二つの文化都市国際会議から東京2020を考える ―アジア都市文化フォーラム(ACCF)と世界都市文化サミット(WCCS)

2020年夏、9回目の世界都市文化サミット(WCCS)を東京で開催できないものだろうか。

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムをご紹介します。

今回は、ニッセイ基礎研究所 研究理事でありアーツカウンシル東京カウンシルボード委員の吉本光宏氏に執筆いただきました。

(以下、2018年10月16日アーツカウンシル東京「コラム&インタビュー」より転載)

◎ACCF2018:大都市における文化的クラスターの形成に向けて

9月5日から7日まで、ソウルで「アジア都市文化フォーラム(Asia Cities Culture Forum, ACCF)」が開催された。主催はソウル市、企画・運営はソウル芸術文化財団。昨年に続いて2度目の開催で、今年のテーマは「文化のクラスター化に向けて;何が吸引力となるか?(Clustering the Culture; What would be the magnet?)」であった。アジアからは筆者を含め、成都、ソウル、台北、東京、バンコク、香港の6都市から16名、ゲストスピーカーとしてロンドンから1名が参加した。

決して規模の大きな国際会議ではないが、3日間のプログラムは、アジアの大都市における文化政策のあり方や役割について共通の課題を設定し、今後の方向性を見出そうというソウル市及びソウル芸術文化財団の姿勢と意欲が感じ取れるものだった。

メインイベントの公開セミナーは、工場や倉庫として使われていた巨大な建物をアートスペースとカフェレストランに改修したバイサン(BAESAN)で開催された。若い世代を中心に200人近い聴衆が集まり、このテーマへの関心の高さが伺えた。会場の立地するソンスドン(Seongsu-dong)地区はかつて手作りの靴工場やセメント工場が集積していたエリアで、使われなくなった建物を改修してカフェやギャラリーが次々とオープンしている話題のスポットだ。最近では、社会課題に取り組む新たな企業が拠点を構えるようになり、ソーシャル・ベンチャー・ヴァレーと呼ばれている。

ACCF 2018の公開セミナーの様子(写真提供:ソウル芸術文化財団)
ACCF 2018の公開セミナーの様子(写真提供:ソウル芸術文化財団)

会議のテーマに合わせて設定されたその他の視察先も興味深いところが多かった。例えばソウル西部に位置するホンデ(Hongdae-ap)地区は、韓国随一の美術大学、弘益大学校の学生や卒業生を中心に80年代以降、ソウルのサブカルチャーの発信拠点となった地域だ。近年ではジェントリフィケーション ※1 の影響で街全体が大きく変貌しつつあり、ライブハウスやスタジオなど文化的スペースの保存・活用に民間団体が取り組んでいる。

西大門(敦義門)周辺は、朝鮮王朝の王宮「景福宮」に隣接することから長らく開発が抑制されてきた。最近、大規模なマンション開発が認可され、ソウル市は開発と保存のバランスを図る観点から、隣接地区をトニムン(敦義門・Donuimun)博物館村として整備を進めている。同地区に残る多様なスタイルの古い住居を保存・改修し、博物館や工房として利用するほか、敦義門展示館やソウル都市建築センターなどを開設して広く一般に公開している。

もうひとつ印象に残ったのが、オイルタンク文化公園である。2002年の日韓ワールドカップのスタジアムに程近いこの公園は、元々は1973年の第一次オイルショック以降、76~78年にソウル市が非常時に備えて建設した石油備蓄基地であった。ワールドカップ開催時に危険性があると判断され、石油を他施設に移した後、閉鎖されていた。しかし、再活用に向けて2013年に市民からアイディアを公募することとなり、複合文化施設としての再生が決まった。文化公園としてオープンしたのは2017年である。

5つのオイルタンクはイベントホールや展示会場に生まれ変っている。解体したタンクの鉄板を再利用してタンクと同様の形状をしたコミュニティセンターも新設された。広大な屋外スペースと合わせ、巨大なタンク空間を活かした多彩な文化イベントやフェスティバルに利用されている。

そう言えば、昨年のACCF2017で訪問したソウル・ストリートアート創造センターも、漢江の取水施設を産業遺構として保存しながら、アートスペースに転用したものだった。天井の高い巨大な空間はサーカス・アートに最適で、屋外広場と合わせてソウルのストリートアートの拠点的施設となっている。産業遺構を文化空間として再生したこの2つの施設は、東京にはないタイプの文化拠点であり、築地市場の再利用の検討などでも、ぜひ参考にすべき事例だろう。

オイルタンク文化公園T4(筆者撮影)
オイルタンク文化公園T4(筆者撮影)
ソウル・ストリートアート創造センター(筆者撮影)
ソウル・ストリートアート創造センター(筆者撮影)

東京に限らず世界の大都市では大型の都市開発でジェントリフィケーションが進み、アーティストの創造拠点や文化的空間を維持することが困難になりつつある。今回のアジア都市文化フォーラム(ACCF)はその課題に正面から取り組むもので、学ぶところが多かった。

◎WCCS/WCCF:ロンドン2012大会の文化的レガシー

実は、ACCFはロンドン2012大会の文化的レガシーである「世界都市文化サミット(World Cities Culture Summit, WCCS)」が契機となって昨年スタートしたものである。WCCSは、現在、世界各国の40都市が加盟する国際的なネットワーク組織「世界都市文化フォーラム(World Cities Culture Forum, WCCF)」 ※2 によって会員都市の持ち回りで開催されている。

第1回のWCCSが、当時のロンドン市長ボリス・ジョンソンの呼びかけで開かれたのは2012年、ロンドン五輪開会式の3日後、7月30日から8月1日のことであった。大都市におけるこれから文化の役割を問い直そう、というのがその趣旨で、12の世界都市の文化特性を比較した「World Cities Culture Report 2012」の発表を兼ねて開催された。このレポートは、2008年にニューヨーク、パリ、上海、東京の4都市と比較しながら、ロンドンの文化のあるべき姿をまとめ、国際的にも話題になった「London: A Cultural Audit」の成果を引き継ぎ、発展させたものである。

レポートの作成にはイスタンブール、サンパウロ、上海、東京、ニューヨーク、パリ、ロンドンなど12都市が参加。各都市の文化状況が様々なデータによって比較・分析され、サミット開催後、東京都によって日本語訳も行われた ※3。12都市のうち、サミットに出席したのはイスタンブール、ロンドン、ムンバイ、ニューヨーク、パリ、上海、シドニー、東京の8都市で、東京はWCCS/WCCFの創設メンバーとなっている。

レポートのプレス発表には、ロンドン五輪の取材に訪れていた世界各国のメディアが招待され、NHKのネットニュースにも取り上げられた。記者からの質問が、2020年夏季オリンピックの立候補都市となっていたイスタンブールと東京に集中したことが印象に残っている。

会期中には、ロンドン五輪の代表的な文化プログラムのガイドツアーが行われ、ディナーやランチは英国を代表する文化施設や芸術団体のディレクターらとの交流の場として設定されていた。会議終了後、参加都市の間でWCCSの継続について意見交換が行われ、イスタンブールが翌年開催に関心を示して、現在まで継続されることに繋がった。

WCCS2012 ロンドン市庁舎最上階「Living Room」でのレセプション・ランチ(筆者撮影)
WCCS2012 ロンドン市庁舎最上階「Living Room」でのレセプション・ランチ(筆者撮影)

つまり、ロンドン2012大会の会期中に開催されたWCCSは、世界の大都市に文化プログラムを披露し、英国との国際文化交流の可能性を模索すること、そして、大都市における文化政策のあるべき姿を、国際的視野に立って参加都市が協働で検討するプラットフォームを作ること、その2つを目指して実施されたのである。

2013年のイスタンブールの後、アムステルダム、ロンドン ※4、モスクワと続き、2017年にアジアでは初めてソウルで開催された。その際、欧米の価値観に偏りがちなWCCSと並行して、アジアならではの文化都市のネットワークを構築しよう、と果敢な取組としてソウル市が開催したのが、昨年のACCFであった。

◎情報交換とネットワークづくりから実践へ

WCCSは当初、参加都市の文化政策や新たな文化事業などを紹介し、意見交換を行うスタイルの国際会議だった。しかし、モスクワで開催された頃から、世界の大都市に共通する文化的な課題について議論し、その解決策を協働で模索するようになってきた。例えば、昨年ソウルで開催されたWCCSでは、文化のための拠点づくり、文化と気候変動、という2つのテーマが設定され、ワークショップ形式で議論が重ねられた。

前者は、都市再開発やジェントリフィケーションによってアーティストの創造拠点を確保することが困難になりつつあるという世界の大都市に共通する課題に基づいたもの。後者は地球的課題の気候変動に対して、文化からどのようなアプローチが可能かを探る、というものだ。気候変動はモスクワでも取り上げられた。この2つのテーマに関して政策と実践シリーズというハンドブックも作成、配布された。それぞれの課題に対する政策の考え方やヒント、会員都市の実践例がまとめられたものである。

また、昨年のソウルサミットでは、「WCCF Leadership Exchange Programme」という会員都市間の共同事業が立ち上げられた。自都市の課題解決の方策を見出すため、別の会員都市に一定期間滞在して、リサーチ等を行う「One-way Leadership Exchange」と、2つ以上の都市が共通の課題に対して相互訪問を通して解決策を探る「Two-way Leadership Exchange」の2種類が用意されている。会員都市がプロポーザルを提出し、採択されれば旅費などの経費がWCCFから支給される仕組みだ。その財源は、ニューヨークのブルームバーグ元市長が立ち上げたブルームバーグ・フィランソロピーとグーグル・アーツ&カルチャーが提供している。

つまり、WCCS/WCCFは情報交換とネットワークづくりの場から、世界の大都市に共通する課題解決に向けた実践的活動にシフトしつつある。2012年にロンドン大会の文化プログラムとしてスタートした国際会議は、まさしく文化的レガシーとして40都市が参加・協働する国際的なプラットフォームを形成するまでになった。今年11月にサンフランシスコで開催されるWCCSでは「Leadership Exchange Programme」の成果が報告されるはずだ。

東京2020大会まで2年を切った。東京都の文化プログラムTokyo Tokyo FESTIVALも、先日シンボル事業となる企画公募の審査が終わり、13の事業が選定された。文化プログラムのレガシーについては様々な検討が行われているが、残念ながら未だ明確な道筋が描けているとは言えない。ロンドン2012大会でスタートしたWCCS/WCCFが6年間で大きく成長したことを考えれば、一過性の文化イベントに終始することなく、知的交流をベースにした文化プログラムも検討に値する。

国際都市文化フォーラム(WCCF)の会員都市には東京での開催に期待を寄せる声が少なくない。一昨年のモスクワでの開催からは、各都市の副市長など、行政のトップレベルの参加も増えている。Tokyo Tokyo FESTIVALをはじめとした東京2020大会の文化プログラムを世界の文化都市の代表者にアピールし、東京の文化的プレゼンスを高めるためにも、2020年夏、9回目の世界都市文化サミット(WCCS)を東京で開催できないものだろうか。

※1:開発から取り残された地域で都市再開発が行われることで、富裕層が移り住んだり、新たなビジネスや商業の場が生まれて地域が活性化する一方で、地価高騰などにより、旧住民の域外への転居、従来の地域コミュニティの崩壊などが進むこと。

※4:当初リオデジャネイロで開催される予定だったが、経済情勢の悪化によりキャンセルとなってロンドンで2度目の開催となった。

吉本光宏(よしもと みつひろ)

ニッセイ基礎研究所 研究理事 / アーツカウンシル東京カウンシルボード委員

1958年徳島県生まれ。東京オペラシティや世田谷パブリックシアター、いわきアリオス、国立新美術館などの文化施設開発、東京国際フォーラムや電通新社屋のアート計画のコンサルタントとして活躍する他、文化政策、文化施設の運営・評価、創造都市、オリンピック文化プログラム、アウトリーチ等の調査研究に取り組む。現在、文化審議会委員、東京2020組織委員会文化・教育委員、東京芸術文化評議会評議員、(公社)企業メセナ協議会理事、(公財)国際文化会館評議員、文化経済学会〈日本〉理事等。主な著作に「2020年。全国で文化の祭典を(ニッセイ基礎研レポート)」「文化からの復興-市民と震災といわきアリオスと(編著、水曜社)」など。

(2018年10月16日アーツカウンシル東京「コラム&インタビュー」より転載)

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