7月29日に実施されたカンボジアの総選挙で、与党・人民党が全125議席を独占した。2月の上院選挙でも全議席を占めており、33年にわたり首相の座にあるフン・セン氏が文字通り独裁体制を完成させた。
5年前の前回総選挙、昨年の地方選で人民党は野党・救国党の躍進を許した。すると政権は昨年9月、「米国とともに政権転覆を謀ろうとした」として救国党党首を国家反逆罪で訴追。最高裁は2か月後、同党に解党を命じた。さらに英字紙「カンボジア・デイリー」を廃刊に追い込むなど政権に批判的なメディアやNGOを弾圧した。政敵や批判者を強引に排除したうえで行われた今回の選挙は、当初から結果が明白な茶番劇だった。
◆似ている口調
「米政権は、民主主義と人権の名の下に他国の内政に干渉してきた。私たちは被害者だ」。フン・セン首相は近年、こんな風に米国を罵り続けてきた。フィリピンの強引な麻薬取り締まりを批判する欧米諸国や国際機関を罵倒するドゥテルテ大統領の口調に似ている。
両国は2年前まで険悪な関係だった。南シナ海の領有権争いでフィリピンはアキノ前政権時代、東南アジア諸国連合の首脳・外相会議のたびに中国による岩礁の埋め立てを厳しく批判する声明の採択をめざしたが、中国から多額の援助を受けるカンボジアがことごとく反対してきた。それが一転、ドゥテルテ氏が議長を務めた昨年は、これまで用いられてきた「中国の軍事的膨張に対する懸念」という表現さえも声明から削るようにフィリピンが主導し、カンボジアとのあつれきも解消した。
外交で時に人権や民主主義を持ち出したオバマ前米大統領への嫌悪感を隠さず、トランプ氏への政権交代を歓迎する一方で中国の経済支援を当て込む・・・。ドゥテルテ、フン・セン両氏に限らず、タイの軍事政権を率いるプラユット首相、マレーシアのナジブ前首相にも共通する傾向だ。いずれの政権もメディアや野党の批判を強権的に抑え込んできた。
◆新たなドミノ倒し
戦後の東西冷戦下、ベトナムなどの共産勢力と開発独裁政権が対峙したアジアだが、86年、フィリピンのマルコス政権を倒した「ピープルパワー革命」を先駆けに台湾、韓国などで民主化運動が広がり、ベトナムも改革開放路線に踏み出した。
「インドシナを戦場から市場へ」との掛け声のもと、カンボジアでも和平が実現し、地域は「東アジアの奇跡」と呼ばれる経済成長の時代に入る。97年のアジア通貨危機を引き金に、インドネシアに30年余君臨したスハルト独裁体制が崩壊。紆余曲折はあっても2011年のミャンマーの民政移管を持って、地域の民主化はひとつの到達点に達したとみられた。
ところが、かつて共産主義のドミノが喧伝された東南アジアではいま、権威主義のドミノ倒しが起きている。
皮切りはタイだった。90年代半ばから選挙による政権交代が定着していたが、06年、軍が戦車を繰り出し当時のタクシン元首相を追放。この時は1年余で民政復帰したが。14年、軍は再びクーデターでタクシン氏の妹インラック首相を放逐し、時代の歯車を逆転させた。
タイの政治で決定的な役割を果たしてきた国王の代替わりの時期とも重なり、軍は4年後のいまも権力を手放さない。この間、不敬罪を駆使して反対勢力を徹底的に抑え込み、政治活動や集会さえ許さない。そのうえで軍の政治介入を大幅に認める新憲法を制定した。
東南アジアで唯一植民地化されず、地政学的、経済的にも地域の中核であるタイで、軍が居座る状況は、近隣の権威主義的指導者に強権の免罪符を与えたようにみえる。
◆中国の後ろ盾
背後には経済力を増す中国の存在がある。
習近平共産党総書記は昨年10月の党大会で、欧米を「敵対勢力」とみなし、民主主義や自由主義など「普遍的価値は見せかけだけのごまかしだ」と言い放った。
冷戦後、中国をはじめとする権威主義国家でも経済が発展し中間層が増えれば、自由主義や民主主義を求める声が強まるとの予測があった。しかし現実には、選挙を経ているかどうかの違いはあれ、中国と東南アジア諸国では強権的な政治を是とするメンタリティーが共通化しつつある。
08年のリーマンショックで世界不況が進行するなか、アジアにおける中国の存在は以前にも増して大きくなった。07年にはフィリピンやタイの最大の貿易相手は米国や日本だったが、いまや軒並み中国がトップだ。
中国は欧米が経済制裁や援助停止をちらつかせると、その間隙をついて援助や投資を増額する。強権政治家らの頼れるパートナーである。
米国の政権交代もこの風潮を後押しした。トランプ氏は民主化や人権問題に関して無関心、無頓着で、首脳会談で取り上げることもほとんどない。
◆来年はせめぎあいの年に
そんななかで5月のマレーシアの総選挙では、ナジブ前政権による数々の妨害を乗り越え、マハティール元首相率いる野党連合が勝利した。かつて開発独裁の旗頭とみられてきた同氏が今後、どのようは統治スタイルをとるか注目されるが、ドミノ倒しのなかで選挙による歯止めを示した点には大きな意義がある。
来年は、地域大国インドネシアの大統領選があり、ドゥテルテ政権の折り返し点を評価するフィリピンの中間選挙もある。タイでもようやく総選挙が実施されそうだ。東南アジアの民主主義と権威主義のせめぎあいのなかで重要な節目の年となるだろう。
2018年8月16日、まにら新聞掲載
参考:世界2018年6月号「東南アジアで広がる権威主義のドミノ」(柴田直治)