台湾出身のアン・リー監督最新作、『ジェミニマン』が10月25日に公開された。リー監督は、カウボーイ同士の恋愛を描いた作品『ブロークバック・マウンテン』(2005年)でアジア人として初めてアカデミー監督賞を獲得したことでも知られる。
アジア出身の映画監督として活躍するリー監督は、人種やジェンダーの多様性に重きをおく近年のハリウッドをどう見ているのか。来日時にインタビューした。
ウィル・スミスの若い姿をCGで再現
『ジェミニマン』は、ウィル・スミス演じる暗殺者のヘンリー・ブローガンが、若き日の自分のクローンと対決するアクション映画だ。”ジュニア”と名付けられたクローンは、スミスの演技をパフォーマンスキャプチャー技術で取り込み、CGで作り上げた。あまりにもリアルな姿に驚く人も多いはずだ。
特殊メイクという方法を選ばず、最先端のCG技術で作られた本作についてリー監督は、「これまで映画として表現できないものだった」とコメントしている。
また、通常の映画は1秒間24コマで撮影されるが、本作ではその5倍にあたる1秒間120コマで撮影。4Kの高解像度かつ3Dで、圧倒的な臨場感を生み出した。
「驚くべき最新のデジタル技術のおかげで、現在と若いウィル・スミスの両方をスクリーンで見せること出来るようになっただけでなく、物語を完全に没入的な形で体験することが出来るようになった」と語る。
近い将来、かつての映画スターがスクリーンの中で蘇る日もくるのでは? リー監督に聞くと、「若き日のマーロン・ブランドを蘇らせるということもいずれ可能になるでしょうね」と笑う。
日本でも、4K・3Dホログラム映像とAI技術で美空ひばりさんを”復活”させるプロジェクトをNHKが放送し、大きな話題になった。しかし、そこには倫理的な壁も伴う。
「テクノロジーの発展によって、映画の可能性は広がっていると思います。映画だけではなく他の領域にもこの技術を活かすことができるでしょう。ただ、まだ人々には『フルデジタルのものを信じられない』という感覚があるのではないでしょうか。まだ早いと思います。肖像権の問題もあるし、倫理的なハードルも高い。新しい技術が受け入れられるようになるまで、時間はかかると思います」
ハリウッドの多様性、「よくなっているが表面的で政治的」
リー監督は、白人偏重が問題視されてきたハリウッドにおいて、いち早く成功を収めたアジア系監督の一人だ。
『ブロークバック・マウンテン』、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で2度のアカデミー監督賞に輝き、2003年にはマーベルのアメコミ『ハルク』を実写映画化した。
ここ数年のハリウッドについて、「ポジティブな変化を感じています。環境は良くなってきている」とリー監督は話す。
リー監督が言うように、近年のハリウッドでは人種・国籍の多様化が進んでいる。アカデミー賞では、2016年に演技部門のノミネート者20人が全員白人だったことが大きな問題となり、2017年以降はマイノリティーにスポットを当てた作品が選ばれる傾向になった。
「学生時代に抱いていた、昔だったら到底叶わないような夢が実現できるようになりました。チャンスは確実に広がっているし、ダイバーシティも向上している。ただ、一方で、近年のハリウッドの変化は表面的で、政治的だとも感じます。ポジティブな変化は起きていますが、まだまだ状況は良くなっていません」
「異なる価値観が生まれてきてほしい」
リー監督は身を乗り出して語る。
2018年には、キャストやスタッフがアジア系で占められた「クレイジー・リッチ!」が大ヒットを記録したが、アジア系女性脚本家が共同脚本家との賃金格差を理由に降板したと報じられ、物議をかもした。
「映画監督として大きな問題と感じているのは、ハリウッド映画は型にはまりすぎているということです。『お決まりのパターン』があって、皆同じようなストーリーを作ってしまっている。マーベルのスタイルとか、ディズニーの方式があり、今は、それをアジア人ができるようになった。黒人もできるようになった。次は、ロシア人ができるようになるかもしれません」
「ただ、それだけだとつまらないでしょう。異なる価値観が生まれてきてほしいと思います。さまざまな言語から異なる価値観が生まれて、唯一無二な美しさが生まれる。同時に、その価値観は普遍的でもある。そういった作品が生まれる必要があります。そのためには、人種や国籍、性別に関係なく、優れた脚本家が評価され、出て来るべきだと思います」
『ジェミニマン』
10月25日(金) 全国ロードショー
配給:東和ピクチャーズ