ここ数年で注目を集めるようになった芸術祭。
地域資源を活用してアーティストに作品作りをしてもらうアートによる地域づくりの取り組みとして各地に広がり始めています。
北海道札幌市の「札幌国際芸術祭」、新潟県の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、石川県の「ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭」、千葉県市原市の「中房総 国際芸術祭いちはらアート×ミックス」、愛知県の「あいちトリエンナーレ」、香川県の「瀬戸内国際芸術祭」など日本各地で開催されるようになりました。
しかし、すべての取り組みが成功しているわけではありません。この記事では、各地域の芸術祭が失敗せずに、成功するためにはどうすればいいのか、マーケティング的視点を持って紐解いていきたいと思います。
成功している瀬戸内国際芸術祭
香川県域にある瀬戸内の島々で島をまたいで開催される瀬戸内芸術祭。2013年開催の瀬戸内国際芸術祭の経済効果は約132億円といわれ、地域の経済に大きく貢献しました。しかし、芸術祭の効果はそれだけではありません。
芸術祭のおかげで島に観光客が増加するだけでなく、島への移住者も増加し、休校していた小学校が再開するといった経済効果以上の奇跡を起こしています。また、瀬戸内国際芸術祭のおかげで島との距離が近くなり、瀬戸内の島で結婚する「島婚」も地域に活気を与えるニュースとして広がり、県内にて祝福ムードが漂いました。
失敗に終わった札幌国際芸術祭
しかし、すべての芸術祭が成功しているワケではありません。北海道札幌で開催された札幌国際芸術祭は失敗に終わったと言われています。
「札幌国際芸術祭 失敗」で検索してみてください。なぜ失敗したのかというブログ記事やメディア記事が多く並んでいます。
これを、ネット上で好き勝手言っているだけだと解釈をして切り捨てることもできます。しかし、興味深いことに「芸術祭への目標達成人数は達成しているのに県内での盛り上がりに欠けていた」、「市民の意識がついてきていなかった」、「札幌市内でのPRが中途半端だった」と県内での盛り上がりへの失敗理由が多く挙げられていました。
しかし、なぜここまで札幌国際芸術祭は失敗に終わったといわれ、一方瀬戸内国際芸術祭は経済効果や地域への活気が生まれ、成功しているのでしょうか。
実は、2つの芸術祭を俯瞰して見たときに、「アーティストおよびブランド起点によるトップダウン施策に生活者起点のボトムアップ施策が掛け合わさることで成功する」という方程式が浮かび上がってきます。
アーティスト起点・ブランド起点だけだった札幌国際芸術祭
札幌国際芸術祭が失敗した理由としてTVCMをもっと打つべきといった北海道内・札幌市内でのPR不足がブログやメディアの記事で挙げられていますが、それは違います。TVCMを打ったところで芸術祭自体が認知されても、「芸術祭」という市民にとって聞きなれない言葉に市民は興味を持ってくれません。
実は札幌国際芸術祭が失敗した理由は、圧倒的にアーティスト起点、札幌国際芸術祭という芸術祭ブランドを起点として下記の図のようにトップダウンな芸術祭として開催してしまったことにあります。
今回札幌国際芸術祭は世界的に著名なアーティストである坂本龍一氏をゲストディレクターに迎え、芸術祭を開催しました。さらに、事務局メンバーは坂本龍一氏を始めとしたトップアーティストたち。そして彼らによって札幌国際芸術祭というブランドをどう作るかという議論がなされたと考えられます。
また、公式ウェブサイトでは「これからの都市と自然の共生のあり方を考える国際芸術祭」と唄っていますが、その主語は明らかに市民のものではなくアーティストのものでした。
そして、札幌国際芸術祭と瀬戸内国際芸術祭で圧倒的に違うのが、芸術祭に関わってもらう市民の位置づけです。瀬戸内国際芸術祭は、彼ら市民の存在を「こえび隊」と総称し、「サポーター」と呼んでいます。
サポーターという存在は、サッカーでよく使われますが、チームのため、選手のために応援し、選手とともに勝利の喜びを分かち合い、ときにはブーイングで罵倒し、クラブチームに意見する存在として、同じサッカーチームの一員という意識・精神のもとにある言葉だと私は思います。瀬戸内国際芸術祭においても、総合ディレクターの北川フラムを始め、事務局メンバーはサポーターの重要性を語っていました。
一方、札幌国際芸術祭はそういった市民のことを「ボランティア」と呼びます。言葉一つかもしれませんが、ボランティアとサポーターでは大きな線引きがあります。ボランティアは自発的ではあるものの、あくまでも運営・アーティストとの線引きがある存在としてアーティストの二の次という存在に位置づけられてしまっているのではないでしょうか。
改めて、札幌国際芸術祭は誰のものか再考する必要があるのかもしれません。
生活者起点が加わった瀬戸内国際芸術祭
一方、瀬戸内国際芸術祭はアーティスト・芸術祭起点のトップダウンに加え、生活者起点のボトムアップが掛け合わされることで、芸術祭という取り組みに相乗効果を生み出すことに成功しました。
生活者起点のボトムアップな取り組みは、教育・アート・建築・食といった様々な文脈で瀬戸内国際芸術祭が語られる要素を作り出しました。そして、開催地域内外の人々が芸術祭という言葉に触れ、瀬戸内国際芸術祭に参加し、世の中ごと化していく流れを作り出したのです。
具体的に紹介していきます。意外にも、瀬戸内国際芸術祭は教育の文脈で語られていきます。
実は、瀬戸内国際芸術祭も当初県内の盛り上がりがイマイチという意見が出ていました。そこで、香川大学附属小学校の河田教諭は受け持つクラス児童に問いかけたそうです。「瀬戸内国際芸術祭が香川県で開催されるのに、県内の人が興味を持ってないのはさびしくないか?」
児童たちは河田教諭の話を聞き議論する中で、危機感を感じ始めました。「ほ、ほんとだ!香川県で開催されるのに県民が盛り上がってないなんて。なんとかしなくちゃ!」
そして、子供達は瀬戸内国際芸術祭を盛り上げる企画を考え始めます。そして、驚いたこたに、学校帰りに児童たちはその企画を持って新聞社に飛び込んだそうです。後日、その企画や行動力に新聞局員も感心し、見事新聞記事に取り上げられる大仕事を成し遂げました。そして、瀬戸内国際芸術祭のセレモニーにも特別ゲストとして招かれ、瀬戸内国際芸術祭の県内での盛り上げに貢献しました。
ここで重要なのが、もちろん児童たちの行動力もさることながら、香川県内の親の間で瀬戸内国際芸術祭が語られ、関わる要因を作り出したことです。さらに、子供たちの感性を磨くアート教育といった側面でも、親の間で瀬戸内国際芸術祭が語られ、地域内外の親子が参加するきっかけを作り出しました。
さらに、私の母校である香川大学は地域経営の一環として「島プロジェクト」を立ち上げ、島民と観光客を繋ぐコミュニティカフェを経営しています。結果、サークルおよび講義の一貫として大学生が関わり、瀬戸内国際芸術祭が彼らによって語られるきっかけが生まれました。
また、瀬戸内国際芸術祭をきっかけに「島巡り」という新しい観光スタイルが生まれました。「島巡り」に付随する新しい文脈として「島カフェ」といったキャッチーな言葉が生まれ、旅行雑誌・女性誌にて瀬戸内国際芸術祭が旅行好きな20代~30代女性の間で語られるようになりました。
次いで、もちろん建築・アート・デザインの文脈でも語られるようになります。実は、開催地の香川県には世界的に有名な建築家やデザイナーが関わったプロジェクトやデザインが多く存在しました。
香川県庁舎を建築した丹下健三や直島のアートプロジェクトに関わっている安藤忠雄、香川県牟礼町にアトリエを構えていたインテリアデザイナーのイサム・ノグチ。
瀬戸内国際芸術祭は、香川県にゆかりのある世界的著名人に再度スポットライトを当て、国内外のアーティストや建築家の中でも瀬戸内国際芸術祭という言葉とともに注目が集まるきっかけを作り出しました。
このように、それぞれの生活者に合わせた文脈で芸術祭が語られ、生活者の文脈、言い換えると立場に合わせて芸術祭が語られ、芸術祭と関わってもらうことが何より重要です。アート教育の文脈で語られることで子を持つ親にとっての芸術祭に、女子旅の文脈で語られることで旅好きな女性にとっての芸術祭に、建築の文脈で語られることによって建築家にとっての芸術祭になります。
瀬戸内国際芸術祭を一つの契機として、様々な文脈で「瀬戸内国際芸術祭」が語られ、さらには取り組みとして生活者が関わり始めたのです。
トップダウンとボトムアップの掛け合わせ
瀬戸内国際芸術祭の取り組みを図解すると以下になるのではないでしょうか。
ただ、ここで疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、すべてのボトムアップの取り組みが瀬戸内国際芸術祭の運営局や総合ディレクターの北川フラム氏、そして総合プロデューサーの福武財団が企てたのかというと違います。
ボトムアップの仕掛けはなかなか狙って出来るものではありません。しかし、瀬戸内国際芸術祭は3年に一度開催されるイベントであるため、瀬戸内に関わる人々はその3年に合わせて何かコトを興そうとし始めます。また、満足した観光客も3年後にまた来ようと思います。
トップダウンの取り組みの役目は、まさに生活者に対するそういった「瀬戸内国際芸術祭」の旗振り役なのです。そして、例えば言うならば旗振り役であるトップダウンの取り組みは広大な畑を耕す役割として、生活者によるボトムアップの取り組みはその耕した畑に実りをもたらす役割を果たしたのです。
今後、日本各地の芸術祭が地域に根付き、何十年何百年と続く文化となるために、少しでもこの記事が役に立てれば幸いです。また、今回ご紹介させて頂いた瀬戸内国際芸術祭や札幌国際芸術祭を始め、各地域の芸術祭が成功し、その地域の人たちの活力になることを願ってやみません。最後までお読み頂きありがとうございました。