エイズ(AIDS)が「死の病」と考えられた時代は終わった。医学の進歩により、発症を引き起こすウイルスを治療薬で抑え込めるようになった。ウイルスに感染していない人と同じくらい長生きでき、セックスや妊娠、出産も可能だ。
ところが社会では差別や偏見が根強く残り、人間関係や仕事上で苦しむ人が絶えない。札幌市では感染していることを就職先に告げなかった男性が内定を取り消され、裁判沙汰になった。
「社会やエイズを正しく理解し、検査や治療がしやすい状況を作らなければならない」──。日本エイズ学会理事長の松下修三・熊本大教授はそう訴える。
エイズは「Acquired Immune Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)」の略語。ヒト免疫不全ウイルス(HIV:Human Immunodeficiency Virus)に感染することで、体を様々な病原体から守っている免疫の力が低下、健康であればなんでもない感染症などにかかるようになる。こうした状態をエイズと呼ぶ。
HIVは、麻薬注射で注射針などを共用する人が血液経由でうつしたり、感染している母親が出産や授乳時に子どもに感染したりするケースがある。そして最も多いのが、セックスによる感染だ。
HIVは血液のほか、精液や膣分泌液にも多く含まれるため、感染者とセックスをするとペニスや膣の粘膜からHIVが入ることがある。特に腸管粘膜は傷つきやすく、アナルセックスをする男性間では感染のリスクが高いとされる。
一方で治療薬の開発が進み、適切に薬を服用すればHIVの増殖を抑え込むことができるようになった。
松下氏は10月23日、東京の日本記者クラブで記者会見し、エイズがもはや「死の病」ではなくなった現状を説明。次のように語った。
「(HIV感染者は)1日1回、小さな薬を飲むだけで生きられるようになった。そのためにも、早期の検査が非常に大事です」
コンドームなしでも感染しない?
治療薬の進歩は、感染者とパートナーたちに「安全なセックス」をもたらした。適切な治療を受けることで体液中のHIV量が測定できないほど微量(検出限界値未満)になった感染者は、たとえコンドームなしでセックスをしても感染のリスクはないということが研究でわかっている。
「U(Undetectable、検出不能)=U(Untransmittable、感染しない)」という考えが広まりつつあり、松下氏は「しっかり治療している人は、もはや感染源になっていない」と力説する。
ただ、松下氏は、ほかの性感染症からの予防のためにセックスの時はコンドームを着けたほうがいいと語った。
「妊娠の心配がない男性同士ではコンドームを使わないケースもあるが、コンドームは避妊目的ではなく、性感染症を防ぐためのもの。日本はもっとセーファーセックス(感染リスクを下げる配慮をしたセックス )の教育に力を入れるべきだ」
海外では予防薬も
治療だけでなく、予防薬も注目を集めている。PrEP(Pre-exposure prophylaxis、暴露前予防内服)と呼ばれ、セックスをする前から薬を飲み、HIV感染のリスクを減らすという新しい予防法だ。欧米では効果を上げているという。
日本ではまだ、予防薬として承認された薬剤はない。松下氏は次のように語り、将来的には承認される可能性があることを示唆した。
「日本はワールドスタンダードに立っていない。だが、厚労省はサポーティブ(協力的)だ」
「職場に感染言う必要ない」
一方、松下氏は、HIV感染を告げなかったことを理由に病院職員の内定を取り消された北海道の男性が起こした裁判についても触れた。
札幌地裁は判決で男性側の主張を認め、病院を運営する札幌市の社会福祉法人に慰謝料などの支払いを命じたが、松下氏も「HIVに感染していることを職場で言う必要はそもそもない。もし言いたい人がいれば、社会として言いやすい環境を作ることも大事だ」と話した。
その上で、国に医療機関などへの指導を徹底することを求めると同時に、社会としてもHIV感染者に対する差別や偏見をなくすことが大事だと指摘した。