スポーツメーカー大手のアシックスは、スポーツをする環境を守っていくために「2050年までにはネットゼロ(大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている状況)、2030年までに2015年比でCO2を63%まで削減」を目標に掲げている。
2023年9月には、製造過程における二酸化炭素の排出量を徹底的に抑え、原料にサトウキビを使ったシューズ「GEL- LYTE III CM1.95」を発売し、その前衛的な取り組みが注目を集めた。スポーツシューズは構成するパーツの多さから、業務を委託する工場も多い。根気強く各方面と交渉に臨んだ開発秘話を聞いた時には心底驚いたのを覚えている。
4月11日(木)、同社はランニングシューズ「NIMBUS MIRAI(ニンバスミライ)」の発売に先駆けて、アシックスラン東京丸の内で記者発表会を開催。新作シューズを通しての新たな挑戦や開発背景について語った。
シューズ業界の「3つの課題」を全てカバーする
3年7ヶ⽉の開発期間を経て発売に⾄った本商品は、クッション性を重視した⾼機能ランニングシューズ「GEL-NIMBUS」シリーズであると同時に、サステナビリティの観点からも優れた一足になっている。
NIMBUS MIRAI 開発責任者 フットウエア⽣産統括部マテリアル部⻑ 上福元史隆さんは、シューズ業界には「アッパーとソールが分離できないこと」「シューズのアッパーは複合素材でできていること」「シューズの回収・リサイクルできる環境が整っていないこと」という3つの課題があると説明し、本商品はそれらの課題解決に向けて開発されたと明かした。
本商品は⾃社独⾃開発の接着剤を使⽤することで、アッパーとソールが分解可能となっている。さらにシューズ産業におけるサステナビリティを⼤きく推進させるため、アパレル産業で⼤量に使⽤、廃棄されているポリエステルに着⽬し、アッパーをポリエステル系繊維のみの単⼀素材を実現。シューズのデザインも「サーキュラリティ」を意味する円がアクセントになっており、リサイクルのループを⽣み出す商品としてのこだわりが凝縮されていることが伺える。
サステナビリティ部⻑の井上聖⼦さんは、サステナブルな製品の開発・販売だけではなく、循環型(サーキュラー)の枠組みを作っていくことも重要だと語った。
「昨年は製品でのCO2排出量削減を⽬指し、市販のスニーカーでCO2排出量世界最少の 『GEL-LYTE III CM1.95 』を発売できました。そして今年、アシックスが掲げるネットゼロに向けて、循環型ビジネスへの転換が必要不可⽋と考え、サーキュラーを実現するための第一歩が『NIMBUS MIRAI』です」
また、循環型の枠組みの実現のために重要なポイントとして「⾃社の製品の材料が次の製品に循環されること」「製品の品質・機能性とサステナビリティの両⽅を追求すること」「お客様と⼀緒にアクションを取っていくこと」を挙げ、本商品を通じてさらに取り組みを活性化させていくことを宣⾔した。
サーキュラーエコノミー専門家も「アシックスの本気度が伺える」
記者発表会には、サーキュラーエコノミー(循環経済)を研究する専⾨家の安居昭博さんも登壇し、上福元さんとトークセッションを開催。傍聴席には普段からスポーツに取り組む早稲⽥⼤学の学⽣を迎え、それぞれの立場からスポーツやサーキュラーエコノミーについて考えた。
安居さんは、本商品の革新性について「従来のシューズ産業が抱えている課題全てに取り組んでいることや、機能性とサステナビリティを両⽴していることで、今まで各メーカーがクリアできなかったハードルを越えるためのチャレンジを⾏っています。またアシックスを代表するランニングシューズでサーキュラーエコノミーを取り⼊れたことは、アシックスの本気度が伺えます」とアシックスの取り組みに太鼓判を押した。
また、傍聴席の早稲⽥⼤学⽣からは「練習で繰り返し使える耐久性とスポーツにおいて⾃分を表現できるデザインを重視しています」「機能性に優れているという評価を持つアシックスが『機能性を妥協しない』と⾔い切って販売していくことで、サステナブルな商品でも機能性が担保され、その信頼が消費者に届いていくように思います」という声も届いた。
使い古したシューズ、そのまま捨てる人の割合は...?
井上さんが語るように、循環型の仕組みを実現するに当たって欠かせないもう1つの要素が「お客様と⼀緒にアクションを取っていくこと」、つまりはユーザーの積極的参加だ。
記者発表会を開催するにあたり、アシックスは⽇常から週1回以上スポーツを楽しむユーザー1118名に対して事前調査を実施した。調査によると、「ランニングシューズなどスポーツシューズを選ぶ際に、どのような要素を重視しますか︖」という質問に対して、40.8%が「機能性」、24.1%が「デザイン」と回答。「サステナビリティを重視する」という回答は13.1%にとどまった。⼀⽅で「ランニングシューズなどスポーツシューズを購⼊する際、環境に良い素材を選ぶなど意識したことがありますか」という質問に対しては72.8%が「はい」と回答し、サステナビリティへの関⼼は⾼ことが⽰されたという。
そこで「いいえ」と回答した27.2%の人を対象に「なぜ、環境に良い(サステナブルな)シューズを選ばないのでしょうか︖」と質問をしたところ、47.4%が「環境にいいシューズを知らないため」と回答。企業側が選択肢を提示していくことで、サステナビリティを重視するユーザーが増えることが期待できそうだ。
次に「シューズの廃棄⽅法」についての調査では、「使い古したシューズはどうしていますか︖」という質問に対しては、約半数(49.8%)が「捨てている」と回答。24.9%が「⼈にあげている」、21.2%が「リサイクルしている」と回答した。
これを受けて安居さんは「⼈にあげることやリサイクルショップに売ることはリサイクルではなくリユースであり、『本当の意味でのリサイクル』はあまり知られていません」とコメント。さらに「今までは、リサイクルがしたくてもできない現状があったことも⼤きな要因であった」と続け、知識を深めることと環境を整備することの両輪が求められると説明した。
上福元さんは「サステナブルな商品だから積極的に使⽤するという考え⽅も重要ですが、⾃分が好きなシューズを⼿にした結果、サステナブルにも気を遣うことができたという発⾒も私たちは大切にしています」と語り、サステナビリティを目的とするのではなく、精神的な負荷のない形で選択肢の中に取り織り交ぜていくことの重要性を強調し、発表会を総括した。
サステナブルな商品や循環型の仕組み作りを通して、スポーツをする環境を守っていくアシックス。
スポーツを楽しむ個人、生活者として、今後のアクションにも注目、そして地球に生きる当事者として「参加」していこうと思う。