児童養護施設で生活する若者の多くは、18歳で施設を出る。実家などの拠り所のない彼らを待っているのは、経済的にも精神的にも自立して生きていかなければならないという過酷な現実だ。
なかには悩みを相談できるような居場所を見つけられず、孤立を深めてしまう若者もおり、施設を出たあとの若者の生活に寄り添う「アフターケア」の充実が課題となっている。
下がりつつある進学へのハードル
兵庫県の児童養護施設出身の杉山理沙さん(21歳)は、パティシエになるために製菓の専門学校への進学を望んでいたが、授業料の高さから断念せざるを得なかった。結局、学費が比較的安く、奨学金制度も整っていた保育士の専門学校に進学した。
これまで児童養護施設出身者をめぐっては、杉山さんのように、経済的なハードルから進学を諦める若者が課題となっていた。
しかし、2020年度から始まる高等教育の修学支援新制度によって状況は大きく変わる。
児童養護施設出身者は、たとえば私立大学に進学する場合、入学金が最大26万円、年間の授業料が最大約70万円減免され、生活費として使用できる給付型奨学金は最大月額75,800円支給される。受給の要件についても、父母の所得・資産ではなく、本人の所得・資産のみで判定される。
進学時の一時金が24万円、月額最大4万円が支給される現行の奨学金と比べて、支援は大分厚くなった。
「新しい制度によって、進学したい人が挑戦できるような準備はされてきているなと感じます」と杉山さんは話す。
このように進学への経済的な支援が整い始めた一方、引き続き課題となっているのは施設を出た若者の生きづらさや孤独へのサポートだ。
施設出身の若者たちはどのような問題に直面するのか。
児童養護施設と里親出身の若者と、神奈川県でアフターケア事業を行う「社会福祉法人白十字会林間学校あすなろサポートステーション」に話を聞いた。
「施設から捨てられたように感じた」退所後の孤独感
生後4ヶ月から18歳まで児童養護施設で育った山本昌子さん(26歳)は、施設を出てから感じた孤独感を「あの頃は、本当に“死”に近かったと思う」と振り返る。
「高校を卒業して施設を出たとき、“捨てられた”ように感じました。家族のように思っていたのに、あっさりと“追い出された”感じ。いままで施設が大好きだった分、大嫌いになってしまった。園との連絡を断ち切りました」
そんな山本さんを救ったのはアルバイト先の先輩たちだったという。
「私は幸い、新しい関係を築いて、そこを拠り所に頑張ることができた。でもそういう子ばかりではないのが現実だと思うんです」と山本さんは話す。
就職や就労でも「弱者」になりがち
いざとなった時に頼れる保護者がいない施設出身者は、就職や就労においても困難を抱えがちだという。
就職先を探すときは、やりたいことや適性よりも、給料の高さや寮の有無などが優先事項となる場合が多い。結果的に、仕事が続かなかったり、精神的に追い詰められてしまう原因になってしまうこともある。同時に受験できる企業が一社の縛りがある高卒の場合、特にこの傾向が強いという。
また、パワハラや過重労働など劣悪な労働環境から抜け出しづらい傾向もある。
山本さんは、施設出身の親しい友人の例を挙げる。
彼女は職場でセクハラを受けていたが「辞めたら生活できないから我慢するしかない」と無理をして仕事を続けていたという。
山本さんは彼女の境遇を自分自身と重ねながら、「友人にはもちろん転職を勧めましたが、苦しい環境にずっと身を置き続けなければならない事情は理解できました」と話す。
退職後、条件の良い仕事がすぐに見つかるとは限らない。「失敗したときの保証がない」というプレッシャーから、なかなか思い切った決断はしにくい。
「私たちには後ろ盾が全くない。だから『抜け出すべき』なんて無責任なことはそう簡単には言えないんです。理不尽なことも、受け入れるしかないのかなって感じてしまった彼女の気持ちはよく分かる」
友人は最終的に、山本さんが紹介した支援団体のサポートを受けて転職することができた。しかし「支援団体と出会わなければ、辞める決断はできなかったのではないか」と山本さんは振り返る。
実の親が若者を追い詰めることも…
「家庭のトラブルに巻き込まれて、親からお金を搾取される子もいます。こうしたトラブルを避けるように孤立していってしまう子も見てきました」
小学生の約1年間を福島県の児童養護施設で過ごし、現在は施設出身者をテーマにした制作活動を行う映画監督の西坂来人さん(33歳)はそう語る。
家庭に問題を抱える若者が多い施設出身者。家庭とのトラブルから守ってくれていた「防波堤」としての施設の存在がなくなることで、親との関係で悩んだり、トラブルに巻き込まれたりする若者も少なくはない。
両親の病気が理由で3歳から里親家庭で育った横田智男さん(35歳)も、実の母親とのトラブルを抱えた1人だ。
「小学校のときから、里親の家の付近や中学校に生みの母親が突然来ることがたまにありました。実の親だから、やっぱり嬉しい気持ちはあるんですね…。
大学の時にも急に母親が現れました。それがきっかけで定期的に会うようになったのですが、だんだんと僕を経済的に頼りにしていることに気付いた。そういうのは難しいと態度で伝えたら『お前なんて産まなきゃよかった』と言われました」
母親との関係に距離を置けたのは里親家庭という居場所があったからだと、横田さんは振り返る。
「僕の場合は里親としっかりした関係ができていたので、生みの親に『嫌だ』とはっきり伝えられました。でもそうでなかったら、おかしいとは思いながらも母親の要望を断ることができなかったかもしれません」
また、虐待を受けた経験を持つ若者のなかには、精神的なトラウマが原因で、安定的した就労が難しく、生活が立ち行かなくなるケースも見られる。
「『もう働けない』と生活保護に繋がればいいんですけど、路上生活者になってしまう人もいます。僕の先輩のなかにも、そうやって路上で亡くなってしまった人がいました」と西坂さんは話す。
実際に、2010年に発表された若者ホームレス(※)についての調査では、聞き取り調査を行った12%(50人中6人)が児童養護施設出身者だったという報告も上がっている。
※「ホームレス」の定義:調査を行なったビックイシュー基金は、ホームレス状態を「屋根はあっても家がない状態及び、屋根がない状態」と定義しており、野宿状態の人だけではなくネットカフェやカプセルホテル、友人宅などに寝泊まりする人もホームレスに含めている。
「支援の標準化」が今後の課題
若者へのインタビューから見えてきたのは、彼らが困ったときや孤独を感じたときに気軽に頼ることのできる居場所の必要性だ。
従来その役割は、児童福祉法において「退所した児童に対する相談や、自立のための援助を行うこと」として児童養護施設に任されている。
しかし、在籍する子どものことで手一杯で、卒業後のケアに十分なリソースを割けない施設も多く、サポートの質に差が生じている。また卒業生側も、職員が入れ替わると里帰りしにくいと感じたり、そもそも施設との関係性が良好でなかったりする場合もある。
そこで、困ったときに相談できる「施設以外の選択肢」として最近増えてきているのが、アフターケア事業や就労支援事業を行う支援団体だ。
しかしこちらも、数や支援の充実度にまだ地域差がある。また、支援団体はあっても、地元の児童養護施設や若者に十分に認知されておらず、利用に繋がっていないことも多い。
「あすなろサポートステーション」の福本啓介所長は、「今後の課題は“支援の標準化”」だと指摘する。支援団体、行政、施設が横のつながりを強化し、互いに情報共有をすることで、アフターケアを包括的に行っていくことが求められるという。
福本さんは「失敗は許されないと追い詰められてしまった施設出身者が相談にやってくることもあります。いざとなったら頼れる場所があるという安心感が大切」と話し、助けを求められる場所は必ずあることを知ってほしいと訴えた。