年齢に関する先入観や偏見を意味する「年齢バイアス」。ジェンダーバイアスやルッキズムとも絡み合い、問題が複雑化している。
「もういい歳して、そんな格好をするなんて」
「若い女の子は、職場の華」
こうした偏見は枚挙にいとまがない。日本に生きる女性にとって年齢バイアスは身近な問題だ。本記事では元TBSアナウンサーでエッセイストの小島慶子さんとともに、女性の視点から年齢との向き合い方について考えてみる。
「女子アナ30歳定年説」働く女性が抱える、年齢による悩み
―さっそくですが、年齢に関する先入観や偏見を感じたことはありますか?
アナウンサーをやっていた頃ですが、「女子アナ30歳定年説」という言葉をよく耳にするようになりました。「〇〇アナはそろそろ新人に交代させられる」「年をとった女子アナが若い女子アナを妬んでいる」というような記事をよく見かけたんです。
アナウンサーって、真面目な人が多い。だから記事の内容を真に受けてしまうんですね。だいたい27歳くらいで、みんな悩んでしまう。「30歳を過ぎたら仕事がなくなっちゃうのかな」「私はもう駄目なんじゃないか」とか。中にはメンタルの調子を崩してしまう人もいて。それを見るのは、すごくつらかった。
「30歳の壁ってこれなんだ」出産、育児、キャリア……年齢とともに女性が向き合う、さまざまな課題
―小島さんご自身は、年齢について悩むことはありましたか?
私自身は9歳上の姉の影響もあって、年を重ねることに前向きでした。また当時私がやっていたテレビの政治談話番組やラジオの時事トーク番組は、20代ではなくなってもマイナスにならない仕事だった。それもあって、30歳をとくに壁とは思ってなかったですね。
ですが、いざ30代になると年齢による課題が自分ごとになってくる。30歳と33歳で出産して育休を取ったんですが、当時は育休明けにテレビ復帰する前例が少なかったんですよね。だから最初の育休は、すごくヒヤヒヤしました。だけど復帰してすぐに昼のニュース番組が決まって、ほっとしたんです。
でも、2人目を産んで復帰したときにほとんど仕事がなくて……。当時、私は産後うつや夫との関係など、いろいろな悩みを抱えていました。復帰直前に不安障害を発症したこともあって、メンタル的にも時間的にもフルで働けなかったんです。
そうしたら会社の配慮もあって、事務的な電話対応の仕事を中心にすることになりました。局内からアナウンス部にかかってくる仕事の電話を、出演業務が少ないのでアナウンス部にいる時間が長いアナウンサーが受けるんですね。
当時、電話口で「アナウンス部デイリーデスク小島です」と名乗るときに、向こうは「小島って、今仕事がなくて電話を取っているんだ。もう引退だな」と思っているんじゃないかと不安で。苦痛でした。
当然、知り合いのディレクターやプロデューサーから電話はくるけど、指名されるのは毎回ほかのアナウンサー。私の名前は一切挙がらない。そんな毎日を繰り返すと、メンタルがやられますよね。「このまま仕事がなくて異動かも」って、すごくしんどくなっちゃって……。20代では心配してなかったけど、「30歳の壁ってこれなんだ」と痛感しました。
今で言うマタハラのようなことを言われたりもして「30代はまだ若いのに、子どもを産んだだけでこんな目にあうのはおかしくない?」と。すごく不安でつらかったです。
でも気持ちを切り替えて「これでダメなら異動してもいいや!」と、最後のつもりでいろんな番組に自分を売り込んだんです。そしたら、ラジオの仕事が決まって。そこからは、テレビ番組も以前のペースに戻りました。けれど、やっぱりあのときはきつかったですね。
「ここは天国か」ありとあらゆる年齢や体型の人が、好きな格好をする
―小島さんはオーストラリアと日本の2拠点生活を送られていましたが、年齢観の違いなど感じましたか?
私の家族が暮らすパースという街では、ビーチが近いのでみんな「隙あらば海に入ってやろう」と思っています(笑)。プヨプヨのおばあちゃんも、臨月の妊婦さんも、ストーマ(人工肛門)をつけた人も、ありとあらゆる年齢や体型の人がビキニやカラフルな水着を着ている。それを二度見する人もいない。初めて見たときは「ここは天国か」と思いました。
テレビでも、日本よりも幅広い年齢の女性が出演しているのが印象的です。けれど、オーストラリアの放送業界は、もともと圧倒的な男性優位だったんです。そうしたジェンダー格差が問題視されて、公共放送のABCでは出演者のジェンダーバランスを男女等しくする「50:50プロジェクト」という取り組みを始めました。
その結果、18年には男性出演者が7割を占めていたのが、昨年3月には51%が女性出演者となり、50:50プロジェクトの目標が初めて達成されました。今後はジェンダーバランスに加えて、さらに人種の多様性なども増やしていくそうです。
ちなみに日本ではどうかというと、NHK放送文化研究所が昨年おこなった調査によると、日本のテレビ番組出演者のジェンダーバランスは、男性が6割強、女性が4割弱。年齢は、男性は40代が最多で、女性は20代が最多です。
つまり、日本のテレビに映っているのは大半が中年男性で、女性は男性よりも少ないうえに、ほとんどが若い人なんですね。男性は番組の主要なポジションで、女性は補助的な役割が多いですよね。これはテレビの中だけでなく、多くの職場でも同じかもしれません。
日本でもダイバーシティ・アンド・インクルージョンへの関心が高まるなか、多くの課題が明らかになってきました。ぜひ企業には、具体的な取り組みを加速させてほしいですね。期待しています。
「刷り込まれた価値観は、手放していい」ハッピーに歳を重ねるために大切なこと
―年齢バイアスとうまく向き合うには、なにが必要でしょう?
私もそうですが、社会の偏見や先入観を、人は知らず知らずのうちに学習してしまうもの。加齢をネガティブにとらえる風潮にさらされていると、つい「もういい歳なのに」とか「年甲斐もなく」と自分にダメ出しをしてしまうんです。いわば刷り込まれた“世間の声”です。まずはそれを自覚することが第一歩です。
それから「私は無意識のうちに、ほかの誰かにダメ出ししていないかな」と意識することも必要です。たとえば「この人は見た目が劣化したな」「女性がこんな歳で人前に出てくるなんて、みっともない」などと、思っていないか。無意識の偏見に気づいて、自分や周囲の人を年齢やジェンダーで縛らないように心がけたいですね。
もし、また「いい歳して」という声が頭の中で囁いたら、聞き流しちゃって下さい。「世の中は変わってきているから、ダメ出しを真に受けなくても大丈夫。手放してもいいんだ」と、自分に言ってあげましょう。それは、他人の目や社会の決めつけに振り回されず、自分自身が実感する年齢を大切にすることにもつながると思います。
―最後に、年齢と前向きに向き合うコツを教えてください。
若さや老いは他人にジャッジされて決まるものではなく、自分が肌身で実感するもの。つまり大事なのは「実感年齢」じゃないかな。実感とは、胸に自然に湧き上がる素直な感情のこと。何が好きか、何をしたいのかなどの気持ちは、世間的な建前や、他人からどう見えるかで決まるものではありません。自分が一番しっくりくる心身のありようを、その変化も含めて楽しめたらいいですよね。
私自身これから50代を生きていくうえで、まずは心地よくハッピーでありたいなと思うんです。ハッピーな人は周りの人に感謝するし、感謝して生きている人は楽しそうに見えるでしょう? そうすると、若い人たちが50代や60代も楽しそうだなと思ってくれる。年齢を重ねることに対して、前向きになれる。そんな輪が広がっていったら素敵だなと思います。