7月15日、ワールドカップロシア大会が閉幕する。
今まさに、私は、7年前の自分に言いたいことがある。
「サッカーってどちゃくそおもしろいぞ」
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7年前、旦那と付き合いはじめた。
2011年のちょうどUEFAチャンピオンズリーグが開催された時期だった。
最悪だった。家に遊びに行ってもずっと寝てる。
起きたと思えば携帯でサッカー情報を漁る。
携帯を置くと「あのさ、今大会ではどこそこが優勢だと思うんだよね。○○っていうのがめちゃんこいい動きすんや。で、俺はあそこがあがって△△に期待って感じなんよ」。
一通りの話が終わって夜ぐらいはゆっくり過ごしたいと思っても、「俺、試合みるで」と私を放置する。
寝るしかない私はベットに入って目をつむる。
六畳一間のワンルームをテレビの光でいっぱいにするのは簡単なことだ。
布団をぐっと引っ張って、頭の上まで持ってくる。「暗くなった...」とほっとすると「っっっしゃああああ!!」「なんでそっちぃいい」「俺しらんで!そうきた、こうきてそうなるやろ!」という怒号が響き渡る。
試合が終わると「今回、いい試合やったな!」と布団を引き剥がし私を抱きしめる。
心底、迷惑。
それからずっと、W杯やUEFAなど大きな国際大会がある度、こんなふうに「勘弁してくれ」と心のそこから思っていた。
いや、そんなことはない、毎日そう思っていた。
通勤時間にiPhoneでサッカー情報をチェックし、家に帰ればiPhone片手にいろいろ調べている。
人はインプットしたものをアウトプットして、頭のなかを整理する生き物。その犠牲になるのは、そう私。
とくに興味のないサッカー豆知識をひたすら聞かされる。彼が話をしている間、iPhoneをいじったり、ぼーっとしてると「ほんと、全然聞いてくれんな」と寂しそうな顔をする。
だって!なんにもおもしろくないんだもん!!!
選手がどうだとか、まったく知らない人の話をされてもおもしろくないんだもん!!
あんな広いコート、ボール一個じゃおもしろくないじゃん!!
文句を言う私に「俺が悪かった...」と、彼は肩を落としてどこかへ消えた。
「悲しいおもいをさせてすまねえ‥」と思いつつ、素直にほっとした。
ただ、彼はしつこい男だ。私はそれを忘れてた。
翌日、私にこういってきた
「あんな、スペインにあんたの好きそうな男がおんねや」
「それはみたい」と食いつく私。
ニヤっと笑ってスペイン代表のセルヒオ・ラモスの写真をみせてきた。
iPhoneの画面に向かって頬を赤らめる私をみて、きっと彼は心の中でガッツポーズをしていたはずだ。
それだけじゃない、彼は巧みな技を繰り出すようになった。
私は不眠体質で夜眠れないことが多い。
そんな私に「サッカーの話してあげるよ。いつもサッカーの話すると眠そうじゃん」と言う。
「なるほど...頼みます」
「いいよ、じゃあ1987年のワールドカップが○○で開催されたんだけど、そのとき△△の代表選手が...」
サッカー話がはじまって3秒ぐらいで、夢のなかにいた。
というか、目をあけたら朝だった。
それから、眠れない夜は彼のおかげで少なくなった。
「なあ、今年のワールドカップどこ優勝すると思う?」
「えーやっぱセルヒオ・ラモスいるからスペインかなあ」
「俺、フランスー」
「ポグバいるもんね。あーでも、優勝となるとウルグアイかな。スアレスいるし」
「それは熱いな」
...あれ
朝、旦那を見送り自分の出勤時間まで、ニュースをみながらちょっとした作業をする。
普段は芸能ニュースや美味しいレストラン特集で手が止まるが、「W杯」とか「代表戦」、「勝敗予想」といったワードで手が止まるようになった。
...あれ
...おかしいぞ
通勤時間中、気づけばW杯の試合放送スケジュールを確認して、「今日は○○と○○の試合だから一緒にみよう。はやく帰ってきて」とLINEを送る。
...あれ
...おかしいぞ
...あんれー
7月6日、ウルグアイ対フランス、どちらかのベスト4進出がかかっている。
保育士時代、噛み付きを覚えた1歳半の子どもたちの担任をしていた。
毎日のように誰かが誰かに噛み付き「監督不届です。すみませんでした」と保護者に頭を下げる日々。
私は半べそかきながら「みんなに噛まないでって、噛んだら痛いよねって教えているのにやめてくれないんだよ」と愚痴った。
すると「ウルグアイ人でスアレスっていう選手がいるんだけど、試合中に相手選手に噛み付いたんだよ。その直後に自分の顎を抑えて、痛い!って騒ぎ出したんや。大人になっても、やるやつはやるんやで」と当時の動画を私に見せなだめてくれた。
その話を聞いてから、私はスアレスが大好きになった。
「やっぱ今年のフランスきてんなー。俺間違ってないわ」
「とにかくスアレスに噛み付いてほしい。っていうか、カヴァーニいないし大丈夫なんかな」
「なあ、あんた最近、普通にサッカーの話できるようになったよな」
「あ、やっぱり?なんかすごい溢れてくるんですよ」
そう言うと旦那はハニカミながら「ええことや」と言った。
語学を勉強するときよく聞くのが「脳みそには言葉を貯め込む壺があって、そこがいっぱいになると知識が溢れて、自然と喋れるようになる」。
きっと私は知らないうちに、頭のなかの「サッカー壺」がいっぱいになっていた。
あれだけ、何も面白くなくて、ただ苦しかった時間だったのに、ピッチを駆け回る選手たち、その間を転がるボール。
自分が予想していたパス通りにシュートが決まればガッツポーツで立ち上がってしまうし、途中で誰かが割り込んで想定していた流れがとどまると「なんでだよ!」と怒ってしまう。
その度、旦那は「ええやん」と言ってニヤリと笑う。
一緒になって7年、もう新しいことなんてなんてないと思ってた。
でも、こうやって、私が彼に寄り添って、いや、彼が7年もの長い時間を経て、私に寄り添ってくれたおかげで、アタラシイ時間が流れるようになった。
「決勝戦、日曜日なんやけど、三連休って知ってた?」
「もちろん、知ってるよ〜。むしろなんで知らなかったの」
「いやあ、今日手帳みて気づいてん。決勝戦も一緒に観れるな」
「うん、楽しみだね!」