約60%となっている。
嫌な話ですが、と前置きしつつ、酒井氏は質問を続けた。
「子が生まれても結婚しなくていい、となると、『親である責任』から逃げようとする人が出てきませんか」
結婚しなければ親としての役割が強制されない日本では、望まない人は「親の責任」から逃れることができてしまう。実際、そうして父親に去られた母子家庭を多く見てきた。
「いや、親は逃げられないんですよ」
ギシャール氏の回答は、またもや明確だ。
「フランスではまず全ての親に養育義務があり、そして全ての子には『親を知る権利』があります。父親に『この子の親である』という疑いがかけられた時、唯一そこから逃れる方法は、遺伝子検査で身の潔白を証明することしかありません。そしてこの検査を拒むことは、事実上不可能です」
「フランスにおいて、子の『親を知る権利』と『親に守り育てられる権利』は、親の意志より尊重されるんです」
驚きの声を上げる二人に、ギシャール氏は至極当然のように、加えた。
「子は親を選べませんからね。親の選択がどんなものであれ、それが子の人生に悪影響を及ぼすことは、最大限防ぐべきなんです」
結婚を選ぶカップルは、全体の半数
どんな親から生まれても、子には同等の権利がある。そこから、フランスの子育て支援策は「子ども」を軸に制度設計されている。親が失業者でも移民でも、子が受けられる支援は変わらない。
一方、日本の支援策は、親を軸とした制度設計だ。「日本とは発想が逆なんですね...」と、両氏は感慨深げに頷く。
フランスのように「子の誕生=結婚」とならない社会では、結婚するかどうかは、純粋に本人同士の希望による。いま若い世代は特に、結婚を望まない人が増えている。その最大の理由は結婚、離婚に日本よりも手間がかかることだ。
結婚に際しては、事前の公示・健康診断などが義務付けられ、特別な財産契約を結ばない限り、遺産相続など配偶者との金銭的な連帯が設定される。離婚の場合も、友好的な協議離婚ですら、それぞれに弁護士を立てた上で数週間かけて手続きする必要がある。
そこで結婚の代わりに選ばれているのが、前述のPACS。結婚より締結も解消も容易で、遺産相続など将来的な拘束がない。一方、納税や手当受給など、日常生活に関わる部分では、結婚したカップルと同様の「世帯」として扱われる。
「PACSはもともと、同性カップルに結婚を認めないため、代替案として作られた制度です。が、今ではその95%以上が異性間の契約となっています。当初の狙いとは全く別の使われ方がされている制度なのです。2013年に同性婚が法制化されてから、PACSと結婚の割合は同性間でも異性間でも、ほぼ半々で推移しています」
つまりフランスのカップルは同性・異性を問わず、その半分が伝統的な結婚を、もう半分がより簡略的なパートナーシップ契約を選択しているということだ。
「セクシュアリティの考え方が柔軟になって、世帯のあり方も多様になりましたね。父母、父親二人、母親二人だけでなく、外見は母親でも出生記録は男性であるとか、男性二人の世帯だけれど届出上は女性二人世帯であるとか」
パリ市はそれら全てを公式な世帯登録として受け入れているという。
「世帯」のかたちは17種類
多様化する家族のかたちは、市政にどんな影響を及ぼしているのだろうか。
「柔軟で先進的な市政ですと、若い人が集まって、税収が増えたりするんでしょうかね?」と、酒井氏は市の財政面から問いかける。
「同性愛者の方は、農村部よりパリの方が心理的に楽、というのはあるかもしれません。が、家族のあり方が多様なのは、フランスのどこでも同じですよ! 税収はさほど変わりませんが、書類仕事は増える一方ですね」
冗談めかして言った後、ギシャール氏はこう付け加えた。
「でも、それが当然なんです。市政は市民の生活に適応するためにある。例えば世帯の多様化に合わせて、パリ市役所の家族担当局は、局名の中にある「家族」の語を、単数形から複数形に変えました。家族のかたちは一つではない、様々であると認めている証です」
「最新のフランス国勢調査で、「世帯の種類」の回答項目がいくつ用意されたか知っていますか? 17種類です! それだけ世帯のバリエーションが公的に認められているということなんです」
17という数字に驚きの声をあげた後、酒井市議はポツリと、こう漏らした。「日本の役所は逆に、バリエーションは見ないようにしていますよね」
「子どもの権利」や「多様性」という言葉が、具体的な政策に落とし込まれているフランス。どんな家族でも、どんな子どもでも、平等に認められるーー。子育て政策だけではない。出生率の高さの背景に、この2点があることは想像に難くない。
だがフランスのやり方をそのまま、横浜市政のヒントとすることは困難だろう。そう認めつつ、二人はこう視察を締めくくった。
「市政は市民のためにある、という言葉がどんな制度に落とし込まれているか、横浜市に戻ってから、しっかり伝えて行きたいですね。理念が具体化されている事例、それを自分の目で見るのは、政治家が他国を視察をする意味の一つだと実感しました」
近日公開予定の後編では、パリ市の保育現場の視察の様子をお伝えする。
(取材・文:高崎順子 編集:笹川かおり)
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