〈ビジャイ・チョカリンガムが彼のサイトにアップしているイメージ図=本人提供。実際は「インド系アメリカ人」として受験して不合格になったわけではない〉
就職や就学で不利な立場に置かれる黒人ら少数派を優遇する「アファーマティブ・アクション」。公平な社会の実現を目指してきたその政策が「逆差別だ」として、違憲性を問う裁判がアメリカで起きている。「公平中立」をめぐる取材で世界の現場を訪ねた記者は、インド系アメリカ人による一風変わった「異議申し立て」に行きあたった。
このインド系米国人のビジャイ・チョカリンガム(38)は17年前、アフリカ系だとウソをついて医学部を受験し合格した。最近、その過去を告白した彼は「僕の学力は入学水準に達していなかった」と主張し、この政策はむしろ人種差別を助長していると批判するのだ。米ロサンゼルスで話を聞いた。(GLOBE編集部・田玉恵美)
――なぜウソを告白したんですか。
カリフォルニア州議会がアファーマティブ・アクションを復活させようとしているという記事を読んだのがきっかけ。もし僕の母校のUCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)がこの少数派優遇策をとっていたら、僕は入学できなかったかもしれない。だから行動を起こそうと思った。
〈インタビューに答えるビジャイ。米ロサンゼルスで、田玉恵美撮影〉
――自分が入学できなかったかもしれない、とは?
アファーマティブ・アクションは、すべての少数派を優遇するわけではない。ここがポイント。アフリカ系とヒスパニックは優遇されているけれど、アジア系は違う。これはアジア系アメリカ人に対する差別だと思う。
1990年代に僕が出願したとき、米国の医学部ではアフリカ系とヒスパニックだけ増やそうとしていた。上位校ではすでにアジア系が過剰だという認識だったからだ。このため、アフリカ系とヒスパニックの入学は容易になっていた。統計をみると、アジア系は、黒人やヒスパニック、もっといえば、白人よりも難しい状況に置かれていた。アジア系は不利だということを知って驚いたよ。
――米国社会において、ヒスパニックとアフリカ系が、他の人種よりも多くの困難を抱えていることの裏返しなのではないですか。
そう言われているよね。数字の上では、ヒスパニックとアフリカ系がより多くの差別を受けていることは明白だと。でも僕は、すべてのアフリカ系とヒスパニックが特別な助けを必要としているとみなしているアファーマティブ・アクションは究極の差別だと思う。
――どういうことですか?
わかりやすい事例として、僕の話をしよう。97年当時、シカゴ大学で経済を勉強していた僕はチャラチャラした学生で、パーティアニマルだった。成績も良くはない。1歳年上のインド系米国人の親友は僕より成績良かったけれど、医学部に入れなかった。だから自分もダメだろうと思ったんだ。
それで、過去の合格者の実績をみると、医学部は入試でアジア系を差別していることがわかった。アジア系が合格できる確率は公的な統計によると18%。アフリカ系なら76%だった。
僕は出願書の人種を問う欄でアフリカ系のところにチェックを入れた。入学のチャンスが劇的に増すからね。頭を剃ってインド人特有のまつげを短く切った。たまたまミドルネームがJOJO(アフリカ系の名前)だったのでそれをファーストネームにし、アフリカ系として出願したんだ。
22の大学に出願し、11の学校で面接を受けた。それで、難関のセントルイス大学医学部に入ることができたんだ。大学の成績を示すGPAは3・1。セントルイス大に入る学生の平均は3・7だったんだよ!僕は平均よりかなり低かったんだよ。
――念願の医学部に入ったのになぜカミングアウトを?
結局、その後、僕はドロップアウトしてしまった。最近亡くなった連邦最高裁のスカリア判事が、アファーマティブ・アクションの恩恵に預かった者は「失敗する運命にある」と発言して話題になったけれど、僕はそのリビング・プルーフ(生き証人)だ。勉強はてんでだめだった。
ただ、その後、僕はインド系だと正直に申し出てUCLAのビジネススクールに入った。UCLAはアファーマティブ・アクション政策をとらないから。でもいま、州議会で(州立大学で)これを復活させようという動きがある。僕が自分の話を公にしようと思ったのは、母校でのアファーマティブ・アクション復活を止めるためだ。
――社会はいかなるえこひいき政策も取るべきではないという考えなんですか。
人種に基づく特別措置、つまり、アフリカ系だというだけで特別な措置を受けるべきだという考え方にはくみしない。一方で、貧困家庭には特別措置を受けさせるべきだと思う。ひとり親家庭や、難民も同様だ。
アファーマティブ・アクションが恵まれない人たちの利益になっているという神話が広がっているけれど、僕は、究極の人種差別だと思う。すべてのアフリカ系とヒスパニックが恵まれない人たちだと決めてかかっている。
僕自身のことをいえば、母親は医者で、マサチューセッツ州西部で最も裕福な街で育ち、高級車を乗り回していた。アフリカ系であると偽って医学部に出願したときに、僕はこうした事実をすべて開示した。にもかかわらず、大学は喜んで僕を優遇政策の枠内の志願者と認めた。当時のガールフレンドは白人の中流階級の女の子で、「なんで裕福なあなたがアファーマティブ・アクション枠なの?」とけげんな顔をしていたよ。
――インド系だと真実を言ってセントルイス大学に出願していたら、落ちていたんでしょうか。
僕の入試については、「人種は関係ない」というのが大学の公的見解だ。でも、考えてみてよ。僕はGPAのスコアが3・1で、セントルイス大合格者の平均は3・7だった。さらに大学は少数派を増やすためのアファーマティブ・アクションを採用している。
人種差別というのは決して明白な形で存在しているわけではない。いまの制度は、アフリカ系の人々の能力に対する偏見を助長していると思う。
――大統領選でもアファーマティブ・アクションは話題ですね。
最高裁でも判事の間で意見が割れることがある。共和党は反対、民主党は賛成という対立軸もある。共和党の大統領候補指名を狙うトランプが、オバマ大統領がハーバード大学のロースクールに入った経緯について疑義を呈したこともあった。
トランプを人種差別主義者だと非難することはできても、ウソつきだとは言えない。もしかしたら一理あるかもしれない。
この話は、日本の人たちにも関係がある。アジア系の子どもたちが、この政策によってネガティブな影響を受けるかもしれない。あなたの夢や希望に関係する問題なんですよ。
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「偏ってる」ってどういうこと?真の公平中立って可能なの?記者が長年抱いてきた疑問の答えを探し、世界を歩いて考えた朝日新聞GLOBEの特集「偏ってる私が見た偏らない世界」はこちらで読めます。