「バノン辞任」でトランプ政権を巡る「楽観論」と「悲観論」--足立正彦

8月18日には、政権発足以降最大の衝撃が走った。

トランプ政権が今年1月20日に発足してから7カ月余りが経過した。その間に、ホワイトハウス中枢でドナルド・トランプ大統領を支えてきた高官が次々に姿を消していった。

とりわけ、過去5週間の間に、ショーン・スパイサー大統領報道官、ラインス・プリーバス大統領首席補佐官、アンソニー・スカラムッチ広報部長の3人が相次いで辞任したり、あるいは、更迭されたりしたが、8月18日には、政権発足以降最大の衝撃が走った。

それは、トランプ大統領に対して最も大きな影響力を持っていると見られていたスティーブ・バノン首席ストラテジスト兼大統領上級顧問の辞任である。

「経済ナショナリズム」を推進

トランプ氏は2016年7月にオハイオ州クリーブランドで開催された共和党全国大会で同党の大統領候補の指名を正式に受諾した。

ただ、その後、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補に支持率で2桁の差を付けられ、全国党大会での支持率の上昇、所謂、「コンベンション・バウンス(convention bounce)=党大会効果」がクリントン氏にあったことが明らかとなった。

さらには、トランプ陣営を率いていたポール・マナフォート氏(弁護士でもある共和党系ストラテジスト)に親ロシア派の前ウクライナ政権との癒着が明らかになり、翌8月中旬にはマナフォート氏は選対本部長を辞任。

トランプ陣営は2度目の選対本部刷新を余儀なくされ、そうした厳しい状況のなか選対本部の最高責任者に就任したのが、右派系ニュースサイト『ブライトバート・ニュース』の最高経営責任者であったバノン氏であった。

バノン氏は、環太平洋経済連携協定(TPP)や北米自由貿易協定(NAFTA)に対する批判に象徴される保護主義的貿易政策や、不法移民・難民の受け入れ反対、地球温暖化対策への消極姿勢など、「米国第一主義」に基づき、既成政治に絶望していた白人労働者層の有権者に焦点を当てた選挙キャンペーン・メッセージを積極的に発信した。

その結果、国際社会を驚愕させたトランプ氏の大統領選挙での歴史的勝利に多大な貢献を行った。

トランプ政権発足後には、トランプ大統領に対しても最も大きな影響力を持つホワイトハウス高官と見られ、実際、トランプ大統領はTPPからの米国の永久離脱や、中東地域からの移民受け入れの一時停止、パリ協定からの脱退、といった「米国第一主義」に基づく「経済ナショナリズム」や「ポピュリズム」による政策アジェンダに関する決定を次々に下した。

飛ぶ鳥を落とす勢いのあった政権発足直後のバノン氏については、「バノン大統領」や「影の大統領」「黒幕」と揶揄される程であった。

孤立を深めたバノン氏

だが、バノン氏を巡る状況が大きく変化したのは、7月下旬にラインス・プリーバス大統領首席補佐官が事実上更迭され、後任に、国土安全保障長官からジョン・ケリー氏が横滑りするかたちで就任してからである。

ケリー氏は、トランプ政権発足以降混乱に直面し続けるホワイトハウスに「規律」や「秩序」を確立するため、大統領首席補佐官に起用された。

だが、強烈な個性を持ったバノン氏は、通商・経済政策を巡っては、投資銀行大手ゴールドマン・サックスの社長兼最高執行責任者(COO)から政権入りしたゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長やトランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー上級顧問夫妻、ディナ・パウエル大統領次席補佐官ら「グローバリスト」と引き続き対立。

さらに、外交・国家安全保障問題でも、共和党主流派の外交姿勢を鮮明にしているH.R.マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官らとアフガニスタン戦略などを巡り対立し、ホワイトハウス内部で次第に孤立を深めていた。

そして、8月12日に南部ヴァージニア州シャーロッツビルで発生した白人至上主義団体と反対派との衝突を巡るトランプ大統領の対応にバノン氏が一定の影響を及ぼしていたのではないかとの批判が高まった中、バノン氏の辞任が18日に発表されたのである。

辞任後の「楽観論」

バノン氏は8月18日付で古巣の『ブライトバート・ニュース』の会長に直ちに復帰したが、同氏がホワイトハウスを去ったことで、トランプ政権は今後、従来よりも穏健な方向へと政策を軌道修正するのではないかとの見方がある。

実際、経済政策についてバノン氏と激しい対立を繰り返してきたコーンNEC委員長が今後主導権を握ることで、バノン氏が訴えていた「米国第一主義」に基づく政策は徐々に後退を余儀なくされる可能性が指摘されている。

また、外交・安全保障問題では、トランプ大統領は8月21日、ワシントン郊外のヴァージニア州フォートマイヤー陸軍基地で、新たなアフガニスタン戦略に関する全米向けテレビ演説を行い、アフガニスタンから米軍が早期撤退した場合、その空白がテロリストにより占められることになるとして、選挙公約だった「撤退」の方針を翻して、増派することを明らかにした。

「悲観論」

公約をあっさり翻したこの方針転換に対し、バノン氏が会長に復帰したばかりの『ブライトバート・ニュース』はさっそく「トランプは方針転換を図り、アフガニスタン増派の方針(TRUMP REVERSES COURSE, WILL SEND MORE TROOPS TO AFGANISTAN)」と題した記事をアップし、政策転換を厳しく批判した。

こうした動きは、今後、バノン氏がトランプ政権の穏健化路線に対して攻撃を強める予兆であると見ることができる。

実際、バノン氏の辞任が明らかになった直後、『ブライトバート・ニュース』のジョエル・ポラック編集長はツイッターに「#War」という書き込みをし、バノン氏自身も、辞任発表当日の保守系政治雑誌『ウィークリー・スタンダード』の取材に対し、「我々が戦い、そして勝利したトランプ大統領職は終わった(The Trump presidency that we fought for, and won, is over)」と語り、まるでトランプ政権に対する宣戦布告のようになっている。

今後、バノン氏はトランプ大統領を取り巻いている「グローバリスト」を標的にした批判を一層強めることは必至と考えられる。

変化が期待できないトランプ大統領

ただ、バノン氏がトランプ選対本部を率いてから過去1年間、バノン氏自身をあまりにも過大評価する見方があったのではないだろうか。

実際、トランプ政権の混乱を巡る主な原因はトランプ大統領自身であり、トランプ大統領が大統領職を続ける限りは、今後も混乱が続くとの「悲観論」が存在する。

ケリー氏の大統領首席補佐官就任時、トランプ大統領の執務室へのホワイトハウス高官のアクセス管理のみならず、大統領自身のツイッターの書き込みも監視することになると言われていた。

しかし、白人至上主義団体へのトランプ大統領による一連の対応を振り返ると、従来までとの変化はほとんど見受けられない。

また、米国内にはいまも大幅な所得格差が存在しており、選挙キャンペーンでトランプ氏が訴えた「米国第一主義」に基づくメッセージに共鳴し、トランプ氏を大統領にまで押し上げた白人労働者層を中心とする有権者たちの存在の意味は大きい。

米社会の格差の現状に強い不満を持ち続けているこうした白人労働者層の有権者の存在を考慮すると、バノン氏が辞任したからといって、トランプ政権が即座に政策を穏健路線に転換すると楽観視することはできないのではないだろうか。(足立 正彦)

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足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2017年8月24日フォーサイトより転載)

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