中絶禁止は米大統領選挙を左右する?リプロダクティブライツを巡るアメリカの闘い

国による中絶の権利保護が失われた今、アメリカではリプロダクティブライツを取り戻すための闘いが続いている
ロー対ウェイドを覆した米連邦最高裁前で抗議するプロチョイス(中絶の権利擁護派)の人々=2024年6月24日
ロー対ウェイドを覆した米連邦最高裁前で抗議するプロチョイス(中絶の権利擁護派)
の人々=2024年6月24日
AASHISH KIPHAYET via Getty Images

子どもを産む産まないを決めるのは女性自身なのか。それとも政府が介入することなのか――。

アメリカでは、2022年に連邦最高裁が中絶の権利を保障してきたロー対ウェイド判決を覆したことで、複数の州で中絶が全面禁止もしくは厳しく制限されるようになった。

中絶手術を受けられなかった女性の死亡も報告されており、大統領選挙では民主党候補のハリス氏と共和党候補トランプ氏が、中絶の権利を巡り真っ向から対立している。

この中絶禁止の動きと切っても切り離せないのが、中絶に反対する宗教右派の影響だ。

宗教右派とフェミニズム」の著者であり、立命館大学国際関係学部教授でモンタナ州立大学名誉准教授の山口智美氏に、宗教が中絶などのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)にどう影響を与えてきたのか聞いた。

立命館大学国際関係学部教授の山口智美氏
立命館大学国際関係学部教授の山口智美氏

――連邦最高裁がロー対ウェイドを覆す動きに、宗教右派はどう関係してきたのでしょうか

ロー対ウェイドのおかげで、女性たちはそれまで違法だった中絶手術をより安全に受けやすくなりました。社会やリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(以下リプロ)に大きなインパクトを与えた判決だったと思います。

一方、中絶に反対するキリスト教系右派にとっては、ロー対ウェイド判決をいかに覆すかが重要な課題になってきました。

中絶に強硬に反対しているのは、キリスト教の中でも、カトリックの一部の人たち、そして福音派の原理主義的な考えを持つ人たちです。

こういった福音派原理主義者は共和党を支持し、特にレーガン時代以降は政治的影響力を持って中絶禁止の働きかけを強めてきました。

その中で重要な舞台になってきたのが大統領選挙です。大統領には最高裁の判事を選ぶ権限があるため、選挙の度に中絶が争点になってきました。

その中絶反対派悲願が実現し、ロー対ウェイドが覆されたのが2022年の最高裁判断だったわけです。それを可能にしたのが、大統領任期中に3人の保守派判事を指名した、トランプ氏でした。 

トランプ氏は、ロー対ウェイドを覆すことができたのは自分のおかげだと発言してきた
トランプ氏は、ロー対ウェイドを覆すことができたのは自分のおかげだと発言してきた
Win McNamee via Getty Images

 ――ロー対ウェイドが覆されて以降初となる2024年大統領選挙に、中絶はどのような影響を与えるでしょうか?

今回の大統領選挙では、7つのスイング州(激戦州)の勝敗が結果を左右すると言われています。そのスイング州でも特に重要になるのが、投票先を決めていないスイング層です。

MAGA(熱狂的なトランプ支持者)や中絶反対派は、何もせずともトランプ氏に投票するでしょう。逆にリベラル派や中絶の権利擁護にこだわる人は、投票先をハリス氏に決めていると思います。

重要なのは、投票先を決めかねている無所属や、中間層、穏健派の共和党支持者らスイング層をどう取り込むか、あるいは投票に行かない人たちをどうやって投票に行かせるかです。

こういった中間層や穏健派にとって、全面的な中絶禁止は過激だと受け止められ、有権者離れを招く危機感があります。

特に女性有権者、その中でも若い世代になればなるほど、中絶は自分に直接関係する問題なので重要視すると思います。

また、若い世代は中学校や高校時代にMeTooなどの社会運動を経験し、ジェンダーに関わらず「中絶の権利はあって当然」と考える人が増えてきます。

ハリス氏は自身も女性ですし、選挙で中絶の権利擁護を強く打ち出すことで、こういった層にアピールしています。

一方、ロー対ウェイドを覆す道を作ったトランプ氏もスイング層を手放したくはないので、「中絶は州が決める問題だ」と発言するなど、強硬に反対する姿勢を見せないようにしています。

トランプ氏自身は、個人的にはそれほど中絶反対に強い思い入れがあるわけではないと思います。過去には「プロチョイス」だと発言したこともあります。

とはいえ、トランプ氏は重要な支持層である宗教右派を無視はできず、「妊娠中絶の権利を守るべきだ」などとは間違っても言えません。

中絶は、宗教右派が支援するトランプ氏と、リプロ擁護を打ち出すハリス氏のスタンスが大きくわかれる問題です。

――ハリス氏が勝ったとしても、最高裁判事が今のままでは、中絶をめぐる状況は変わらないのではないでしょうか?

現在の最高裁は、6-3と保守派の判事が圧倒的多数を占めているため、司法で中絶の権利を復活させるのは難しい状況です。

しかし、闘いの場は大統領選挙だけではありません。今回、大統領選挙と同じ日に、10州で中絶の権利をめぐる住民投票が行われます。

中絶の権利を保障する案が可決されれば、連邦レベルで奪われた中絶の権利が州憲法で保障されることになります。

トランプ氏に投票する人たちの中にも中絶の権利は賛成という人もおり、大統領選でハリス氏が負けても、住民投票は可決されるということも考えられます。

リプロの観点から言えば、アメリカ大統領選挙の結果だけではなく、この住民投票も非常に注目すべき動きです。 

◇◇◇

宗教右派と政治家がつながり、国レベルで中絶の権利が失われたアメリカ。日本でも類似の動きはあるのだろうか。

インタビュー後半では、日本のリプロダクティブライツと宗教右派の関わりを聞いた。

注目記事