「リジェネラティブ」とは何か?
リジェネラティブは世界共通のテーマだが、まだまだ耳新しい言葉で、具体的に何を意味するのかよくわからないという方も多いだろう。 また、紹介される事例の多くがリジェネラティブ農業(環境再生型農業)であることから、農業などごく一部にのみ適用可能な考え方だと捉えている方も多いかもしれない。
しかし、それは一部の見方であって、リジェネラティブの地平はもっと広大だ。今回Avery Dennison Smartracが発行した レポート『リジェネラティブな小売経済』 はその広がり、そしてビジネスとしての可能性を強く感じさせてくれるものだ。
リジェネラティブとは何なのか?厳密な、また世界で共通する定義が確立されているわけではないが、しばしばなされる説明は、サステナビリティは環境などへの負荷をなるべく小さくする、すなわちマイナスをゼロに近づける活動であるのに対して、リジェネラティブはそれをさらに進めて影響をポジティブにする活動だというものだ。たとえばリジェネラティブ農業(環境再生型農業)も、環境負荷を低くするだけでなく、土壌生態系を再生することに力点が置かれることが多い。
それにしてもリジェネラティブな小売経済とは何なのか?そもそも、Avery Dennisonはどういう会社なのか?そう不思議に思われた読者の方も多いだろう。なぜならAvery Dennisonはアメリカでは90年近い歴史を持つ老舗企業だが、粘着ラベルなどを製造販売するメーカーなので、一般の日本人にはあまり馴染みがない。しかし最近では非接触で商品情報を読み取るRFIDテクノロジーのソリューションプロバイダーとして、アパレル製品などを通じて私たちの生活や事業を舞台裏でしっかり支えてくれている会社でもある。
このレポートはそのAvery Dennisonが未来戦略コンサルティング会社のThe Future Laboratoryと共同で作成したもので、バリューチェーン上の温室効果ガス排出量や廃棄物量、労働者の問題、エシカルな消費者意識の高まりといった小売業界が現在直面する課題の分析から、それをどのようにしたら解決できるか、そしてその先にどのような経済が実現するかを立体的に感じさせてくれるものだ。そして、Avery Dennisonの予測では未来の小売はリジェネラティブな小売経済となるのが必然であり、またそのための方法も具体的に示唆するものになっている。
「原動力」「トレンド」「未来」の視点からひもとく
内容的には大きく3つのパートから構成されており、最初の「原動力」のパートでは、現在の小売モデルが持つさまざまな課題、そしてそれが世界的なコロナ禍で顕在化し、さらに急速に加速していることの紹介から始まる。具体的に言うと、近年、消費者は利便性をより求めるようになっており、その傾向は世界的に強まっている。コロナ禍ではオンライン食料品配送が急増したが、これは明らかにサステナビリティと逆行する。配送により温室効果ガスの排出や包装材などの廃棄物が増加するからだ。このパートは、ビジネスにとっては厳しいこうした現実を読者にストレートに突きつけるものだ。ここに紹介されている私たちにとっては不都合な現実の数々、投資家やZ世代などの若い消費者、先進的な企業の動きを知れば、私たちがこれらの課題を直視し、すぐに行動を始めなくてはならないことを改めて痛感することになるだろう。
それに続く「トレンド」では、小売業において既にさまざまなソリューションが試みられていることが多くの事例で紹介されている。しかも、これがこのレポートのおもしろいところであるが、単なる事例の羅列ではなく、それをこれからの社会の大きな変化、すなわちトレンドとして記述し、それに対する現実的なソリューションを整理している点だ。
例えば、小売が今後ますますオムニチャネル化するであろうことは日本でも言われているが、それが実際にどのような形で進むのか、またそれにどのように対応したらいいのだろうか?この状況に対してこのレポートでは、実店舗がこれからは単なる顧客対応の場所ではなく、フルフィルメント(受注から発送、代金回収に至る一連のサービス)のための拠点として重要になるであろうことを指摘している。その上で、RFIDを導入すれば店舗内の在庫を店舗とオンラインからの注文の双方に販売できるようになることを指摘し、オムニチャネル時代に相応しい店舗のあり方を提案しているのだ。
このようにこのレポートは一つひとつの課題を解決しながら、しかもこのトレンドをうまく利用してサステナビリティ(持続可能性)を実現する方法を示唆しており、小売業の方々にとって非常に有益なアドバイスになることは間違いない。あるいは、使用済みのプラスチック容器やeコマースの発達とともに増加する返品は小売業だけでなくメーカーにとっても頭痛の種だが、これについても明確なソリューションが示されている。たとえば生鮮食品の容器に堆肥化可能な素材を使用することを考えるメーカーも多いが、それだけでは不十分だと言う。なぜならラベルも含めて堆肥化可能でなければ不完全だからだ。そのため、Avery Dennisonでは、堆肥化可能なラベルを既に提供しているという。小さなことだが、実はこうしたことが真の問題解決には欠かせない。プラスチック製の包装材に悩んでいる企業の方にも、このレポートは役に立つはずだ。
競合相手すら協力者になり得る。コラボレーションの重要性
最後の「未来」のパートも、サステナブルな、そしてリジェネラティブな小売は包装材や商品の環境インパクトの問題をどう解決していくかという未来予測であると同時に具体的なソリューション事例になっている。これからの小売業の姿を知るためにも、また問題解決方法のヒントが散りばめられている。
サステナビリティを実現するために、今後、小売企業は透明性とトレーサビリティを提供することが当然のことになると本レポートは指摘する。その際にはもちろん、商品のインパクトに関する正確なデータを提供する必要があるし、しかもそれが正しいものであることが証明されていなければならない。グリーンウォッシュを排除するのはもちろんだが、消費者は正確な情報を求め、また企業はその数値をもとに自社のパフォーマンスを判断し、改善し、さらには競争優位性を高められるからだ。これに対して本レポートは、そうした情報をデジタルラベルで消費者に提供することも提案している。情報へのアクセスしやすさと理解しやすさが、消費者の行動を変えていくのだ。
一方で、小売企業の未来がこうしたものになるのであれば、自社の専門性だけできちんと変化に対応できるのか、不安を感じる読者もいるかもしれない。しかし、それに対してこのレポートは、コラボレーションという解決方法を提案している。サステナビリティの専門家だけでなく、Avery Dennisonのような提案力のあるソリューションプロバイダー、さらには競合相手すら協力者になり得るという主張だ。「トレンド」のパートでも具体的なソリューションは紹介されているのだが、「未来」のパートがそれと異なるのは、会社をまたいでのコラボレーションの重要性を強調している点だろう。
そして、こうした動きは既に現実のものとなっている。世界でもっともサステナブルなスニーカーをAllbirds(オールバーズ)と共同開発したadidas(アディダス)のブランド戦略責任者の言葉、「もはやお互いに競い合っているのではなく、外力と競争しているのです」がそれを象徴している。これから小売業がなすべきことはサステナビリティを実現することであり、そのために単一の小売企業が頑張るのではなく、サプライチェーン全体を含めることはもちろん、競合他社とも協力して、リジェネラティブな小売経済というエコシステムを目指せと提言しているのだ。
リジェネラティブの実現には「エコシステム」が必要
ところで、私自身はリジェネラティブの本質的な意味は、ネガティブな影響を減らしてポジティブな影響を増やすということだけでなく、そのポジティブな影響を生み出すようなエコシステムを作ることだと考えている。実際、本物のエコシステム、すなわち多様な生物からなる自然の生態系はまさにそのような仕組みになっており、人間社会も自然の生態系を手本にして経済を再設計し、作り直していくことが求められているという理解だ。そうした視点からすると、Avery Dennisonが提言するように、小売企業が競合他社とも協力してより良い世界=経済を一緒に築こうという考えは、新たな、そしてポジティブな影響を持つ「リジェネラティブな小売経済」という世界観に相応しいものだと言える。
コンパクトなレポートだが、示唆に富む考えや多くの事例が掲載されており大変に読み応えがあるので、小売業の方でなくともぜひ一読して欲しい。巻末のまとめ「キーポイント」には、食品・飲料、アパレル、化粧品、素材と業界ごとへの示唆もあり、サステナビリティ、そしてリジェネラティブな経済を実現するための戦略を考える上でとても役に立つはずだ。
なお、Avery Dennisonは 『廃棄物ゼロの未来』 というレポートも公開している。ブランドと小売業者向けに、廃棄物ゼロの未来像を示すと共に循環型経済を実現させる主要な推進要因を説明している。廃棄物ゼロへの移行については、廃棄物を資源として活用するサーキュラーエコノミー的な取り組みに加え、消費者教育や法制度の整備などを含めた6つの領域をカバーしているので、興味がある方はこちらも参考にして欲しい。
レポートのダウンロードはこちらから
『リジェネラティブな小売経済』
『廃棄物ゼロの未来』
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足立直樹(サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー、株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役/サステナブルビジネス・プロデューサー)
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻。博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後に独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、一般社団法人日本エシカル推進協議会理事。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。2018年からは京都に拠点を置き、地域企業や地域創生にも注力する。環境省をはじめとする中央省庁や京都市等の委員も多数歴任。________________________________________________________
※「サステナブル・ブランド ジャパン」より転載