室内に張り巡らされたセンサーが、気温や湿度、生育状況を24時間チェックしている。ゆりかごのような空間で、気候や害虫などの影響を受けず、野菜が安定して生産され続けるー。
AIやIoT(モノとインターネットを接続すること)技術をふんだんに組み込んだ植物工場の開発が進んでいる。
就農人口が減少の一途を辿る日本でも、熟練の技術を必要とせず、かつ少人数で野菜の生産が可能になると注目されていて、国の成長戦略にもスマート農業を促進することなどが盛り込まれた。
香港に本社を置き、北京や東京にも開発拠点を持つAlesca Life Technologies(以下、アレスカ)はコンテナ式の植物工場の開発・販売などを手がける企業だ。
創業から約6年だが、世界の経済界のリーダーらが集まる夏季ダボス会議では「テクノロジー分野のトップ企業」の一つとして招待された。
創業者の小田剛CEOが掲げているのは「農業こそ、最先端技術を投入すべき分野」という考え方だ。その危機感の底にあるものは何か。単独インタビューで聞いた。
■共通の課題は「栄養価」
小田さんの英語名はTsuyoshi Stuart Oda。日本人の両親のもと、アメリカで生まれ育った。シンガポールの高校を卒業後、名門・カリフォルニア大学ロサンゼルス校に進学し金融などを学んだ。
卒業後は証券会社を経て、アメリカに本社を置くパソコンメーカー「DELL」に活躍の場を移す。 新興国の市場開発を手がけるチームに配属されると、市場調査の中で、当時の中国をはじめとする新興国の抱えている課題に出会うことになる。
新興国では、ネットへの接続や基本的な水へのアクセスも問題でしたが、ITの観点から分析したところ、インフラの問題があったんです。
裏を返すと、インフラをアップグレードすることで、多くの業界やコミュニティに提供できるサービスやプロダクトが急成長する可能性があるんです。
そこに一番影響しているのがITやパソコン(の普及)ではなく「食」でした。
カロリーがあって、保存の効く食べ物は基本的に手に入りやすい。
しかし、カロリーではなく栄養素が非常に高いとか、保存がきかず、健康に関わる食べ物はあまり手に入らないのが共通の課題だったんです。
■「中国にいること」の優位性
小田さんはDELLを退社し、2013年にアレスカを設立。安定して栄養価の高い野菜を生産できる、コンテナ式植物工場の開発に取り組むことになる。
しかし、課題は多かった。設備投資に予算をかけ過ぎると、新興国では利益を出せず、商売として成り立たない。金銭的な制約を受けながら、現地の気候などに適応できる工場を作らないといけないのだ。
新興国は人件費が非常に低い。その代わり、先進国と比べて電気代が高いんですよね、逆に。
電気代に加えて、水へのアクセスやクオリティが安定していない。例えば、施設の中に水が入る前に、パイプが直接日光に晒されているわけでもないのに、たまに(水温が)50度とかになるんです。
植物工場に50度の水を入れると非常に室温が上がるし、もちろん植物もショックで死んでしまうんですけど(苦笑)。
そういう風に水の温度やクオリティが大きく変動する可能性がある。
そういうものにも対応できるような新興国向けの施設を作りたい、というのがアレスカのビジョンでした。
この課題を解決するために役立ったのが、「中国で起業している」という環境だった。小田さんは次のように語る。
中国にいるのはものすごく優位性が高いです。
最新のセンサーとか、ネット接続の技術とか、ハードウェアの開発とか...直近で言えばLEDのプロダクトも非常にクオリティが上がっている。
非常にファンクション(機能)として充実していて、そしてコストが非常に低い。
もちろん植物工場になると軽いストラクチャー(構造物)が必要だったり、インシュレーション(断熱材)がしっかりしていたりしないといけません。
空調コストがもの凄く高くついてしまうからです。
その全ての分野で世界のトップを争っている工場が、中国のどこかにあるんですね。
工場と提携して商品開発して、あるいは製造だけOEMの形で一緒にお仕事できるっていうのが、非常に有利というのがあります。
現在、アレスカの植物工場は、コンテナ式のものや、ホテル・レストランなどに設置されるコンパクトなタイプを含めて、中国やアラブ首長国連邦で利用されている。近く、南アフリカやシンガポールにも設置される計画だ。
工場で育つ野菜はロメインレタスやマイクログリーン(若芽野菜)など多種多様だ。小田さんは機能やエネルギー面で、伝統的な農業に対して優位性があると強調する。
リソースで言うと、例えば北京の場合、一般農家と比べて水を97%節約することもできますし、使用される土地も(場合によって)1/20、1/50、1/100というスペースで生産できます。
一番の問題は電気代なんですよね。可能な限りそれを節約するためには何が必要なのか。アレスカだけでなく、全世界の植物工場が抱えている課題なんです。
(アレスカでは)電気代の大半がLEDなので、ベルギーの企業と提携して開発しました。これは大手LEDメーカーと比べてコストが1/5から1/6で、使用できる期間もだいたい60-70%長くなりました。
■「人口大移動」に対応せよ
アレスカは、北京で使われなくなった地下駐車場で野菜の生産を始めるなど、現場の特性に合わせた栽培を進めている。
こうした熟練の技術を必要とせず、省エネ・省スペース・高栄養価な「未来型農業」は、これまで続けられてきた伝統的な農業の居場所を奪うことはないのだろうか。
小田さんの考えはむしろ逆だ。伝統的な農業の担い手が急速に減っていくため、植物工場の開発や普及を急ぐべきだと考えている。
世界に目を向けるとさらに深刻だ。代表例のひとつと言えるのが中国だ。
中国は農村部の人口を、中小都市に移住させる「都市化」計画を進めていて、住む場所を離れる人の数は2億5000万人という推計もある。
中国の場合だと、(一部推計で)2億5000万人が都市に移っている最中なんです。それを考えると、そのうち10%でも直接的に農業に関わっていた場合、2500万人の農民がいなくなると同等なんですよね。
他の業界は何万人パイロットが足りなくなるとか、ソフトウェアエンジニアが不足するというのがよく報道ベースで言われるんですけど、2500万人の農民がいなくなる。規模が違うんです。
膨大な農民=食べ物を生産する方々が、亡くなるとかではなくて都市に移るだけで、自然と食が消えていく。残されている農家の効率性を10倍とか100倍にしないといけないんですね。
それを考えた時に自動化、ATデータやIoTセンサー、宇宙衛星からの分析写真やビッグデータ、マシナリー...全ての最新技術が必要とされている業界は農業の他にないと思うんですよね、個人的には。
小田さんたちが取り組む新興国への栄養価の提供。その先には、地球の規模を超えた計画を夢見ている。
いずれかは(新興国も)電気代が非常に安くなってくると思うんです。本当に10年20年...何十年かかるかわからないんですが、電気代が安くなるとカロリーが大量生産できるようになるんです。
それは例えばLEDを使わないでレーザーを使うとか、レーザーを使わないでファイバー・オプティクスを使うとか、他の技術を使うことで電気代を非常に下げることが可能になるので、栄養だけでなくバランスのとれたカロリーも生産できるようになれば企業のバリューが高くなると思います。
最終的な目標だと、火星で野菜を生産するとか、月で野菜を生産するとか、です。
人間が地球上から月や火星に行く時、野菜とか食べ物を地球から打ち上げるのは、1キロ単位で何億円とかかるので、不可能ではないでしょうか。
そのため、植物工場や室内農業は本当に長期的に考えて、宇宙に関わり始めてくるので、凄くエキサイティングなスペースでもあります。