【ワシントン発】
私事であるが、筆者は従来「住友商事グローバルリサーチ」シニアアナリストとして、東京から米国政治の分析を行ってきた。
だが、このほど「米州住友商事(SCOA)」のワシントン事務所常駐となった。シニアアナリストとしての分析対象は変わらないが、今後は「ワシントン発」として、現地での見聞も織り交ぜたより鮮度の高い情報分析を心がけたい。
大統領支持「本命候補」の敗北
最近、2018年11月に実施される中間選挙に向けて、与党・共和党にとり不気味な動きが顕在化してきている。
上院議員であったジェフ・セッションズ氏の司法長官就任に伴って9月26日に行われたアラバマ州選出上院議員選挙の共和党予備選挙で、いまだに立法上の具体的成果を示すことができていない議会共和党指導部に対する共和党系有権者の不満が噴出する結果となった。
ドナルド・トランプ大統領が支持し、本命候補と見られていたルーサー・ストレンジ上院議員(セッションズ氏の上院議員辞任後に州知事任命によって上院議員に就任していた)が敗れ、ロイ・ムーア元アラバマ州最高裁判所長官が候補指名を獲得したのである。
バノン氏の「宣戦布告」
ムーア候補を積極的に支持していたのが、今年8月に首席戦略官兼大統領上級顧問を事実上更迭され、古巣の超保守系オンラインサイト『ブライトバート・ニュース』の会長職に復帰していたスティーブ・バノン氏であったこともあり、いずれの候補が勝利するのか注目されていた。
ムーア候補は社会的争点や宗教観などについて超保守的見解を鮮明にしており、そうした人物が共和党系有権者らの支持を獲得し、共和党上院議員候補の指名を獲得したことは、今後の共和党のあり方を考慮すると非常に重大な問題となる。
ムーア氏の勝利を受けて、バノン氏は他の州における上院議員選挙の共和党予備選挙で、明確な保守路線を示していない穏健派や、主流派である現職共和党議員の再選を阻止する方針を明確にしており、ムーア氏の今回の勝利を踏み台にして超保守派候補の勝利に全力を傾注する意向を示している。
さらにバノン氏は、テッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)以外のすべての現職の共和党議員が自身の標的となりうることも示唆している。
2018年中間選挙で改選期を迎え、バノン氏の標的となりかねない共和党の主流派、あるいは穏健派の上院議員としては、最近支持率低迷が顕著となっているジェフ・フレイク上院議員(アリゾナ州選出、10月24日に不出馬表明)やディーン・ヘラー上院議員(ネヴァダ州選出)、ロジャー・ウィッカー上院議員(ミシシッピ州選出)らを挙げることができる。
6年前の「茶会党運動」
バノン氏がこうした「共和党エスタブリッシュメント」に属する現職議員を標的にして党内での争いを激化させた場合、すぐに思い起こすのは、6年前の2010年中間選挙キャンペーンで全米各地に広がった保守系有権者の草の根の政治運動「茶会党(ティーパーティー) 運動」である。
当時、「茶会党運動」を支援した保守系有権者は、オバマ政権による医療保険制度改革関連法(通称、オバマケア)の導入や連邦政府赤字の拡大に象徴される「大きな政府」路線に猛反発した。
その結果、各地の共和党予備選挙では、党内で「エスタブリッシュメント」と「茶会党運動」を支持する勢力とが互いに候補者を出し合って熾烈な争いが展開された。
だが、「茶会党運動」を支持する保守的有権者が擁立した候補は政治経験が浅く、失言を繰り返すなどし、本選挙で民主党候補に相次いで敗北を喫した。
標的にされたマコネル共和党院内総務
アラバマ州の予備選挙で勝利したムーア氏は、選挙キャンペーン中から議会共和党指導部を率いるミッチ・マコネル共和党院内総務(ケンタッキー州選出)に対する批判を強め、12月に実施される特別選挙で自らが上院議員に当選した場合、マコネル氏に上院院内総務を辞任するよう迫ることを公約に掲げていた。
と同時に、対抗馬であったストレンジ氏についても「マコネル氏の子飼い(puppet)」と厳しい批判を繰り返していた。
他方、マコネル氏は政治活動委員会(PAC)を通じて多額の政治資金をストレンジ氏に投入するとともに、ムーア氏の政治家としての資質に重大な疑問を呈し続けていた。
このことからも、共和党エスタブリッシュメントと超保守派との間に深い「亀裂」があることが十分理解できる。
民主党にとっては「漁夫の利」
一方、野党・民主党からの視点では、共和党内の対立が激化した場合、共和党に対する支持が強固である「レッド・ステーツ(red states)」と呼ばれる地域でも、共和党内の混乱や対立を利用し、上下両院でそれぞれ多数党の立場奪還に向けて取り組むチャンスも増大することになる。
とりわけ、2018年中間選挙の上院議員選挙では、改選議席数が合計33となっているが、民主党は民主党系会派に加わっているバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)、アンガス・キング上院議員(メイン州選出)の 2人の無所属議員を含めて25名にも達しているのに対し、共和党はわずか8名である。
しかも、この25名のなかには、2016年大統領選挙でトランプ氏が民主党候補のヒラリー・クリントン氏に対して2桁以上の得票率差で勝利した州の民主党議員が10名もいる。
すなわち、2018年中間選挙での上院議員選挙については、民主党にとっては圧倒的に「守り」の選挙になる一方、共和党にとっては「攻め」の選挙という構図だ。
共和党自体が変質する可能性
アラバマ州選出上院議員の特別選挙は年末の12月12日に実施される。
ムーア候補と元連邦検察官のダグ・ジョーンズ民主党上院議員候補との一騎打ちでは、アラバマ州は保守的な政治風土が顕著であるため、ムーア候補の勝利が確実視されている。
だが、約1年後に迫った2018年中間選挙だけではなく、共和党内の「エスタブリッシュメント」とポピュリスト的な「超右派」との党内の勢力争いという観点からも、これが極めて重要な戦いになることは確実である。
さらにムーア氏以後もバノン氏が支援する超保守派候補が勝利を重ねた場合、共和党内ではナショナリズムや「米国第一主義」を支持する勢力がより幅を利かせるようになり、従来までのような自由貿易推進といった共和党の立場も変質しかねない。
最近、トランプ大統領と激しい舌戦を繰り広げているボブ・コーカー上院議員(テネシー州選出)は上院外交委員長の要職にあるが、コーカー氏も今季限りでの政界引退を表明済みである。
2018年中間選挙に向けた共和党予備選挙は、共和党自体のあり方も大きく変質させかねない可能性があるのだ。(足立 正彦)
足立正彦 住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。
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(2017年10月25日「フォーサイト」より転載)