子どもはみんな芸術家、なのに大人は...? 年間90万人が訪れる元・中学校「アーツ千代田 3331」の仕掛け人

アートを通して浮かび上がる、現代を生きる人々の「居場所」の作りかた
3331 Arts Chiyoda / Kaori Sasagawa

2010年のオープン当初は約31万人だった年間来場者数が、現在約90万人まで増加している東京・千代田にあるアートセンター「アーツ千代田 3331」。

来場者数が2万人を突破した「3331 ART FAIR 2019」など話題の企画を打ち立てるほか、「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」や、人気漫画家の「小畑健展 NEVER COMPLETE」の開催地となるなど、子どもからお年寄り、観光客や通りすがりの人まで多種多様な人が集う。

ここはもともと、区立の旧練成中学校の校舎で、地域の人々の創造力と文化力を高める芸術活動の拠点にしている場所だ。

施設の企画・運営を担うのは、アーティストで東京藝術大学教授の中村政人さん率いる「合同会社コマンドA」。中村さんは、2020年に開催される「東京ビエンナーレ2020」の総合ディレクターも務めている。

「アート」と「街」を結びつける活動を通じて、中村さんは何を目指すのか。現代を生きる人々の「居場所」の作りかたが、アートを通して浮かび上がる――。

「アーツ千代田 3331」の仕掛け人。アーティストで東京藝術大学教授の中村政人さん
アーツ千代田 3331」の仕掛け人。アーティストで東京藝術大学教授の中村政人さん
Kaori Sasagawa

――「アーツ千代田 3331」は、子どももお年寄りも、外国人観光客も、現代アーティストも共存している空間ですね。アートを起点にして多様性を受け入れる“街の居場所”としての印象を受けます。

街に開かれたアートセンターを創る構想は、1997年に、新しい芸術表現を追求するアーティスト集団「コマンドN」(「コマンドA」の母体となる団体で現在も多くのアートプロジェクトを企画制作している)を立ち上げた時からありました。その頃すでに、都市を舞台にしたアートプロジェクト「東京ビエンナーレ」を企画していたのです。

1970年に開催された「第10回 日本国際美術展 東京ビエンナーレ ’70」の印象が強烈に残っていたので、ゆくゆくは「アート」と「コミュニティ」と「産業」が融合する新しい都市の文化を、街の住民と創りあげる現代のビエンナーレを開催したいと思っていました。

「アーツ千代田 3331」も、そのコマンドNの社会実験的なアート活動や構想をもとにアーティスト主導で自律的運営をするアートセンターを立ち上げました。

――「アート」、「コミュニティ」、そして「産業」の融合が必要だと思ったのはなぜですか?

きっかけは、アートが一部の限られたファンだけのものになっている現状に対する憤りです。

ギャラリーで作品を発表すると、週300〜400人くらいのコアなファンが来場してくれます。美術館になるとその人数が一桁増える程度。それほど狭い世界でいくらアート活動を頑張っても、人々が生活している街との距離は縮まりません。

私たちがアートで街にメッセージを伝えるためには、アートを体験する人や楽しむ人の分母を増やして、裾野を広げることからやらなければいけないと思いました。

その実験として、「コマンドN」で秋葉原のテレビ約1000台をジャックして映像作品を発表した展覧会をやったこともありました。そのために、30人ほどのスタッフがボランティアで毎日フル稼働しましたけれど(笑)。

――テレビ約1000台! それは秋葉原でなければできない試みですね。

世界に誇る素晴らしい商品が並んでいる秋葉原は、日本のプロダクトラインの第一線で、圧倒的な都市のエネルギーがあります。

アニメやサブカルだけでなく、時代的に古い製品もたくさん保有していますし、高い技術を持った職人さんも問屋も多い。ものづくりにかけてきた人々のエネルギーが宿っているという意味でも、秋葉原の魅力に勝る場所はありませんからね。

Kaori Sasagawa

――中村さんは他にも、秋田県大館市の「ゼロダテ」、東京・神田の「KANDADA」など、街を拠点にしたプロジェクトを手がけていますね。街に対する思い入れが人一倍強いようにも感じます。

作品をアウトプットするのも街ですが、インプットも街からもらっています。

アーティストに限らずものを創り出す人はみんなそうですが、街で何かを見たり、誰かと話したり、食事をしたり、街で生活する中で、自分のアイディンティティを育んでいくわけですから。そのインプットしたものを街にお返ししたい。当然、そこには経済活動も含まれます。

また、公立の美術館は予算が削られ、作品コレクションや独自企画の事業費がかなり厳しい状況です。

アートの楽しさや自分たちで文化を創っていく教育普及の活動までなかなか手が回っていません。美術館の制度では、その地域のアーティストの表現活動が拡充していくような流れを生み出しにくい状況です。

つまり、私たちが街で暮らして創り出したアートを街に還元したくても既存の文化施設や文化政策では、アーティストを受けとめる場やしくみがなかなかないのです。

その状況が改善されるのを待っているだけでは何も変わらない。それならば、地域の人々と一緒に、自分たちの文化を自分たちの場所で創り上げていったほうが早いのです。 

地域の住民たちとともに朝顔を育てる「明後日朝顔プロジェクト」
地域の住民たちとともに朝顔を育てる「明後日朝顔プロジェクト」
3331 Arts Chiyoda提供

――「アーツ千代田 3331」は、まさにその思いを形にした一番大きな取り組みですね。

子どもはみんな芸術家ですが、戦後の学校教育の影響で、アートがいつのまにか他人事になっていきます。アートを創るのも楽しむのも、一部の限られた人の特権になっている感じで、敷居が高いものだと思われてしまっている。

そのように、「絵に描いた餅」になっているアートを、日常の中に取り入れると、本当の「食べられる餅」になります。僕がやりたいのは、食べられる餅をみんなで作って、みんなに食べてもらうことですね。

「アーツ千代田 3331」の取り組みは、その段階に近づきつつあると感じています。上手くいったポイントは、開かれた場所で、どんな人に対しても開かれた活動をしている、ということです。

ここでやってきたことが10になり、100になり、点でつながって面として展開できれば、他の地域でも同じようなことができるはずです。

「東京ビエンナーレ2020」もその延長線上に位置づけていて、現在、一緒に取り組んでくれる仲間や企業を増やすために、一生懸命、啓蒙活動を進めているところです。

Kaori Sasagawa

――文化庁や自治体の地域振興予算で行われているアートフェスもありますが、「東京ビエンナーレ2020」の活動費は自分たちで集めているんですね。

行政主導でアートフェスを進めようとすると、行政が認めること以上のことはできません。必然的に、行政が管理しやすいものになりがちで、補助金目当てで口を開けて待っている状態にもなりかねない。

私たちがやっている取り組みとは、ベクトルがまったく逆なのです。トップダウンではなくボトムアップで、市民の声で創り上げていくことに意味がありますから。

アートは本来、人間が本能的に自由に生み出すものであり、自由に楽しむものです。それが政治的、教育的な縛りの中で限られてしまったら本末転倒になってしまう。とても悲しく残念なことです。

国民全体が豊かになるためには、また経済的にもビジネスチャンスを生み出すためには、美術を含めた創造的な活動や発想がいかに社会に必要かを考え直すべき時期がきていると思います。

その一例として、東京大学は今年5月、「東京大学芸術創造連携研究機構」を立ち上げました。東大生対象に「芸術」を核として多様な「知」とつながるための教育・研究体制です。

ドローイングをはじめとする実技も含め芸術活動に本格的に取り組みはじめたのです。芸術の考え方が、社会におけるさまざまな領域に影響を与えることに、ようやく気づき始めてきたことの現れかと思います。

――子どもを対象にした「夏の3331 こども芸術学校2019」を開催しています。すぐに満席になるプログラムも多く、今年は完売したそうですね。

これは、学校では多くの時間を割けない美術教育の流れに寄り添うような形ではじめたもので、今年で5年目になります。

おかげさまで、年々、盛り上がってきていますね。それはやはり、美大出身のスタッフとプロのアーティストがプログラムを作っているからだと思います。

現代美術家の日比野克彦さんや気鋭のアーティストの他、漫画編集者や和菓子職人に学べる講座もあります。感性豊かな子ども時代に、プロの経験値を活かしたリアルなアート体験ができるのは大きいですよね。 

Dr.栗原のにこにこ油絵教室
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3331 Arts Chiyoda提供
日比野克彦 特別講座 個性を引き出す朝顔スケッチ教室 2019
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3331 Arts Chiyoda提供
版画入門 削って描く銅版画~版画工房で作品をつくろう
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3331 Arts Chiyoda提供
和菓子教室 職人に学ぶ季節の練り切りづくり
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3331 Arts Chiyoda提供

今後は、子どもたちが一年中受けられるプログラムも用意したいと思っています。

これは「東京ビエンナーレ2020」のテーマのひとつである「居場所づくり」とも関係していて、子どもの居場所としての機能を高めたいと考えています。

そのひとつの取り組みとして、学校や家庭で問題を抱えている子どもが何でも無料で相談できるスペースも用意する予定で、臨床心理士の方と話を進めているところです。

「アーツ千代田 3331」のスタートから10年目を迎える年に開催する「東京ビエンナーレ2020」では、個人主義になりすぎている「私」という「個」としての意識を、他者に対して寛容になれる「私たち」という意識により進化させるプロジェクトを展開していきます

子どもからお年寄りまで、誰もが幸せに生きるために必要な、「アート×コミュニティ×産業」の構想を形にしていきます。

ただ、お金がまったくないゼロから始めているので、具体的な計画を実現していくためには、「自分ごと」としてこのアートプロジェクトに参加してくれる人が必要です。

一緒に街をつくっていく賛助会員、協賛企業、個人支援も随時、募集していますので、よろしくお願いします(笑)。

(取材・文:樺山美夏 編集:笹川かおり)

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