性の話はタブー、避妊法は選べない、中学生に「セックス」は教えない......。
日本の性教育のあり方に疑問を抱き、性の健康を考える機会を広める、NPO法人「ピルコン」理事長の染矢明日香さん(32)。性交後に飲む緊急避妊薬「アフターピル」の市販化などを求めるオンライン署名キャンペーンを始めた。「当事者が声をあげなければ日本は変わらない」という染矢さんに、その思いを聞いた。
これは、恥でもエロでもタブーでもなく、人生と社会の幸せの話、そしてもちろん「あなた」に関係する話だ。
誰がわたしに「性教育」をしてくれた?
――染矢さんは、ご自身の中絶経験が「ピルコン」設立のきっかけになったそうです。どんな経験でしたか。
私は、大学3年(20歳)のときに、妊娠・中絶を経験しました。どんな経験だったか一言で説明することは難しいのですが、もちろんできればしたくない選択でした。それまで私が避妊だと思っていた方法は、主にコンドームか膣外射精。いわゆる「安全日」には避妊しないこともありました。他に選択肢があるとも知らなかったし、こうした避妊をしていて妊娠するのは100万人に1人くらいのものかな、という感覚。まさか自分が妊娠するとは思ってもいませんでした。
ちょうど就職活動を始めようとする時期で、夢もこれからやりたいこともたくさんある、という中で、子供を産み育てていくということは考えられなかったんです。
――心身共に辛い経験だったと察するのですが、当時のパートナーはどのように受け止めてくれたのでしょうか?
パートナーは、手術に付き添ってくれたり、車で送り迎えをしてくれたりしたものの、手術当日の夜に性行為を求められて、愕然としました。「尊厳が踏みにじられた」という感覚です。このとき男の人の持つ暴力性というものを実感したという気がします。普段優しかった彼ですらそういう性質をもっていたわけです。
一時は男性不信にもなったという染矢さんだったが、中絶から1年後、大学の授業をきっかけに学生団体「避妊啓発団体ピルコン」を立ち上げ、勉強会や講演会などでその問題を少しずつ提示し、広めていく活動を始めた。その後、2013年にNPO化し、現在に至る。
――「ピルコン」では日本の「性教育」や「避妊」の問題についても取り組まれていますが、中絶経験がどのように繫がったのでしょうか?
自身の経験があって、はじめて日本の中絶や避妊についての問題を調べるようになりました。日本では十分な性教育がなされておらす、それが性暴力被害や中絶、多くの問題や悩みに繫がっていると気づいたんです。
私は、中絶にいたるまでに、学校や病院で必要な性教育を受けたり、避妊や中絶について正しい知識を教えてもらう機会がありませんでした。そんななか、自力で情報を集めるしかないわけですけど、じゃあメディアの情報はどれだけ信頼性が高いのかというと、疑問です。実際に事が起こって初めて問題と向き合うのではおそすぎませんか?
――今回のオンライン署名キャンペーンは、どのような思いで始められたのでしょうか?
2017年に、アフターピル(緊急避妊薬)の市販化について、厚労省で検討されました。パブリックコメントでは賛成320件、反対28件という圧倒的な世論があったにも関わらず、検討委員会は、「薬局で薬剤師が説明するのが困難」や、「安易な使用が広がる」などの懸念を理由に否決しました。
また、オンライン診察でアフターピルを処方している医療機関に対し、厚労省は不適切な可能性があるという見方をしていると知って、なぜ、女性のためを思って行動する医療者がバッシングされるのか、と悔しくて。この「ことなかれ主義」に対して、やはり当事者が声を上げないと変わっていかない、一石を投じたい、という思いでキャンペーンを立ち上げたんです。
――厚労省の懸念のように、「悪用されるのでは」といった否定的な意見もあると思います。早急の状況変化を求める理由はなんでしょうか?
アフターピルは、金額も高くまだまだ若い女性が気軽に買えるものではありません。悪用を懸念する以前に、こうしてる今も、「妊娠したかもしれない」と不安で押しつぶされそうになっていたり、困っていたりする女性たちがたくさんいる。その状況を早く改善すべきです。
現在、署名には約1万3000人が賛同。2万~3万人の署名を目指し、厚労省へ提出する予定だという。
私のように性について悲しい思いをする人が1人でも減って欲しいですし、社会に働きかけていくということにもチャレンジを続けたいと思っています。
「Think of hinin! 自分の体・ライフスタイルにあった避妊法を選ばせて!」(イベントレポート)
今回のキャンペーンに伴い、10月7日、「ピルコン」と、国際基督教大4年の福田和子さんによるプロジェクト「#なんでないの」がイベントを開催。日本と世界の避妊の現状について、医療者と当事者に声を聞き、これからの避妊のあり方について考えようと呼びかけた。参加者は8割が女性、2割が男性。満員の会場で、登壇者の話に真剣に耳を傾けた。
性は人権そのもの
◆産婦人科医、早乙女智子さん
最初の登壇者、産婦人科医の早乙女智子さんは、「日本の避妊法における現状と課題」をテーマに話した。
日本の避妊方法は、現在はピル、コンドーム、IUS(子宮内避妊システム)・IUD(子宮内避妊用具)しかない。そのなかでもコンドームの使用率は9割以上だが、※資料参照 避妊成功率は8割。
早乙女医師によると、中絶ケースの半分はコンドーム使用の失敗が原因だという。コンドームの避妊失敗率は年間2~15%、きちんと使用しても10年で20%の人が妊娠する。
早乙女先生は「ゴムを着ければ安心という幻想が日本には蔓延している」と指摘。コンドームは、一部の性感染症は防げるが、避妊具としては最低だとばっさり切り捨てた。
海外でファーストチョイスとされる避妊法は、インプラントとIUSとされており、続いて注射法、パッチ法、避妊リングがあげられる。しかし、IUSを除いて日本にはそれら選択肢がない。IUSも避妊目的では保険対象外となる。「避妊と中絶が実費であるということがおかしい。日本は望まない妊娠をした女性が奈落の底に落ちるシステムなんです」と、早乙女先生。
日本では中絶に対して、感情論で語られることも多く、当事者たちは精神的にも追い詰められることが多い。それも全く必要のないことだと早乙女先生は意見する。
「今、世界60カ国では、妊娠7週までの中絶が可能な『中絶ピル』が使用されています(日本では治験中)。家で中絶ができる時代なんです。自分の身体に起こることを自分で決めて何がいけないのでしょうか?」
「性は、人権そのもの。そして性の権利は一番最初に侵害されやすい。日本の中で可視化されないまま、みんながなんとなくあたり前と思っているこの現状を変えていければ」としめくくった。
IUS(子宮内避妊システム)ってどんなもの?
イベント中盤では、染矢さんがファシリテーターとなり、まだ数少ないIUS(子宮内避妊システム)使用者である40代の女性2人を迎え、実際に使用するに至った経緯や、体験談を聞いた。
2人に共通していたのは、避妊効果の他に、月経困難症などの悩みや、出血の煩わしさから解消された、使ってよかった、という肯定的な意見。
その内の一人は、「IUSはまだまだエクストリームな方法だと受け取られてしまうと感じています。日本ではタンポンや月経カップのように膣に何かを挿入することすら敬遠されます。ましてIUSは子宮に入れるもの。実際に性器を見たり触ったりすることが少ないがゆえのタブー視かもしれません。もっと性の知識が広まれば、一般的になるのではないでしょうか」と語った。
日本の避妊はないない尽くし 若者たちを性の悩みから救いたい
◆「#なんでないの」代表、福田和子さん
最後に登壇したのは、若者が性の健康を自ら守れる社会になってほしいとプロジェクト「#なんでないの」を立ち上げた福田和子さん(23)。2016年から1年間スウェーデンのリンネ大学で性に関わる政策や社会状況を学んだ。スウェーデンをはじめ、海外の性教育や避妊、中絶の現状と日本の状況を比較し、紹介した。
福田さんが留学先でまず驚いたのは避妊法の多様さだった。日本にはないものばかり。薬局にはアフターピルが並び、1000円~2000円で手に入る。ないないずくしの日本の状況に危機感を抱いた。
現在、日本の中絶数は年間約17万件。全体の件数は減少しているが15歳以下の中絶数は横ばいだ。メディアでは性の情報があふれ、「セックス」という言葉を知る時期は中学生以下が9割という調査結果がありながら、中学校ではセックスについて教えないとしている。現行の学習指導要領と現実に大きな乖離が起きていることも指摘した。
また、今年7月、川田龍平参議院議員が「若者のセックスを真剣に考えることに関する質問主意書」を提出。そこにはこれまで「#なんでないの」も訴えてきた日本の性教育のあり方の改善や、多様な避妊手段を安価で実現してほしいという要望が盛り込まれた。
政府側からは「保健衛生上の観点等から、慎重な検討を要する」などといった答弁があったが、「避妊具は保健衛生上の問題?」と、納得のいくものではなかった。
「#なんでないの」のホームページには、「統合失調症による過食症で肥満になってしまったため、ピルを使用できず、自分を守る避妊法が少なくて不安」「病院にピルをもらいに行ったところ、経験回数や人数など処方に関係のない質問をされて帰った」といった、性の苦しみや悩みに直面している当事者から多くのコメントが寄せられているという。
福田さんは目に涙を浮かべて、「日本は、避妊も中絶も妊娠も子育ても、女性にずしんと負担がかかってしまう社会。性のことをタブー視していてはなにも変わらない。黙って静かに泣いて終わる社会は終わっていい」と語った。
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今年のノーベル平和賞を受賞したのは、性暴力と闘い続けてきた2人――、コンゴのムクウェゲ医師と、イラクの人権活動家ナディア・ムラド氏だった。
性暴力をはじめとするさまざまな性の問題は、紛争地域だけではなく、世界中が抱えている大きな問題であるということが今、改めて注目されることとなった。
ノーベル平和賞受賞後の記者会見で、ムラド氏が語った「一つの賞や一人の人間では、その目的を達することはできない」という言葉は、まさにキャンペーンを立ち上げた染矢さんの思いにも重なった。
「性」の問題は他人事ではない。今、世界に目を向けて変えていく必要があるだろう。
(取材・文:秦レンナ 編集:泉谷由梨子)