「今、この国に『働き方改革ブーム』が到来し、私たちの活動に広く注目していただけるまでになりました。ところが、ところがです。私たちの意思はまったく伝わっておりません」
同シリーズで、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久が伝えたかったものとは、なんだったのか。「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」(PHP新書)を上梓した少子化ジャーナリストの白河桃子さんと、たっぷり語り合います。「僕の言葉として発信するのはトゲがありすぎるかと(笑)」
白河:新聞広告、すごく話題になっていましたね。
ちょうど前回お会いしたときは、キントーンの「ノー残業楽勝! 予算達成しなくていいならね」が話題で。
いつも、いいタイミングでお会いできるので話を聞くのが楽しみです。
青野:ありがとうございます。
キントーンの広告に次ぐ、「働き方改革」を"いじる"広告の第2弾として出したんです。
青野:サイボウズが会社として20周年を迎えるにあたって、どんな広告を打とうか2年ぐらい前からずっと考えていました。
当初は「みんなもっと働き方改革やろうよ!」みたいなものをイメージしてたんですが、この1年で世の中の雰囲気がガラッと変わったので、どんなものを出そうかと。
白河:政府が「働き方改革」の言葉を使いだしたのが、2016年9月から。
そこからの流れは本当に早かったですね。
青野:そう。流れが一気に進んだのはいいけれど、ちょっとおかしな方向に行っていないか、と。
経営者が焦って、残業削減にばかり目が向いている。そこに一石を投じたかったんです。
白河桃子(しらかわ・とうこ)。少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」民間議員。「一億総活躍国民会議」委員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。婚活ブームを起こした「婚活時代」(山田昌弘共著)は19万部のヒットとなり、流行語大賞に2年連続ノミネート。著書に「妊活バイブル」(講談社新書)「女子と就活」(中公新書ラクレ)「産むと働くの教科書」(講談社)「格付けしあう女たち」「専業主婦になりたい女たち」(ポプラ新書)など。最新刊「御社の働き方改革、ここが間違ってます! 」(PHP新書)
白河:20周年記念アニメ「アリキリ」シリーズも、なかなか大胆に「働き方改革」をいじっていますよね。
青野:アニメで話しているようなことを、本当は僕の言葉で伝える予定でした。
ただし、それではあまりにも言葉がきついのではないかとなりまして(笑)アニメであれば、少しぐらい厳しい言葉でもさらっと届いて、笑ってもらえるかなと。
白河:確かについ笑って見てしまう。女王アリもかなり口が悪いですよね。
「女性活躍? 昔っからしているっつーの!」って。共感しました(笑)。
青野:あの世界観は内山勇士さん(※)にしか表現できないと思ってお願いしました。
声も全部内山さん一人で演じているんですよ。
(※)人気アニメ『紙兎ロペ』『野良スコ』原作者
白河:この雰囲気を出すのは、なかなか難しそうですもんね。
こんな意見広告を出せる会社(サイボウズ)が世の中に存在していることもすごい。
でも、そういえば「アリキリ」の広告掲載が一部で断られたそうですね。
青野:プレミアムフライデーを真っ向から批判してますから。"政府批判"と捉えられたようです。
白河:ええっ!? "忖度(そんたく)"ですか......。
青野:実は、広告掲載後に経済産業省のプレミアムフライデーを推進する部署の方から連絡がありまして。
てっきり何か文句でも言われるのかと思ったら、「ぜひ意見交換をさせてください」と。すごく前向きでした。
白河:キントーンの広告もそうでしたが、今の働き方改革でいちばん困っている現場の社員の声を丁寧にすくってくれてますよね。
私の本のタイトルも「御社の働き方改革、ここが間違ってます」なんですが、今発展途上期で社員にしわ寄せがいっている現状です。
あれは、青野さんの元に実際に寄せられる声なんですか?
青野:社外の人と打ち合わせすると、よく聞きますね。
それこそ、広告制作で広告会社の人と話すと
「最近、急に帰れ帰れってすごくて。でも仕事量変わんないからムリすっよね。ハハハ」
みたいな、まさに「アリキリ」の世界がそこにあるんですよ。
「女性活躍推進」に本気で取り組んだ企業はいない?
青野:白河さんは、今の「働き方改革」の流れをどう見ていますか?
白河:まだまだ企業の"本気度"が見えないです。
働き方改革を本気でやるなら、評価制度や給与体系まで変えなければ意味はない。
もっと経営者の本気の覚悟が必要なのに。
青野:「別に残業はできるけど、今の仕事のやり方には無駄があるからそこは変えたい」
と思う現場の人間からすれば、仕事のやり方は変えずに、時間だけ短く押さえつけられたら、「いやいや、ちょっと待ってくれ」と文句も言いたくなる。
青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得している。2011年からは、事業のクラウド化を推進。厚生労働省「働き方の未来 2035」懇談会メンバーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)
白河:今回、働き方改革を国が推進したことによって、多くの企業が長時間労働を見直すきっかけになったことは、よかったと思っているんです。「やれば意外とできるもんだね」みたいな声もちらほら届いていますから。
ただし、本気で土台を変える覚悟がないと、改革は必ず失敗します。
「女性活躍推進」にしても結局制度だけ作って風土は変わらないまま。女性活躍に本気で取り組んだ企業は、はっきり言ってほとんどないと思います。
青野:それは残念ですね。
白河:女性だけに向けた仕事と家庭の両立支援なんて、本当に意味がないですから。
改めるべきは男性も含めた長時間労働で、場所と時間が固定的な一律の働き方、古いビジネスモデル。
それなのに今回もテレワークや在宅勤務の制度だけ作っておしまい、とならないか心配です。
青野:働き方改革が今後どうなっていくか。
いろんなパターンが予測できますが、もしも悲観的シナリオだとしたら......。長時間労働だけを取り沙汰して、結局サービス残業が増えてしまう、なんてことがあるかもしれませんね。
白河:何のために長時間労働を制限するのかを考えていない、改革の目的を矮小化してしまっているパターンですね。
これは昭和のアンインストール。経営課題ですから。
青野:楽観的シナリオだと、これまでの長時間労働のさまざまな弊害にみんなが気がついて、より多様な働き方ができる未来になる。
何とかここにつながったらいいですね。
白河:楽観的シナリオは、まさに目指す未来だと思います。でも、悲観的シナリオ、もっと最悪のパターンもあり得そうです。
残業削減したら、業績も落ちて給料も減って消費も停滞して「何もいいことはなかったね」と。
短期のうちにそんなエビデンスもどきを集めて、また元に戻ってしまうことを一番危惧しています。
青野:それは避けたいですね。
白河:仮に一時的に売り上げや給与が落ちるとしても、やるべきことはやるという覚悟が必要と前に青野さんもおっしゃっていましたよね。
ヴィジョンがあるかないかが重要です。長期的に見たら、売り上げや給与は増えるはず。
青野:でも、本質を捉えてちゃんと取り組んでいる企業は、意外と売り上げも落ちていないですよね。
白河:そうなんですよ。
情報を伝える側のマスコミの人たちが働き方改革に対してネガティブだと感じていて。
働き方改革が世の中に浸透してきたと思ったら、働き方改革に反旗を翻すような特集を打つんじゃないかと......そんな"揺り戻し"が怖いです。
衆議院の解散でリセットされた「働き方改革関連法案」はどこへ行く?
白河:法改正についても、衆議院の解散で動きが見えなくなりました。
青天井だった残業時間の上限に制限を設ける残業規制と、高度プロフェッショナル制度(※一定の年収を超える専門職を対象に成果に応じて給与を支給する)をセットで通そうとしていたのですが、次の国会でどうなるか?
青野:政府には、人権を脅かすようなレベルの残業はちゃんと規制してほしいし、インターバル規制(※退勤時間から出勤時間までに一定以上の時間を設ける)も実現させてほしい。
白河:高速道路を時速制限なしで走らせているようなもので、本当に命に関わっていますからね。
青野:それと、 個人が働く上での多様性を阻害したり、権利を奪ったりしている会社の制度を国に禁止してほしい。副業禁止と定年制度はその筆頭です。
白河:定年制度は年齢差別以外のなにものでもありません。アメリカでは法律違反ですからね。それと日本企業は「労働時間差別」が本当にひどいと思いませんか?
育児・介護などで時間制約がある人が、第一線を退かないといけない。
能力ではなく「会社に24時間を捧げられるかどうか」で評価されている。これが「差別」だとちゃんと気づいてほしい。
青野:働く年齢や時間など、政府には多様化していく後押しをしてほしいのに、「プレミアムフライデー」なんて真逆の方向に走らないでほしいですね。
白河:サービス業の人にとっては、一時的に人手が足りないぐらい繁忙が偏ってしまうだけですからね。
もっと自由に、好きなときに休めるのが一番いい。
「働き方改革」とは、社員とその家族の不幸をなくすこと
青野:僕が企業の経営者に言いたいことも同じです。
一つの制度を作って型にあてはめるようなやり方だと、働き方改革は楽しめない。
仮に定時で帰るのが普通の社会になったとしても、定時まで働けない人はいるわけですから。
白河:「一律」では対応しきれない。
青野:そうです。
アリキリ第3話の「イクメン編」で、"強制イクメン"を強烈にいじってますけど「男性社員の育休取得が注目されているから全員取らせよう」も、やっぱり違うんですよ。
青野:家庭の事情は本当にそれぞれ違う。
妻の実家がものすごく近くて、サポート体制も万全なところに、食事を自分で作れないような夫がいても、逆に妻の負担になることだってあるでしょう?
白河:子育てが落ち着いた世帯に、テレワークを一律で導入しようとすると、そこでも反対意見がよく出ます。
「夫が日中ずっと家にいるのは嫌だ」と。制度として使えることは大事ですし、実際テレワークの導入によって、夫の子育て時間が平均32分伸びたという調査もありますが。
でも、家族構成や家の間取りによって、テレワークが向かない家庭があるので、コワーキングスペースなど多様な選択肢も必要ですね。
青野:100人いれば100通りの働き方がある。
その考え方がもっともっと広がってほしいです。
白河:サイボウズさんを見ていてもそうですけど、働き方改革の本質をつかんでうまくいっているところは、皆さん本当に楽しそうです。
しかもそれが売り上げ増加につながっている。
指示待ち社員が一人もいなくて、全員が能動的に自主的に動いている。働く時間の「質」が、本当に高い。
青野:これでサイボウズがこけたら責任重大ですからね(笑)。
そのプレッシャーのおかげで気合が入ります。
白河:日立製作所が開発したウェアラブルのセンサーの活用で、 チームの「ハピネス度」が高いと、売り上げが高くなることが判明しているんですよ。
社員の幸福度を考えることが、そのまま会社の利益になる時代だと考えると、すごくいい時代ですよね。
青野:未来に期待が持てますね。
確かに 「社員やその家族が幸せかどうか」が、働き方改革のものすごく重要なポイントです。会社の業態・業種もそこには関係ない。
白河:「この働き方で幸せかどうか」を従業員の家族にまで聞くと、社員本人とは答えが違うかもしれませんからね。
青野:社員自身が長時間労働が好きで幸せでも、家事・子育てを担ってくれないことを不満に思っている家族がいたら、その会社は家族の不幸を増やしていることになる。
その不幸を含めて改善することが働き方改革だと考えています。
文:玉寄麻衣 編集:田島里奈/ノオト 撮影:栃久保誠 企画:小原弓佳