アジア最大といわれるゲイタウン東京・新宿二丁目に拠点をおくコミュニティーセンター「akta」。2003年に開設以来、待ち合わせ場所やトイレなど休息スペースを提供しているほか、HIVをはじめとする性感染症の啓発や予防活動を続けている。
毎週月曜日の夜にはHIVの検査キットを配る「HIVcheck」を実施しているが、12月23日をもって終了する。これまで厚生労働省の助成を受けた研究として続けられていたが、一区切りを迎えるからだ。
HIV検査の普及が課題となっている日本。草の根のHIV検査支援を続けて分かったことを、aktaに聞いた。
早期検査と早期治療
「一番いま日本国内でやらなきゃいけないのは、検査の普及です」
そう話すのはakta理事長の 岩橋恒太さん。
HIVは感染後、治療をしなければウィルスが体内で増殖し、免疫力が低下する。普段かからない病気にかかるようになり、代表的な23の合併症のいずれかを発症した状態をエイズと言う。ウィルスの増殖を抑え、他者への感染も防ぐためには早期の検査と治療開始が重要とされる。
「検査を早く受けて、治療を早く始めてほしい。それによってエイズ発症を抑えるというのが、今まさに直面している課題なんです」
aktaで行なっている「HIVcheck」は無料で、匿名で受けられるHIV検査。検査キットをaktaでもらい、中に入っている器具で少量の血液をろ紙に採り、検査機関へ郵送した後にネットで結果が確認できる。akta来訪時には不安などについてスタッフと相談もできる。
2018年2月から2019年11月までに約1800人がaktaで検査キットをもらい、その内8割が検査キットを返して結果を受け取った。保健所で検査を受ける人数と遜色ない数であり、手応えを感じたという。
検査アクセスを改善するには
HIVcheckのように血液サンプルを検査機関へ送る「郵送検査」は、スクリーニングという簡易的な手法を用いる。そのためスクリーニング陽性の場合は、より精密な確認検査によって本当にHIVに感染しているかを調べる必要がある。
日本では現在、郵送検査でスクリーニング結果が出たあとに受検者を医療機関へ繋げることは義務付けられていない。スクリーニングで陽性の可能性があると分かっても、その後の確認検査や治療につながってるいるかが把握されていないという問題点がある中で、aktaのHIVcheckは、スクリーニングの結果サイトから直接医療機関で検査の予約をすることができる。
岩橋さんによると、保健所が予算や人材の都合で検査の機会が縮小傾向にある。その時期に流行しているや感染症などによって保健所内のHIV検査の優先順位が下がり、定期的な検査が受けにくくなるという。郵送検査のような簡便な検査で多くの人がスクリーニングを受けて、中でも感染している可能性の高い人たちを限られたリソースである保健所など医療機関と繋げるのが今後求められる。
地域を中心としたHIV検査の普及は海外でも進んでいる。イギリスの学会では、街の中に検査ができる選択肢を準備しておくことが、早期検査・早期治療のポイントだと岩橋さんは教わった。ロンドンでは自動販売機でHIV検査キットを配布している場所もある。
「日本の場合は早期検査・早期治療の時に、あまりにも検査のキャパシティが限られている。ニーズのある郵送検査を後押しするようなアクションが、国の施策の中に含まれていないといった課題があります」
二丁目の変化
aktaはHIVcheckの他に、ボランティアが二丁目のゲイバーにコンドームを配達するアウトリーチ活動「デリバリーボーイズ」や、HIV陽性者の手記を朗読する「Living Together のど自慢」なども開いている。
こうした取り組みには当初、「バーには楽しみにきているのに、なんで病気の話を持ってくるんだ」という雰囲気もあった。
しかし近年、こうした姿勢に変化が起きているという。二丁目の中でも「HIVは大事なことで、何かやらなきゃいけない」という姿勢に変わってきていると岩橋さんはいう。
「それは10何年も続けてきた活動の成果だと思うのですが…新規店舗ができると、『どうしたらaktaにアウトリーチに来てもらえるの?』と相談されるようになっています」
「バーの人たちは、専門機関でなかなか対応しきれない相談を受けています。陽性だとわかった、というお話や、付き合ってる相手やセックスパートナーが、というお話。その人たちが(aktaに)来られればいいけど、そうではないので、店のマスターたちが『どういう風に伝えたらいい?』『どういうツールがある?』とこちらに相談していただいて、こうしたらいいよと伝えています。このような繋がりが格段に増えたと思います」
地域との繋がり
センター内には、HIVに関する情報が書かれたパンフレットなども多数置かれている。今年、新宿二丁目のお店やHIV検査の情報誌「ヤローページ」を3年ぶりに発行した。
過去の「ヤローページ」とは違い、今回は、イラストの人物を「女性」か「女装」かを決めつけないデザインにしたり、お店情報に外国語対応の度合いを表記したりするなど、近年多様化している二丁目を象徴するものになっている。
11月には「ヤローページ」発行と12月1日の世界エイズデーに合わせて、「ヤローページ」の看板やフラッグが新宿二丁目の道をジャックした。二丁目の中心にある交差点には大きな看板が貼られ、道にはフラッグが並んだ。
昼は会社や語学学校に通う人、夜はゲイライフを楽しみにくる人が集まる新宿二丁目。昼間に路上で「ヤローページ」を宣伝するのはaktaにとって初めての試みだったが、街おこしの文脈でやることで、商店会の協力を得られたという。
「ここに人がたくさん来てくれるのはとてもいいことなんだけれども、そのゲイカルチャーとの食い合わせが難しい。エロ中心になったり、ちょっとダークな感じだったり」
「ところが、健康のメッセージを出していく形のコラボレーションを試してみたいと私たちに言ってくれました。これはゲイカルチャーを盛り上げるだけのことではなくて、地域の中で健康のことを考えていくという大事なプロジェクトなんですよ、と」
ヤローページに載っている検査機関の情報は、都内で検査が受けられる場所の中でも、セクシュアリティに関する専門的な研修を受けたスタッフがいるところが選ばれている。自身のセクシュアリティを語ることにハードルを感じかねないゲイ・バイセクシャル男性に、安心してもらえるようだと岩橋さんは話す。
「健康という価値を実現するのはとても大事で、エイズの終焉を本気で目指している。けれどそれを一方的にやると、他の人たちから賛同を得られません」
「ネットワークを作りながら、時にはコミュニティを作っていくというのが、aktaだけではなく、エイズの終わりに取り組むNGOたちだと思っています」
監修:感染症科医 来住知美氏