アマゾンジャパン(以下単に「アマゾン」)が2016年8月3日に開始した電子書籍読み放題サービス(正式名称:Kindle Unlimited)が、炎上しています。
https://www.amazon.co.jp/gp/kindle/ku/sign-upより
複数の出版社によると、アマゾンは一部の出版社を対象に、年内に限って規定の配分に上乗せして利用料を支払う契約を結び、書籍の提供を促したという。
ところが、サービス開始から1週間ほどで漫画やグラビア系の写真集など人気の高い本が読み放題サービスのラインアップから外れ始め、アマゾン側から「想定以上のダウンロードがあり、出版社に支払う予算が不足した」「このままではビジネスの継続が困難」などの説明があったとしている。
要は、電子書籍読み放題サービスに当初ラインアップされていた人気本がいつの間にか消えていて、しかも理由は「予想以上に利用者が多く出版社に配分する利用料が想定を超えたため」だったということで、ユーザーや出版社から批判や不満、あるいはあきらめが噴出しているようです。
期待が大きかっただけに落胆もまた大きかったのでしょうね。
ここでは、この件から事業者が学べる教訓はなにかを検討します。
■ 問題領域は「ユーザーとの関係」と「出版社との関係」
アマゾンの電子書籍に関するライセンス構造は、ごく簡略化するとこんな感じです。
著者と出版社の間の契約形態は様々なバリエーションがありますが、ここでは省略。
で、今回のラインナップ外しで直接の影響をうけるのは、ユーザーと出版社です。
報道によると、出版社はハシゴ外された感じですですが、おそらくアマゾン・出版社間の契約上は問題ないのでしょう。
なので、今回の記事は、対ユーザーの関係で、今回のアマゾンのやり方は問題ないのか?です
■ 契約違反ではないことは明らか
まず、ラインナップ外しがユーザーとの契約違反ではないかという問題ですが、この点については、私の意見では「契約違反ではない」というのが結論です。
事業者とユーザーとの間の契約については、Kindle Unlimitedの利用規約にはこのように書かれています(ただし、この利用規約は2016年9月1日付けのものです。サービス開始時の利用規約を探してみたのですが見つかりませんでした)。
本プログラム
お客様は、Kindle Unlimited の会員として、本プログラムの会員である限り、Kindle 本を指定されたタイトルリストから選び、何度でも読むことができます。当サイトでは、随時本プログラムにタイトルを追加し又はプログラムからタイトルを削除することがあり、また当サイトは特定のタイトルの利用や利用できる最小限のタイトル数を保証するものではありません。本プログラムは現在、日本国内のお客様に対してのみ提供しています。お客様の会員登録が終了又は取り消された場合には、お客様は、本プログラムから選択したタイトルにアクセスすることができなくなります。
「当サイトでは、随時本プログラムにタイトルを追加し又はプログラムからタイトルを削除することがあり、また当サイトは特定のタイトルの利用や利用できる最小限のタイトル数を保証するものではありません」とあるように、ラインナップにどのようなタイトルを入れるかはアマゾンの自由裁量だということです。
利用規約へのリンクボタンが「Kindle Unlimited」サービスの申込ボタンのごく近くに設置されていますし、利用規約の文言自体はわかりにくくもありませんから、ユーザーとアマゾンジャパンとの間ではこの利用規約どおりの契約が成立しているということになると思います。
ですので、今回のラインナップ外しについては、アマゾンとユーザーとの間の契約違反はないと思います。
■ 景表法違反にあたる可能性は0ではない
ただ、先ほどご紹介した「Kindle Unlimited」サービスのトップページには、たとえば「アマゾンによってラインナップの増減が行われることあり、いったん読み放題の対象になったタイトルも、アマゾンの裁量でラインナップから外れることがあります」という表示は、私が探した限りどこにもありませんでした。
記載されているのは
「いつでもどこでも、思う存分本が読める。
月額¥980で、12万冊以上の本、コミック、雑誌および120万冊以上の洋書を読み放題でお楽しみいただけます。」
「好きなだけ読み放題
幼い頃や学生時代に読んだ懐かしい本、読みたかったベストセラー、手に入れることができなかった本。Kindle Unlimited なら、豊富な品揃えの中から新しいジャンルや著者の発見がきっとあるはずです。小説、ビジネス本、実用書、コミック、雑誌、洋書など幅広いジャンルから好きなだけお楽しみいただけます。Kindle Unlimited の、自由で新しい読書の世界をお楽しみください」
という表示だけです。
もちろん、これらの表示に事実と異なる点はありません(また、WEB上の情報を見る限り、一旦リストに入れた本が削除されることはないようです)。
また、先ほどの利用規約や、「ヘルプ&カスタマーサービス」内の「Kindle Unlimitedについて」というページには「Kindle Unlimitedでご利用可能なタイトルは、随時変わる場合があります。」との表記があります。
https://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html/ref=hp_left_v4_sib?ie=UTF8&nodeId=201550610より(赤囲い部分はこちらで挿入)
しかし、利用規約やヘルプを見ずにトップページだけ見た人の中には(私です)が
- アマゾンの豊富なタイトルが読み放題である。
- いったん読み放題の対象になったタイトルは読み放題対象のままであって、勝手にラインナップから外されることはない
という趣旨だと受け取る人(私です)がいるかもしれません。
「誰が見ても勘違いしないでしょ」という表示ならもちろん問題ないのですが、仮に、一般消費者が、アマゾンのこの広告表示を見て、「いったん読み放題の対象になったタイトルは読み放題対象のままであって、勝手にラインナップから外されることはない」という趣旨の表示と受け取ると解釈された場合、景表法における優良誤認表示又は有利誤認表示に該当する可能性があるのではないかと思います。
もちろん、景表法は、あくまで実際のものや競合品よりも「著しく」優良であるとの表示を行った場合に問題となりますし、先ほど紹介したように、ヘルプページなどでは勘違いを防ぐような表示もされているので、本件が景表法違反に該当すると言い切るには躊躇があります。
私の感覚的には白に近いグレーというところでしょうか(私は勘違いしましたが)。
■ 違法ではないが、ユーザーの期待値コントロールに失敗した結果の炎上
ですので、「問題ないか」というのが「違法か合法か」という意味であれば「違法ではない可能性が高い」というのが結論です。
しかし、「企業として、いいやり方だったのか?」と聞かれると「いいやり方ではなかった」というのが私の意見です。
一般的に、ユーザーは、事業者の「宣伝広告」を見て興味を持ち、条件について検討した上で、事業者と「契約」を締結します。
もちろん、最終的にユーザーと事業者との関係を定めるのは「契約」なのですが、「宣伝広告」はどうしても少しオーバーな表現になってしまいます。
ですので、「宣伝広告によってユーザーが受け取る印象」と「実際の契約内容」とでは場合によっては「落差」が生じることがあります。
日本の法律では、この「落差」が少しでもあれば即違法ということにはなっていません。
この「落差」があまりにひどければ景表法違反の問題が生じたり(「著しく優良」など)、あるいは詐欺・錯誤として契約自体が無効になる、という構造になっています。
ですので、事業者としては「宣伝広告によってユーザーが受け取る印象」と「実際の契約内容」の落差の程度には、相当神経を使わなければならないのですが、要は「宣伝広告による期待値のコントロール」だと思います。
あまりに期待値を上げすぎれば「落差」が大きくなります。
特に「放題」系のサービスではユーザーの期待はかなり高まるはずなので、慎重に検討した方が良いと思います。
法律違反の問題は生じなくても、ネット上での炎上は生じるかもしれません。
今回の問題はそこにあるように思います。
■ まとめ
今回のアマゾンの事例は、もしアマゾン以外の事業者で生じれば、下手すれば会社の命運に関わる可能性もあるほどの問題だと思います。
アマゾンとしては「Kindle Unlimitedでご利用可能なタイトルは、随時変わる場合があります。」という表示を、利用規約やヘルプページに定めるだけでなく、トップページを含めた宣伝広告全体において、わかりやすく表示しておくべきだったと思います。
(弁護士柿沼太一)
(2016年9月6日「STORIA法律事務所ブログ」より転載)