子どもの貧困、格差が広がる社会環境、学校でのいじめや高い若者の自殺率。日本の子どもを取り巻く環境にはさまざまな問題があります。ユニセフ(国連児童基金)の報告では、日本の子どもたちには、他者への共感や関心を持つことができるような情緒的な豊かさが必要と指摘されています(ユニセフ・イノチェンティ研究所『レポートカード14 未来を築く: 先進国の子供たちと持続可能な開発目標(SDGs)』)。
私たちには何ができるのでしょうか。
子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのばでは、毎年夏に、あすのば合宿ミーティングを開催しています。合宿では、ひとり親家庭や児童養護施設などで育った経験のある、または、学習支援や子ども食堂など子どもに寄り添う活動経験がある高校・大学生世代らが集まり、カレー作りやキャンプファイヤーなどしながら、それぞれの想いを「シェア」します。
このような活動には、子どもたちに「ひとりぼっちじゃない」と感じてほしい、という願いが込められています。
2018年8月に開催されたあすのば合宿ミーティングの企画運営に携わった菅井裕貴さん(21歳・大学3年生)は、
「合宿ミーティングでは、多くの子どもたちに楽しい時間を過ごしてほしい、家族のような付き合いのできる友達を見つけてほしい。」
と話します。
「友達がいるというのは強いと思うんです。友達がいるから、自分ももっとがんばろうって、目標や夢を持って前向きになれるんです。」
菅井さん自身、中学2年の時に病気で父を亡くし、祖父母、母と5人兄弟で暮らしていましたが、現在は東京に一人暮らしをして、大学に通っています。学費はあしなが育英会の奨学金、生活費は自分のアルバイトで賄いながら、子どもの貧困の支援活動をする菅井さんに聞きました。
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先輩や友達がいたから今の自分がある
僕は父を亡くしていたので、あしなが育英会の奨学金を利用して高校に入学することができました。僕は5人兄弟の長男です。下の兄弟たちはこれからまだまだお金がかかるし、自分は農業高校に通っていました。もともとは、そんな自分が大学に進学するなんて考えもしていませんでした。
でも、あしなが育英会の「つどい」というキャンプで出会った大学生の先輩に話を聞いているうちに、自分も大学に行きたいと思うようになっていたんです。親とも散々話し合って、農業高校だから農学部ならいいだろうということになって、指定校推薦で短大の環境緑地科に入りました。大学に入ってからは造園の勉強をしていたのですが、デザインや設計などもっと勉強したいと思うようになって。編入試験を受けて4年制の学部に編入しました。
−−−さらっと話してくれましたが、苦労したことも多かったのではないかですか。一番苦労したことは何ですか。
大学の編入が一番大変だったかもしれません。生活費を稼ぐために週5でバイトをしていたので、その中での編入試験の勉強は苦労しました。
でも、つらい時に友達が
「がんばれ!」
と励ましてくれて、合格した時も
「おめでとう!」
と祝ってくれました。仲間がいるから自分は目標を持てたし、がんばれたし、しかも合格したら一緒に喜んでくれて、仲間がいるってサイコーって思いました。
自分の想いを「シェア」できる場がある
−−−菅井さんは、あすのばで出会った仲間を家族のように感じているそうですね。なぜ、あすのばではそういう友達に出会えるのだと思いますか。
あすのば合宿ミーティングは「子どもの貧困」というキーワードがあって、似た境遇の人が多く、自分や他の人と経験を「シェア」するという目的があって集まります。
合宿ミーティングは、「シェアのば」というあすのば独自のプログラムがあります。ファシリテーターと数名のメンバーで班を作り、少人数のグループでいろいろな話をします。
合宿期間中、シェアのばは3回あります。最初は、トークカードを使って「好きな食べ物」とか話題を決めて、自己紹介しながら話をするような感じで進めます。お互いのことがだんだんわかってきた後、2回目のシェアのばは、自分の生い立ちやつらかった経験など、あまり普段はできないような「深い話」をします。こうやっていろいろな話ができて、共感し合えるから、あすのばでは家族以上と思える友達が作れるのだと思います。
「うまく話せない」、「話したくない」でも構わない
−−−合宿ミーティングは全国から参加者が集まると聞きました。初対面の人同士が多いと思いますが、すぐに打ち解けられるものですか。
似た境遇の子が集まっているので話しやすい雰囲気があると思います。でも、急に何でも話せるようになるかというと、誰でもそうなれるわけではないかもしれないです。たとえば、恒例の2回目のシェアのばで、真面目な雰囲気になって深い話をするのは、誰でもできるわけではないと思うんです。人によっては「ちょっと重すぎる」と感じてしまうかもしれないです。
僕は今年、合宿の企画をする立場になって、この恒例となっていたやり方を変えたいと思っていました。「何でも話していい」という以上に「自分のことを話さなくてはならない」雰囲気になってしまっているかも、と去年参加した時に思ったんです。僕自身も話すのがそんなに得意じゃない、というのもあったかもしれないですが。
他の企画担当のメンバーともかなり話し合いました。参加者の感想も、そういう場で自分の気持ちをさらけ出せるのがよかったと言う子もいるけれど、無理に話したくない、と思っている子もいました。
結論は、班ごとにやり方を任せる、ということになりました。実際の合宿では、班によってそういう語り合いをしていたり、遊んでいたり、いろいろな過ごし方をしていました。
僕がいた班も、深い話を語り合う、というのはあまりやらなかったんですけれど、すごくいい友達になれたと思います。
班に、すごく緊張していた男の子がいて、最初はほとんど話すことがなかったのですが、時間が経つにつれて少しずつ話せるようになって、本当は明るい子だってことがわかってきました。合宿後半のキャンプファイヤーではすごく張り切って、よく笑っていました。無理に話さなくてもいいし、とにかく楽しんでもらいたい、と思いながら僕は合宿期間を過ごしていました。その子が別れ際に、
「来年もまた来たい。」
と言ってくれたのはとてもうれしかったです。
その場限り、ではなく、ずっと繋がっていきたい
−−−合宿は特別な場です。日常生活で会える友達とは違うように思います。合宿の後も友達関係を続けていくことは難しいのではないですか。
合宿で出会った友達は全国にいます。確かに頻繁に会うことは難しいかもしれないけれど、合宿で終わり、ではない関係になれますね。
LINEしたり、電話したり、っていうのもあるけれど、携帯電話を持っていない子もいるし、友達が東京に来た時に会ったり、自分から会いに行くことも楽しいです。
この夏は、あすのばの仲間と島根と神奈川を旅行しました。そこにいる友達と再会して、いろいろな所を見に行ったり、名物を食べたり。旅行した土地のことも好きになります。
−−−菅井さんがこれからやっていきたいことは何ですか。
僕の大学生活はまだあと1年あります。あすのばの活動を通じて、もっといろいろな人と関わっていきたいです。そして、まだまだ行ったことがない所がたくさんあるので、もっと旅行して、全国にいる友達に会いに行こうと思います。旅費を貯めるのも大変だけれど、今の自分だからできることじゃないかな、と思っています。
写真引用: 子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのば ウェブサイト
聞き手・野口由美子(ブログ Parenting Tips)