博報堂生活総合研究所の酒井崇匡です。
連載「"みんな"って誰だ?」第10回目は前回に引き続き、大手Q&Aサイト「Yahoo!知恵袋」に寄せられた2億件の悩みと疑問の分析結果をご紹介します。
"みんな"をデジノグラフィで解き明かす
大手Q&Aサイト「Yahoo!知恵袋」にこの15年間に生活者から寄せられた質問約2憶件を分析するこのプロジェクト。焦点を当てたのは「皆さんは」というワードが文中に入っている質問です。
「皆さんはどうしていますか?」、「皆さんはどう思いますか?」というような聞き方をよくされる質問とは?"みんな"のことが気になって、人並みを探りたくなる質問を分析することで、現代の生活者の人並み意識を明らかにしようという試みです。
生活総研では、生活者が思わず発してしまった一言や何気ない行動から欲求を深掘りする生活者観察手法(エスノグラフィ)の視点を持って、デジタルデータを分析するアプローチ、「デジノグラフィ」を提唱しており、このプロジェクトはその一環でもあります。
「皆さんは」とセットで最も頻出する言葉は「自分」
前編では各カテゴリにおける「皆さんは」の出現率を見ることで、"みんな"がどうしているか気になるのはどのような分野なのかを見てきました。
今回は、「皆さんは」というワードが入っている質問文には、他にどのようなワードが入っているのか、いわゆる「共起語」を見ることで、"みんな"に対する意識の構造を探っていきます。
共起語として最も頻出していたのは「自分」です。最も細かいカテゴリの区分で見ると、約500カテゴリ中486カテゴリで共起されており、ほぼ全ての質問分野において「皆さんは」とセットで使われています。特に、ビジネスや経済、お金、家計、貯金、ギャンブル、耐震、ダイエットといったカテゴリでは頻出しており、「自分はこうなんだけど、皆さんはどうですか?」といった比較をしたい文脈で使われやすいことが想定されます。
「皆さんは」と共に出現する共起語ランキング
他にも、内容、最後、通り、未来といったワードも上位にランクインしました。「未来」は、例えば耐震というカテゴリで頻出しています。未来に起こるであろう地震に対しての意見を求めているのでしょう。
マナーカテゴリでは「電車」が上位にランクイン
ここからは、分析に加わった4人のメンバーによるディスカッションの形で、共起語に関する更に詳しい分析を行っていきます。
酒井:データ解析を行って頂いた林さんは、この結果をどう見られたでしょうか。
林:1位の「自分」という共起語は、「自分のことを言いたいカテゴリ」と「自分のことを言いたくないカテゴリ」が分散しているのが非常に面白いですね。18位に「子供」というキーワードもランクインしているのですが、実際の質問内容を見ると、学資保険や住宅ローン、生命保険といったもので人並みを意識しているのが見えてきますね。
酒井:カテゴリ毎に共起語を見ても発見がありますね。例えばマナーのカテゴリでの共起語では、電車というワードが上位にランクインしていました。ハフポストで掲載している連載第2回「みんな化語」に関する分析でも、冒頭で電車内のマナーに関するエピソードが出てきますが、これは多くの人にとって気になるトピックだということが、この分析でも示されました。一緒に使われている言葉ひとつとっても、消費者の行動予測やモチベーションの変化などを推し量ることができますね。
実は欲しいのは賛同してくれる"みんな"?
天野:マナーの話で言えば、ある人の"常識"が他人の"非常識"になってきている状況も背景にあるのではないでしょうか。常識が分かれてしまっているからこそ、自分はこう思うけど、みんなはどう思うか...ということで悩む状況が増えていて、それが質問につながっている。冠婚葬祭についての質問も、以前は「郷に入っては...」ではないですが絶対的に従うべきルールだったはずなんです。それが相対化しているのでみんなに質問する。
更に深読みをすると、実は"みんな"の答えが欲しい訳でもないのでは、とも思います。皆さんはどう思うか、と聞きつつも、最大公約数的なみんなの答えなんか求めてなくて、本心では自分の意見に賛同してくれる人を探している人も多そうです。
悩みを打ち明ける投稿でも、これはよく見られる形で、「自分はこう思うけど、皆さんはどう思いますか?」と質問して「私もそう思います!」と言ってくれる人を待っているというか。
そういうやり取りの中で、自分の意見が承認されたような感覚を得ているのかもしれません。「自分」が共起語で1位になるのにはそういう背景もありそうです。以前のように集団の価値に合わせるのではなくて、自分の価値に合う集団を選んでしまえば良い。インターネットの力のひとつなのかもしれませんね。
定性的なデジタルデータが新しい可能性を生む
石野:そう考えるとますます色々なインサイトが眠っていそうですね。
私は定性的なデジタルデータを分析することは今回が初めてだったのですが、こういう「悩み」というか、「意識の発露」みたいなものを、いかにデータとして貯められるかに価値が出たり、今後の肝になってくるなと強く思いました。
今、デジタル広告の世界ではクリック率やCPCといった数値が重視され、意外と属性データはあまり見られていない。最適化をずっと求められていますが、これ以上の広告予算の削減はできない限界値まできているとも感じるんです。そういった時に、こういう悩みの発露データを掛け合わせた広告メニューが作れるようになれば、面白いですよね。
天野:「データの価値とは何か」についての話を社内でもよくしているのですが、データって大量にあれば価値があるわけでもなく、更新頻度が多ければ価値があるわけでもない。データの本当の価値は「自分が説明したいものをいかに説明できるか」というところにあるんです。
その点で、検索データってものすごく汎用性がある。なぜなら、人の「欲望」が検索ボックスに詰まっているからです。Yahoo!知恵袋は、それと同じだと思うんですよね。人の悩み、興味、関心というものが、そのまま言語化されている。このデータをうまく使えば汎用性の高いものになるというのは、石野さんの言う通りだと思います。
デジノグラフィの可能性
ディスカッションの最後にもあったように、「悩み」のような、これまでのビッグデータ解析、行動履歴解析ではファジーすぎて分析対象とみなされなかったデジタルデータこそ、次の可能性のあるリソースなのではないでしょうか。
その中の一人ひとりに注目して仮説や洞察を拡げて行くデジノグフラフィに必要なのは、やはり分析者の「見立てる力」なのだなと今回のプロジェクトを通じて改めて感じました。
執筆者・分析メンバーのプロフィール
(左から)
林 伸明
ヤフー株式会社 メディアカンパニー マーケティングソリューションズ統括本部 ビジネスインテリジェンス。
1999年11月、ヤフー株式会社に入社。広告営業、戦略企画を経て、2013年よりリサーチ&アナリスト職。2016年4月より株式会社Handy Marketingにも兼務出向。
天野 武
ヤフー株式会社 メディアカンパニー マーケティングソリューションズ統括本部
(兼)株式会社Handy Marketing 代表取締役副社長 COO。
2010年9月、ヤフー株式会社に入社。リサーチアナリシス部部長を経て、2016年4月より博報堂DYメディアパートナーズ、Yahoo! JAPAN、DACの合弁会社である株式会社Handy Marketingに兼務出向。
酒井 崇匡
博報堂 生活総合研究所 上席研究員
2005年博報堂入社。2012年より博報堂生活総研に所属。日本およびアジア圏における生活者のライフスタイル、価値観変化の研究に従事。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。
石野 正規
博報堂DYメディアパートナーズ ストラテジックプラニングディレクター
2009年博報堂入社 2016年博報堂DYメディアパートナーズ出向。自動車・通信教育・飲料メーカー・媒体社のマーケティング基盤構築、CRM、ブランドマーケティングの統合を実践中。