今や、国民の2人に1人がかかるとされるがん(*1)。でも、あなたが、ある日いきなり告知を受けたら……。「生活は? 仕事は?」きっとそんなことが頭をよぎるだろう。
がん患者の約3割は就労世代(15~65歳)で発症する(*2)といわれる今、治療と仕事を両立させるために企業はどうすべきか。
がん治療を理由に会社を辞めさせないという強い決意を持ち、「がんや病気にかかっても安心して自分らしく働ける」を支援しているアフラックのがん経験社員と産業医、人事担当が話し合った。
■27歳でのがん告知。「ハンディを背負う? 仕事はどうなる?」募る不安
―― がんが発覚したきっかけや、治療の経緯を教えてください。
阿萬(以下敬称略):2017年8月に健康診断で再検査になり「がんの可能性がある」と言われました。それで、細胞診検査を受けたのですが、結果が出るまでの1カ月はつらかったし、長かったですね。
「まだ27歳なのにどんなハンディを背負うことになるのか、仕事はどうなるのか」と不安でいっぱいでした。
島田:私は2011年に健康診断で「あなたの胸は乳腺腫瘍が多く、がんになりやすい」と言われて、毎年必ず検査を受けていました。
2014年、医師に「怪しいものが一つ増えている」と言われ 「ああ、とうとう来てしまった」と。やはり悪性で、2カ月後に左乳房を部分切除しました。
■通院治療で減る有給休暇。「細かく休める」制度づくりを
―― 職場復帰の際、苦労はありましたか。
阿萬:手術の約1カ月後、2018年の年始に復帰しました。金室先生から有給休暇(以下、有給)を延ばすことや時短勤務といった働き方も可能と言われたのですが、とにかく早く復帰したくて。
通院治療はなかったものの、手術の影響で首を回しづらく、車の運転もできず……。さらに大きな声も出せなくて、想像していたよりも営業活動に支障がありました。
島田:放射線治療による倦怠感、ホルモン治療に伴う更年期症状など、いろいろ副作用がありました。
特に困ったのが、治療と休暇の取得単位のミスマッチです。当時は1時間単位で有給を取得できる制度がなく、退院後も数時間の通院のために、有給が丸1日潰れてしまいました。
金室:以前、治療中の若手社員から「有給を使い切るのが怖くて、夏休みを取れなかった」と聞き、ハッとしました。家族旅行のような大切な時間すら、がんによって奪われてしまうのは理不尽です。
佐柳:そんな社員の声を受けて、2018年、がん治療に特化した「リボンズ休暇」を設けました。
この休暇は取得日数に上限がなく、1時間単位でも取得できます。最初の10日は有給、その後は無給ですが、「有給を使い切ったら、会社を辞めざるを得ないのでは、という不安が解消された」という感想が上がっています。
同時に、ストック傷病休暇(積立年休)も1時間単位で取得できるようになり、通院による治療との両立がしやすくなりました。働き方改革の中でも治療実態に合わせて「細かく休める」仕組みを整えることが、特に重要だと思うんです。
■「1人じゃない」コミュニティが安心感をもたらす
―― がん経験者の社内コミュニティ「All Ribbons(オールリボンズ)」も立ち上げられたそうですね。
佐柳:会社の中でどのように両立したかは、同じ会社の仲間だからこそ理解しあえること。だからこそがんの経験者が社内でつながれたらいいのに、という社員の声を受けて、2017年12月にコミュニティを設立しました。現在は20~50代の24人が活動しています。
メンバーたちは、互いに交流するだけでなく、社内で体験を話したり、社員の相談に応じたりしてくれています。各メンバーの経験談も、社内のイントラネットで公開しています。先ほどお話した「リボンズ休暇」も、All Ribbonsのメンバーの声をもとにしてつくられたものです。
アフラックでは、こうした仕組みを「アフラックのがん・傷病 就労支援プログラム」として2018年4月、社員に対して公開しました。このプログラムは、「相談」「両立」「予防」という3つの領域で構成されています。
――メンバーとして活動されている阿萬さん、島田さんは、「All Ribbons」の活動をどう感じていますか。
阿萬:会社の中に、自分の居場所がもう一つ増えた感覚です。仲間が増え、新しい世界が広がりました。また私自身、治療中に他の人の経験談を読んで励まされたので、私も経験を話すことで、少しでも誰かを支える力になれたら嬉しいと思って活動に参加しています。
島田:私は当初、がんに対するマイナスイメージが強く、仕事で必要な人以外に言うつもりはありませんでした。
All Ribbonsは同僚に勧められて参加しましたが、最初は周囲にがんだと知られることが、とても怖かったです。でも活動する中で、誰かの役に立つなら、どんどん体験を伝えたいと思えるようになりました。
金室:以前は、がんになった社員から何度も「社内にがん患者なんて、他にいるんですか?」と聞かれました。
今、All Ribbonsというロールモデルがいるので「私は1人じゃない」と実感してもらえます。一連の活動のおかげか、最近はスムーズに復帰できる人が多い印象です。
■「がん=退職」の時代は終わり。退職を早まらず相談を
―― 治療と仕事の両立について、今後の課題はありますか。
金室:医師として日本企業のがん就労支援を見ると、まだまだ不十分だと感じます。柔軟に一時間単位の休暇を取れない職場も多いですし、治療と仕事の両立を可能にする職場環境をつくりだす取り組みも限定的です。
「がん=退職」という根強いイメージも、就労の継続を妨げています。厚生労働省の調査によると、離職した患者の3割は、がんと診断された段階で辞めていました(*3)。「がんになっても働ける」ということを、企業や医療関係者が、もっと社会にアピールしていくことも大事です。
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1990年代半ばにがんを発症した人では53.2%だった5年相対生存率は、2000年代半ばの発症者では62.1%に延び、乳がんでは9割を超える(*4)。企業にとって、がん就労支援のメリットは、社員に働き続けてもらえることだけではない。
「『もし将来がんになっても働き続けられる』という安心感によって、健康な社員たちも、より実力を発揮できるようになる」とアフラック古出社長は語る。社員のため、そして企業のため、柔軟な休暇制度や患者のコミュニティづくりなどが求められている。
(取材・執筆:有馬知子 撮影:原光平 編集:磯村かおり)