【シリーズ:象牙とアフリカゾウ】岐路にたつ日本の象牙取引

日本にある象牙はどこから来たか?

日本でも古くから知られてきた象牙。奈良時代(8世紀)中期に建立された正倉院宝庫に奉納されている象牙をあしらった美術品をはじめ、その利用の歴史は1200年以上におよびます。しかし、20世紀に入ると象牙を狙ったアフリカゾウの狩猟が激化。ゾウの受難の歴史が始まり、今も終息の糸口は見えていません。象牙の国内市場を有する国々は今、どのような状況にあるのか。そしてどのような対策が求められているのか。シリーズ第4回目は、象牙の合法市場を有する国の一つである、日本のこれまでを振り返り、現在の課題についてトラフィックの最新の調査結果を踏まえて解説します。

日本にある象牙はどこから来たか?

1989年、「ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)」で国際取引が禁止された象牙。

以降、基本的に日本への象牙の輸入は行なわれてきませんでした。

ですが今も、日本は多くの象牙の在庫を保有する国です。この象牙はどこから来たものなのでしょうか。

大きく2つの由来があげられます。

1)1989年以前に日本に輸入された象牙

2)1999年と2008年に限定的に輸入された象牙

1)1989年以前に日本に輸入された象牙

1989年以前、ワシントン条約の規制前まで、日本は世界屈指の象牙の大量輸入・消費国でした。

その大きな需要の向こう側で起きていたのは、1970年~80年代に東アフリカで激化した、大規模なアフリカゾウの密猟です。

この時、日本に輸入されていた象牙が、全形牙(1本の形状を残す牙の状態の象牙)から、お箸、アクセサリーのような加工品まで、さまざまな形状で今も国内に存在しています。

これらは、個人が家庭で所有しているものから、業者が販売しているものまでを含みます。

しかし、現在全体でどれくらいの在庫があるのかは、正確に把握されていません。

それでも、日本は1989年以前に、年間300トン以上、1951年からの累積では6,000トン以上の未加工象牙を輸入していた経緯を考慮すると、これが今も大きな在庫として国内に残っていると考えられています。

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2)1999年と2008年に「限定的」に輸入された象牙

これらの他に、1989年以降、日本がまとまった量の象牙を限定的に2回、合法的に輸入したことがありました。

ワシントン条約での合意のもと、アフリカゾウの密猟が少なく、その生息状況が安定していた南部アフリカ4カ国(ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、南アフリカ共和国)から、過去に2回、象牙の輸入が行なわれたのです。

これは「One-off sale(ワンオフ・セール)」といわれ、1999年に約50トン、2008年に約40トン、この2回にわたり実施されました。

この時、取引された象牙は、南部アフリカ4カ国政府が管理する、密猟による象牙ではない、自然死したアフリカゾウの牙などに限ったものでした。

しかし、この取引は、異なる事情を抱えるアフリカ諸国の苦悩の末に決定した特別な取引でした。

というのも、当時、アフリカゾウの個体数が密猟により激減していた東アフリカ諸国は、象牙の取引を一切禁止すべきと主張。

一方で、ゾウがむしろ増加傾向にあった南部アフリカ諸国は、人とゾウの衝突や農業への被害、また保護活動や象牙の在庫管理費用の負担が問題になっていること、さらに自国の産品として、象牙を輸出する権利があることを訴え続けていたためです。

そこでこの時に行なわれた「ワンオフ・セール」では、

・輸入国は、国内の取引管理体制が整備されていること、輸入した象牙を他の国に再輸出しないこと

・輸出国は、取引で得た資金をアフリカゾウの保全活動と地域社会への貢献に利用すること

といったさまざまな条件が付けられ、ワシントン条約事務局による事前の審査を経て、実現する形になりました。

もちろん、日本国内に存在する象牙の由来については、(1)・(2)以外に「違法に輸入された象牙」が入り込む可能性もあります。

違法に持ち込まれた象牙については、摘発された事例しか情報が無いため、いつ、どれくらいの象牙が違法に輸入されたのか、確かなことは分かりません。

こうした背景を抱えながら、象牙を国内に多数保有し、現在でも管理しながら利用・取引を行なっているのが日本という国です。

密猟をめぐる情勢の変化

ワシントン条約での取引禁止を筆頭に、さまざまな対策が取られた1990年代、アフリカゾウの密猟は一時的に落ち着きをみせました(図1)。

しかし、2000年以降は、アジア諸国の経済発展と、アフリカ諸国に入り込む資本や人の流れに伴い、再び密猟が激化。

現在も、年間約2万頭以上といわれるアフリカゾウが、密猟の犠牲になっていると言われています。

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また、使われる銃器や、輸送手段が以前よりも発達。

ゾウの密猟と象牙の違法取引は、より大規模に行なわれるようになり、国際的な組織犯罪による関与も指摘されています。

こうした状況の中、国内で象牙の取引を認めてきた各国政府の中には、国内市場の扱いを大きく見直そうとする国々が近年増えています。

タイやアメリカは、すでに象牙の国内取引を原則禁止にするために、自国の法律を改正。

さらに世界最大の市場を有する中国も、2017年の年末までに国内の象牙製造・取引を停止することを宣言しています。

その他にも、イギリスやシンガポールなども象牙の国内取引禁止を見据えた法規制の見直しをはじめています。

これらの国々の政策は、アフリカゾウの危機と、その脅威となっている国際犯罪に対して、国として断固対処する決意を示すものです。

特に、密猟された象牙が、直接その国の国内に多く密輸されている例が明らかな場合は、政府は国際的な責任において、徹底的にそれを阻止しなければなりません。

欧米諸国はもとより、これまで長く象牙を利用してきた文化を持つアジア諸国の中にも、そうした強い意志を示す国々が、この数年増えてきたことは、アフリカゾウと象牙をめぐる問題の歴史に、新しいページを加える出来事といえるでしょう。

日本の象牙取引の今

同じく、象牙が合法的に取引できる国内市場を持つ日本は、どのような状況にあるのでしょうか。

日本をはじめ、ワシントン条約に加盟した国々には、条約が定めた国際取引の規制を着実に履行するために、必要な国内措置をとる責務が課されています。

そのための新しい法律や制度を整えることも、その一つです。

ワシントン条約という国際法に対応した日本の国内法としては、水際管理に関わる外為法(外国為替及び外国貿易法)や関税法、そして、1992年に制定された「種の保存法:絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」があります。

種の保存法では、ワシントン条約の附属書I掲載種を「国際希少野生動植物種」として指定し、国内取引を原則禁止しています。

したがって、附属書Ⅰに掲載されているアフリカゾウも、この「国際希少野生動植物種」に指定されており、本来ならば象牙も国内取引が禁止される対象にあたります。

しかし、象牙については古くから利用され、国内に加工産業と市場が存在してきたため、政府は取引停止の対象から除外。

例外的に、その加工品や製品の国内での販売・流通を認めてきました。

このため、国際取引が禁止され、輸入が禁じられた後も、特別な措置が取られ、種の保存法で規定された「管理体制」のもと、国内での製造や取引が認められています。

日本で現在も行なわれている、ハンコやアクセサリーのような象牙・象牙製品の製造・販売、購入は、この法律に基づいた管理体制のもと行なわれることになったのです。

象牙の国内流通の「管理体制」は、大きく分けて3つに分けられます。

●製品の材料となり得る全形牙の登録制度

●材料や製品を扱う事業者の届出制度

●個々の製品の合法性を示す認証制度(任意)

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しかし、これらの諸制度は、それぞれに課題を抱えています。

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近年の新たな課題

1)インターネット取引における法整備の遅れ

そうした中、これまでも指摘されてきた「違法に日本に持ち込まれた象牙が区別できない」という課題も近年、新たな展開を見せています。

利用が急激に拡大している、インターネットを使った取引です。

個人や事業者を含めた、膨大な数のユーザーが利用する通販やオークションを含めた、このインターネット取引では、象牙製品が取り扱われる例が増えています。

早期からその影響を懸念してきたトラフィックでは、2014年および2017年に調査を実施。

2017年8月に発表した報告書では、事業形態が明らかではない取引が多数確認され、由来の不明な象牙のアクセサリーなどが、個人により活発に取引されていることを明らかにしました。

実際、CtoC(個人間商取引)サイトでは、個人の出品物に、海外旅行などで手に入れ、日本へ違法に持ち帰った象牙も確認されており、それらは、密猟された象牙で作られたアクセサリーなどが紛れ込んでいる可能性もあります。

何より深刻な点は、匿名性が高く、取り締まりの難しい、新しいインターネットでの象牙取引問題に、法整備が追い付いていない、ということです。

このため、WWFジャパンとトラフィックでは、インターネットによる象牙取引については、早急に停止措置を検討するべきと考え、業界に対し、指摘と提案を行なってきました。

こうした働きかけの結果もあり、2017年7月に楽天株式会社が、11月に株式会社メルカリが、それぞれのeコマースサイトで象牙取引の禁止を導入しています。

2)「日本から」の違法輸出

近年はさらに、日本から違法に輸出された象牙が海外で押収される事例が増加しています。

実際に、2011年から2016年の間に押収され、ワシントン条約事務局に報告された、日本から海外へ違法輸出された象牙の総量は2.42トン。

組織的な密輸ネットワークの関わりも明らかになっているほか、日本のeコマースサイトが、大量の象牙の購入に利用された事実も示されています。

顕著な押収例

●2015年10月:中国、北京森林公安支局が押収した象牙804.4kg-輸出元が日本、密輸ネットワークの摘発で16人が逮捕

●2016年8月:中国、河北省税関が押収した象牙製品101.4kg(1639個)-輸出元が日本、日本のeコマースサイトで象牙を購入

トラフィックではさらに、2017年夏、骨董品などを扱った古物市場をはじめとした実店舗などでの象牙取引状況を調査。骨董市や観光地において、象牙製品の外国人への販売が横行している実態も浮かび上がりました。(報告書は2017年12月発表予定)

これらの最新の調査結果にもとづき、トラフィックでは関係省庁に早急かつ抜本的な対策を働きかけています。

日本が「違法な輸出国」になることの問題

たとえ、この「違法輸出」される象牙が、1989年以前から日本にあった象牙で、最近殺されたゾウの象牙ではなかったとしても、それは重大な問題です。

なぜなら、こうした象牙取引によって、海外の需要を刺激して市場や違法取引を活性化・拡大化し、さらなる密猟を呼ぶ一因になるおそれがあるためです。

何より、輸入はもちろん、輸出であっても、国境を越えた象牙の持ち出しは、ワシントン条約違反であり、明らかな「違法」行為です。

これらを税関などの水際で取り締まることはもちろん、違法な象牙の流入・流出を防止するため、国内市場を厳格に規制する措置をとることは、ワシントン条約の締約国として、国際社会の一員として、当然のことと言わねばなりません。

そして、厳格な管理が困難な場合は、象牙の国内取引の停止を決断することも、当然必要な対応となるでしょう。

WWFジャパンとトラフィックは、これまでにも環境省、経済産業省および、国内の象牙取引にかかわる事業者に対し、調査結果に基づいた情報の提供と、取引管理の厳格化、またインターネットを介した取引については、その停止を求めてきました。

他の象牙の国内市場を持つ国々が、より踏み込んだ対策に向け舵を切る中、現在も変わらず象牙の国内取引を続ける日本。

新たな課題も明らかになった今、日本はこれから、どれくらい厳しい対策を講じて、密猟や違法取引といった世界の「野生生物犯罪」と戦うため、各国と連携していくのか。

その姿勢が問われています。

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