・はじめに
今年も珍菌の季節がやってまいりました.と,本来であれば6月あたりにご報告するところですが,今年は諸事情ありまして9月開催の珍菌賞です.9月といえば秋,秋といえばキノコ.マツタケやマイタケに舌鼓を打つ季節となりましたが,そこは毎度おなじみ珍菌賞.スーパーで見かけるような,いわゆる"普通"のキノコはまず登場しません.奇妙奇天烈な珍菌たちの祭典を今年もご堪能ください.
第四回日本珍菌賞
賞設立の経緯と第一回の選考結果についてはこちら,それ以降の選考結果についてはこちら(第二回,第三回)をご覧ください.珍菌賞の選考においては,これまでと同様,珍奇な"形態","生態","宿主"や"発見の経緯"等を有する珍菌をツイッターで募り,その"珍奇性に対する反応"に基づき珍菌日本一を決しました.この"珍奇性に対する反応"は珍菌ツイートに対する以下の数字に基づいて評価しました.
RT (retweet) 数:ツイートが情報拡散された回数.
Fav (favorite) 数:ツイートがお気に入りされた回数.
遊び心あふれる企画とはいえ学術的な土台はしっかり据えておきたいので,選考対象とする菌は過去に学術論文や学会などで発表されたものに限定しました.このようなルールのもと,2016年の8月~9月にかけて珍菌賞の選考を行いました.
選考期間中は約50件の珍菌関連ツイートをいただき,最終的に25種の珍菌賞候補がエントリーされました.去年とはまた違う顔ぶれとなり,まだまだネタに尽きない珍菌たちの多様性を思い知らされました.
ここでエントリーされた全ての珍菌賞候補を紹介するのも大変ですので,以下では受賞菌を含めた上位5種のみの紹介にとどめたいと思います(他の珍菌賞候補や選考過程についてはこちらを参照ください).
第4位"熊楠が発見したレア粘菌" アオウツボホコリ
11RT 30Fav
かの偉大な博物学者,南方熊楠が発見した珍しい変形菌(粘菌).その青みがかった何とも言えない美しい色合いと繊細なつくりが魅力.熊楠が取り組んだ神社合祀反対運動とも縁の深い菌だとか.
第4位"コウジだけど麹じゃない"稲こうじ病菌
18RT 23Fav
イネの病原菌."こうじ"病菌と名付けられてはいるが,味噌などをつくるコウジカビとは縁遠く,冬虫夏草のメタリジウムというカビに近縁.イネの根から感染し,表皮を伝って開花前の花に入り込んで病気を起こす.病粒は甘いらしいが,動物に対する毒性があるそうなので,くれぐれも試さないように.
第3位"首を伸ばして胞子を飛ばす"クビナガクチキムシタケ
27RT 50Fav
朽木に潜るヤマトクチキカという虫の幼虫に寄生する冬虫夏草.キノコのつくり方がユニークで,寄生した幼虫の水管という器官を伝って菌糸を伸ばし,朽木の外にキノコを形成する.
第2位"幻の冬虫夏草"コブガタアリタケ
36RT 53Fav
主にムネアカオオアリというアリに寄生する冬虫夏草.アリの首の後ろに付いているコブが本菌のキノコ.寄生されたアリは枝に噛み付き,体を固定したまま絶命しているという.第一回日本珍菌賞でも第4位に入賞した菌.
第1位"菌界のハリセンボン"シャクトリムシハリセンボン
56RT 95Fav
シャクトリムシに寄生する冬虫夏草.この菌の感染により絶命したシャクトリムシの遺体は固くなり,体中から細い針のようなキノコが伸び出る.その怪しげな見た目に一瞬ぎょっとするが,よく見るとそれぞれの針の上に茶色い粒(胞子をつくる部分)が形成されている繊細なつくりで,大変美しいキノコ.
選考開始と共にRT・Favが一気に伸び,そのまま他の追随を許さず逃げ切って勝利をつかんだ.毎年上位に食い込むがトップは取れなかった冬虫夏草が,ついに珍菌日本一に輝いた.まだ正式な学名は与えられておらず,分類学的な扱いについて今後さらなる研究が望まれる.
・おわりに
今年の珍菌賞はいかがだったでしょうか?今回は開始早々,冬虫夏草勢が一気に票を伸ばす展開となり,そのまま上位を席巻する結果となりました.これまで健闘はするものの一位を逃してきた冬虫夏草が勢力を拡大した珍菌賞でした.
写真を見てお分かりいただけますように,冬虫夏草の仲間には見た目がグロいものが多いです.しかし,虫に感染し,キノコをつくって胞子を飛ばすその生存戦略は緻密かつ大胆で,非常に面白い菌群なのです.虫に寄生する菌はとてもレアな存在のように感じますが,実は冬虫夏草は世界で約500種,日本からも400種ほどが報告されており,その多彩な姿形や生き様で人々を魅了しているのです.
今回の珍菌賞を通して,これまであまり知られていなかった菌類の面白さや,これらの目に見えない微生物が我々の生きる世界を支えているということに,少しでも目を向けていただければ望外の幸せです.