今後の日本の社会保障制度を考える際、真っ先に考慮すべきは、人口が加速度的に減少する中で、社会保障費受給の多い75歳以上人口が急速に増加する(絶対数でも比率でも)という事実である。事実、75歳以上の後期高齢者の人口は、現在の1700万人台から急速に増加し、2020年までには75歳未満の前期高齢者の人口を上回り、2020年代前半には2000万人を超え、2055年頃に2400万人台とピークとなり、その後2200万人台で高原状態となる。この間、全人口は現在の1億2600万人から2055年には9700万人へ急減すると予測されており、その後は、国民の4人に1人が75歳以上という状態で安定する。その一方で、社会保障費受給の比較的少ない75歳未満の前期高齢者は減少傾向に転ずる。
このような未曾有の少子超高齢化が加速化する中で、今後、高齢者、特に高齢女性の貧困化が深刻になることが、マイクロシミュレーションモデルを用いた研究によって、かなりの高い精度で予想されている。2030年には、未婚・離別女性の4割が生活保護の対象になると言う。現状でも、生活保護世帯の半数がすでに65歳以上であるが、高齢になるほど女性の比率が高まるので、高齢者の貧困化問題は、今後ますます深刻化していくであろう。
他方、経済成長への期待から生産性向上の掛け声も大きいが、人口減少を相殺してあまりあるレベルでの生産性向上を達成することは決して容易ではない。もっとも、AIの実用化によって生産性が飛躍的にアップする領域も少なからず出現すると考えられるが、地盤沈下する国家経済をプラスにまで押し上げるインパクトを持ち得るかはかなり怪しく、逆にそこまでのインパクトを持ったとすると、大規模な雇用喪失というより困難な問題をもたらす可能性がある。そうであるにもかかわらず社会保障財源確保の見通しもないまま、根拠のない持続的成長期待を唱え続ける、現政権は無責任のそしりを免れない。全方位の大盤振る舞いと言える次年度予算を見るに、プライマリーバランス黒字化の達成目標は事実上消え去り、安倍政権に財政規律のかけらも見受けられない。
安倍首相は有効求人倍率の高止まりと現在の株高とを自らの成果として喧伝しているが、本当の成果と言えるのであろうか。まず有効求人倍率に関しては、生産年齢人口(15歳から64歳)とのバランスで考えるべきであるが、少子化による労働力供給の減少(対前年生産年齢人口は、2012年、2013年、2014年と3年続けて毎年116万人を超える減少、その後の減少は100万人を切るが、2017年でも60万人減少している)に比して労働力需要の減少は緩やかであるので、有効求人倍率が一時的に上昇するのはむしろ自然である。さらに、雇用者の内訳を見ると面白い事実がわかる。2011年から2017年(11月まで)の月平均雇用者数は、5512万人から5817万人と305万人増加しており、この数字をして安倍内閣は雇用の増加と言っているのであるが、305万人の男女別内訳は、男性が64万人、女性が239万人であり、雇用者の増加を支えたのは男性ではなく女性であることがわかる。女性の就業自体は歓迎するべきことであるが、その内実は、海外先進国と比べた女性管理職の圧倒的な少なさを見ても、真の意味での女性活用とはにわかには信じられず、女性が家計を助けるためにパート労働に大量に出てきたと捉えるほうが現実的であろう。さらに興味深い事実は年齢別内訳である。65歳以上の雇用者数は、2011年の571万人から2017年の806万人と235万人増加(男性が134万人、女性が102万人)しており、つまり増加した305万人の雇用者の77%は65歳以上ということである。年金制度を含めて現在の社会保障制度の持続性に疑念をもち、老後が不安なので働かざるを得ないという構図が見える。このような状況をもって「有効求人倍率の高止まりは政権の成果」と喧伝するのは、イメージ操作を伴う誇大広告なのではないか。
現在の株高に関しては、出口を放棄したかに見える日銀の超異次元の量的・質的金融緩和(QQE)策を受け、日銀とGPIF(国策年金運用企業)によって、国債のみならず、大量のETF・株式購入(間接的にはなるが、現在多くの日本企業の筆頭株主は日銀・GPIF連合である)と日本企業による自社株購入によって浮遊株が制限される中で、行き場のない増殖する海外投資マネーが日本株に流れ込んでおり、現在の状況は、日本株が上がるか下がるかは海外投資家の動向次第とも言える不安定な状況にある。ここ数年の株高・円安によって、円帳簿上の日本企業の業績は向上した面があるとしても、これをもって現在の株高を自政権の勲章にするのは如何なものであろうか。また、安倍内閣による国家が企業に賃上げを強要するという大政翼賛会的な手法が、グローバル化という国家自体が国家間競争を避けられない状況の中で、恒常的に機能すると考えるのは時代錯誤であろう。
現政権による社会保障「全世代型化」の掛け声は、その背後で国民の支えあい・連帯という戦前の八紘一宇的な精神論を強調するのみで、財源の担保は不確かである。現実的には高齢者の多い有権者に支えられた選挙を念頭においた政権の人気取りのばら撒きでしかなく、後期高齢者の急激な増加による社会保障費の増加圧力という問題の抜本的解決を考えていない。後期高齢者の爆発的な増加の中で、遠からず、現在の年金、医療、介護制度は財源的に破綻する可能性が高い。年金に限っては、マクロスライドの厳格な運用と所得代替率の引き下げによって、給付額を下げ続ければ、老後生活をもっぱら公的年金に頼るという日本特有の仕組みは維持できなくなるとしても、年金制度自体は破綻しないということになる。このような確定給付年金の減額を予測せざるを得ない現役世代には、確定拠出年金等の自己積み立てを始めることが期待されているのであろう。これは、日本の政治の常套手段である時間を稼いで既成事実を作るという方策であるが、今回は、2020年代半ばに団塊世代が後期高齢になだれ込む状況であり、時間との勝負であるので果たして政治家と官僚の思惑通りになるかは疑問である。
支持率を上げるために、持続的経済成長という念仏を唱え、その一方で国民(若者)による高齢者の支えあい、連帯などと言い、全方位的に有権者に媚を売る全世代型社会保障のような対症療法的な施策では、出血(財政赤字の主因は高齢者向けの社会保障費の増大)は止まらない。社会保険制度といいながら、公費(税金)を規律なくつぎ込み(積立金の運用益を除くと4割が公費、すなわち税金)、本来の保険制度の趣旨である保険料によって維持される共助的なリスクマネジメントの側面が急速に失われ、なし崩し的に公的扶助(所得再分配)の側面が急速に強まってきている。政府が財政規律を欠くなかで、まさに、制度としてガバナンスが効かなくなってきているのが現状である。それを全世代型社会保障や連帯などといって、問題の本質をごまかしているのが現状である。
もし、日本の社会保障制度の持続性を真剣に考えるのであれば、喫緊の課題は、大幅に増加し、かつ貧しくなることが想定される75歳以上の後期高齢者に的を絞った社会保障制度の抜本的な再構築を如何に行うかである。なすべきことは、無策ゆえの社会保障費の垂れ流しに対しての抜本的止血対策である。高齢者の安心と世代内の負担(世代内の所得再分配も含む)の徹底である。住基カードやマイナンバーへの拒否感が示すように、多くの日本国民は、国家(政治家と官僚)を信用しないにもかかわらず、どこかで最後は国がなんとかしてくれるという期待をもつという奇妙な状況にある。ゆえに、老後不安が漠然と強く、日本人だけが死ぬまで貯蓄を増やし続けようという傾向が強いという。この状況を変えることが最優先事項である。高齢者の安心がなければ、シルバー民主主義のアリ地獄から抜けだせず、現役世代に向けた社会保障制度の充実も実現はむずかしい。少なくとも、現在の総花的かつ対症療法の末路は末端壊死に始まる社会保障制度機能の衰弱・不全への道でしなない。高齢者、特に後期高齢者が急速に増加する一方で人口が減少する、今後20年から30年が社会保障制度の厳しい試練の時期となる。いち早く手を打つべきときである。
日本は基本的には豊かな国なのであろうが、数字的には豊かかどうかについて疑問がある。20歳以上の人口(無職、専業主婦、高齢者を含む)の上位10%の平均収入は580万円と言うのが今の日本である。この数値は後期高齢者の増加と非正規雇用の高止まりを考慮すると今後はさらに低下していくものと思われる。財政的に考えて、もはや、年収1000万円超といった高収入者狙い撃ちの税制改革では機能しない。幅広い中高所得層を対象にした所得税の負担増加は避けては通れない。
上記のような状況を鑑みて、筆者は、以下のような制度変更を考えているが、読者諸兄はどのように受け取られるであろうか。
- 75歳以上の全員にBI(ベーシックインカム)を支給する。基礎年金部分の半分を公費でまかなっている現状を鑑みるとBI化(全額公費=税方式化)も荒唐無稽ではないのではないか。後期高齢者が対象なので勤労意欲を減退させると言われるBIに対する批判は該当しないであろう。
- 仮にBIの金額を年100万円程度とし、これをナショナルミニマルとする。今後の空き家の急速な増加による住宅費の低下も視野に入れ、住居がない場合は、国が空き家を無料で手当てするなどの施策を考慮し、家賃が不要となるとすると、月8万程度はナショナルミニマルとしては十分ではないか。現に、国が定めている生活保護基準が、1人月額8万3千円である。
- BIなので、収入制限は設けず、裕福な高齢者にも支給するが、別稿で論じるが、再編する医療・介護などの公的サービスを受ける際に、応能負担とする。
- 年額100万円程度とすると、最大時で75歳以上の後期高齢者は2500万人なのでBI支給額は年間25兆円となる。この財源として消費税10%相当の25兆円を当てる。消費税は欧州並みの20%となる。高齢者も負担する消費税を財源とすることが重要である。消費税率の引き上げは、個人消費にマイナスに働くことが想定されるが、経済が成長しないこと(低成長)を前提とした財政的な持続可能性を考慮しなければいけない。政治家が安易に使うイメージ操作としての富裕層課税ではどうにもならない現実を国民は理解しなければならない。
- 75歳以上のBI支給に応じて、基礎年金は廃止(厚生年金・共済年金の報酬比例部分は現行制度を継続し、65歳から給付)する。75歳までは、報酬比例年金、個人の確定拠出積立年金、貯金と給与を生活の原資とする。
- 基礎年金の税方式化によって、未納・無年金問題や第3号被保険者の遺族年金問題への対応が可能になる。
- 基礎年金の廃止により、現役世代の社会保険料は減額され、企業も含めて負担は軽減される。
別稿で論ずるが、後期高齢者が急増するので、医療・介護費用が大きな問題となる。この問題はBIだけでは解決できないので、75歳以上の後期高齢者に対するBIの支給(額も含めて)に応じて、現行の医療、介護、生活保護制度も抜本的に見直すことが必要になるが、まずは、消費税10%を財源とする、この75歳以上を対象にしたBIの支給という制度を読者諸兄は賛成であろうか、反対であろうか。