「病気になったときは、誰もが患者1年生なんです」
2024年10月7日、「アストラゼネカ患者フォーラム2024」に登壇した希望の会理事長、轟浩美さんの言葉に会場の多くの人がうなずいた。当事者や家族の元に病がやってくるのは突然だし、十分な知識をあらかじめ準備している人は少ないだろう。不安を抱えつつ迅速にベストな選択を行いたいとき、アクセスできる情報に格差があったとしたら────。
現在、医療情報の格差が存在し、適切な治療法にアクセスできなかったり、治験(まだ承認されていない治療法について国の承認を得るための臨床試験)に参加する機会を逃してしまったりする人々がいる。また、海外で開発された薬の承認が遅れる「ドラッグラグ」、海外の新薬が日本で入手できない「ドラッグロス」の問題も。
こうした課題に対し、グローバルなバイオ・医薬品企業であるアストラゼネカ日本法人が患者団体とともに開催したのが本アストラゼネカ患者フォーラムだ。代表取締役社長の堀井貴史さん、取締役研究開発本部長の大津智子さんのプレゼンテーションと患者団体代表らによるパネルディスカッションを実施。2023年の初開催に続き、より踏み込んだ議論が交わされた。そこで見えてきたものは。
新たなドラッグラグ・ロス。ヘルスエクイティ(健康の公平性)の現在地
「海外で承認された新薬を待っている」「治験に参加したいが見つからない」などと耳にすることがある。日本の医療環境は先進的だと考える人も多いが、実際のところどうだろうか。
堀井貴史社長は会場で「ヘルスエクイティ」について言及。ヘルスエクイティとは「誰もが健康になる権利と機会をもてる<健康の公平性>」だとし、アストラゼネカでは研究開発という「サイエンス」、医薬品提供の「デリバリー」という2本柱でより公平なヘルスアウトカムの向上を目指すと語った。
続いて行われたのは、大津智子研究開発本部長による講演「サイエンスの限界に挑むWhat Science Can Do」。「厚生労働省のデータ(*1)によると2016年から20年に欧米で承認された新薬のうち、2022年末時点で日本において承認されている薬剤は42%。未承認薬は58%という衝撃の事実があります」と述べた。ドラッグラグが可視化された結果様々な対策が取られているが、海外との隔たりは依然として大きい。
特に課題となるのは、日本国内での開発が未着手であること。着手されていれば、ドラッグラグがあってもいずれは承認される可能性が高い。しかし、未着手であれば待っても薬にアクセスできないドラッグロスに至ってしまう。その原因には開発企業がベンチャーで日本支社を持たないこと、希少疾病向けのオーファンドラッグや小児用医薬品で患者数が少なく採算性等があわないことがあるという。
この問題に対し、大津さんは「サイエンスとビジネス、2つの視点を持っている」と話した。日本のGDPが世界第2位だった時期には世界と日本での同時開発が当たり前だったが、現在ではその限りではない。しかしアストラゼネカではアンメット・ニーズのある製品をすべて導入、国内最大級の強力なパイプラインを背景に、日本人のデータが不足している場合でも迅速に対応してきた。2016〜2024年にオーファン医薬品指定を取得した品目は10、小児承認品目では9、特にアジアに多い疾患治療薬承認品目では2品目にのぼり(*2)、ドラッグロスの軽減に大きく貢献している。外資系であり国内独自開発も行うという強みをいかしてドラッグラグを最小限にし、今後も1日でも早く国内の患者に医薬品を届けることを目指している。
プル型からプッシュ型へ。治験情報へのアクセスを改善
一方、患者団体の状況に変化はあるのだろうか。パネルディスカッションでは、CSRプロジェクト代表理事、桜井なおみさんは「臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会」の活動を通じて、医療情報格差の解消に向けた取り組みを紹介した。
同会では、国の臨床研究データベースである「jRCT(Japan Registry of Clinical Trials、臨床研究等提出・公開システム)」への提言を行っている。jRCTでは医療関係者だけでなく、患者や家族も治験についての情報を探すことができる。しかし、患者側だけでなく医療者にとっても使いづらいシステムになってしまっている現状があるのだそう。
「半角があると入力できないとか、びっくりするようなバグがたくさんありました」と桜井さん。1年前の「検索する」スペースはページ下部にあったが、現在は上部に。これも会の要望からの反映と考えられる。桜井さんは「現在のjRCTは、せっかくデータがあっても2次利用がしづらいなどの課題がある。情報をjRCTの外にも広げて自分の病理情報と組み合わせてAIによるマッチングみたいなことができるようになれば、わざわざ取りに動かなくても、手のひらのスマホで情報が得られます。10年後ぐらいにはそんな未来が実現し、プッシュ型で臨床試験情報が公平に入手できるようになっていたらいいなと思っています」と話した。
桜井さんの発表に対し、ファシリテーターを務めたメディカルジャーナリズム勉強会代表理事、市川衛さんは「プッシュ型でパーソナライズされた治験情報が患者さんに届けば理想的だと思う」と感想を述べた。
「聞いていいんですよ」。テクノロジーと、人を動かすメッセージ
そこでアストラゼネカ研究開発本部臨床開発統括部長、亀尾祐子さんが紹介したのが、アストラゼネカが国内で実施している治験情報を検索できるWebサイト(https://www.searchmytrial.com/smt-sites/astrazeneca/)だ。自社の治験情報を更新し、治験結果の概要も掲載しているという。jRCTとUnifyを共通IDで結べば、非常に利便性が高くなることも期待できる。
また、患者の治験体験をスムーズにできるアプリ「Unify」を開発。Unifyを使えば、シングルサインオン(一度のユーザ認証で複数のシステムを利用できる機能)でオンライン診療を受けられる。デジタルデバイスとの連携で治験実施医療機関への訪問を減らし、患者の負担も軽減、治験情報へのアクセスも可能に。患者の居住地や職業に制限されない治療機会の均てん化が期待される。
ディスカッションで轟さんは「命は待ってくれないし、病気の進行が速いこともあるのだから治験の情報はプッシュ型に変えていくべき。治験の情報が選択肢の1つになるという意識を医療者がもつことも必要」と発言。
全国がん患者団体連合会(全がん連)理事長の天野慎介さんは、患者へのプッシュ型情報提供を実現するには規制の大きな枠組みを検討していくことも重要だと示唆し、次のように述べた。「SNSなどが発達してさまざまな情報が得られる時代になっているなかで、医療関係者からの情報提供という枠組みを超えられない。大きな制度の部分については、業界団体と患者団体が協働して社会を変えていける可能性がある」
パンキャンジャパン理事長の眞島喜幸さんは、治験参加率の高いイギリスでは、診断を受けた患者に対し「私が参加できる治験ありますかって聞いていいんですよ」と行動を促すキャンペーンや、「治験の日」のイベントが積極的に行われていることを紹介。ちょっとした一言が患者の不安をやわらげ、アクションにつながることを印象付けた。
また、肺がん患者の会ワンステップ理事長の長谷川一男さんは、治験に参加した人がその前にどのようなアクションをとっていたかについて調査している。結果は解析中であるとしながらも「医師に質問するなど主体的に行動した人が実際の治験につながっている印象がある」とコメントした。
テクノロジーと対話という2つのアプローチを軸に行われた議論を受け、市川さんは「『聞いていいんだよ』とメッセージを伝えることの重要性、また主体的な態度と治験への関連が強く印象に残った」と感想を述べた。
また、治験へアクセスしやすい社会にむけて、今後のロードマップを議論するなかで、パネリストそれぞれがアイデアを共有した。天野さんは「全がん連としては、患者さんがダイレクトに治験情報にアクセスできる法制度を作るために協働したい、また患者アドバイザリーボードに参画できるような、共通言語をもつ患者さんを学会との協働やがん患者学会を通じて養成したい」、桜井さんは「臨床試験の民主化実現に向けて、自分が参加する規制改革推進会議などでの発言を続けていきたい」、轟さんは「日本胃癌学会のなかに患者会員を作ることと、ドラッグロスを防ぐための海外の患者会と連携した情報共有などを、すでにすすめている」、長谷川さんは「いま行っている治験情報に関するアンケートを済ませ、分散型臨床試験について具体的にどのような支援ができるかについてまとめたい」、眞島さんは「毎年5月20日の臨床試験の日にあわせて行っている、治験を多くの人に知っていただく啓発活動続けること」と述べた。
さらに、眞島さんは「アストラゼネカが行っている国際共同治験と、ドラッグロスの解消のために行っているベンチャー企業からのライセンスインも応援したい」と、今回のセッションで強く印象に残ったこととして語った。
セッションの感想を受け、亀尾さんは「治験情報の公開をより進めていく。また日本で一番臨床試験をやっている会社として、患者団体様らのご意見もいただきながら日本全体で分散型臨床試験を進めていきたい」とまとめた。
対話を続け、誰もが治験へアクセスしやすい社会に
最後に、堀井社長から「アストラゼネカ患者フォーラム2024共同宣言」が発表された。これは患者団体と協働で治験へアクセスしやすい社会実現に向けて様々なアクションを行うもので、「治験をわかりやすく」「治験情報にたどりつきやすく」「治験に参加しやすく」という3つの目標が提示されている。
堀井社長は、昨年から一貫して「対話を継続することの大切さを実感した」と語った。私たちが対面する病はみな同じでないし、医療関係者と製薬会社と患者団体という立場から見えるものもそれぞれ違う。それでもともに課題解決に向かうには、技術だけでなくコミュニケーションも重要だ。治験にアクセスしやすい社会実現に向けて、対話はこれからも大切なものであり続けるだろう。
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*1「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制の在り方に関する検討会について」(厚生労働省)
*2適応拡大を含む、指定毎にカウント(アレクシオンファーマへ移管・導入した品目を含む)。
写真:野村雄治
取材・文:樋口かおる
編集・磯本美穂