世界最大のクリエイティブフェスティバル、カンヌライオンズ特集「Road to Cannes」の第2回は、PR部門2014年審査員 原田朋氏に、博報堂ケトル嶋浩一郎氏(2011年、2013年のPRライオン審査員)がインタビュー。どこよりも早く、PRライオンズの審査の裏側を明らかにする。
左から、原田朋氏、嶋浩一郎氏。カンヌのカフェにて。
嶋浩一郎氏(以下、嶋):審査員の顔ぶれ見たけど女性が多いんだね。
原田朋氏(以下、原田):そうなんですよ、まるで僕は美魔女の女子会に紛れ込んだ人みたいな感じで(笑)。プロモとPRは作品の応募数も昨年からすごい増えて、嶋さんが審査員をやったときよりも審査員の数は増えて20名。審査委員長も含めて21名です。僕はTBWA/HAKUHODOのクリエイティブ部門に所属していて、僕と同じようなアドエージェンシー所属はブラジルの審査員だけ。女性審査員は14名もいたんですよ。
嶋:審査委員長は最初にどんなクライテリア(審査基準)を示したの?
原田:MSLGROUPのレニー・ウイルソンさんが審査委員長でしたが、彼女が審査中ずっと言っていたのは「PRの未来を探そう」ってこと。新しいテクノロジーの活用とか、広告会社との融合とかPR産業のヒントを探そうって。
グランプリの「THE SCARECROW」はアメリカのファストフード店チポトレの仕事なんですが、抗生物質を注射されたニワトリとか工場で育てられた牛とか、そういうプロセスフードに対してアンチな姿勢を打ち出して世の中に議論を起こした仕事です。スマホでゲームができて、クーポンにもなるんですが、審査の中ではPR会社がアニメ制作会社にディレクションしたみたいなこともPR産業の新しい未来の形として評価されていました。
嶋:議論を起こすってとこが重要なんだよね。僕が最初に審査員をやった時の委員長はフライシュマン・ヒラードのCEO で、彼が示したクライテリアはアウェアネスを超えたパーセプションの変化やビヘイビアの変化。アウェアネスはパブリシティや広告認知だけどそれは当たり前のことで、世の中に新しい合意をつくって視点や行動を変化させること。そのためには世の中に議論を巻き起こさなきゃいけないからね。
原田:そうですね。会話や議論を巻き起こしたのか?っていうポイントは審査の時作品をチェックする視点としてかなり重要視されていました。
嶋:アドエージェンシーから審査に参加して、世界のPR業界の印象は?
原田:まず、最初の審査の段階だとケースビデオを見て、「あ、これはアドだから」ってどんどん落としていくんですよ。で、逆にPRっぽいってどういうことかいろんな審査員に聞いて僕なりに理解したのは、アドはフィクションをベースにコミュニケーションをつくる仕事で、PRはファクトをベースにコミュニケーションを構築する仕事かなってことですかね。
審査委員長が「PR業界の未来を見つける」っていうビジョンと一緒に、最初から言っていたのは「リサーチ&リザルト」の重要性。やはり、ファクトをベースに議論を起こしていくっていう仕事が評価されています。
嶋:ゴールドを獲ったボルボのトラックの性能をエンタメ映像で表現する仕事も、ドキュメンタリーつまりファクトベースのコミュニケーションが評価されたね。ハムスターにトラックを運転させて操縦性をアピールしたり、二台の走行するトラックの間に人が立って安定性をアピールしたり。
うちの会社が出した「さわれる検索」もシルバーをいただいたけど、検索の新しいサービスをファクトとして世の中に提示して、検索の可能性に関して議論を起こしたと評価されたのかな?
◆Silver
HANDS ON SEARCH(YAHOO JAPAN/日本)
音声検索と3Dプリンタを組み合わせ、検索した物を立体物として出力することで、目の見えない子どもたちの「さわれる」体験を実現するプロジェクト。希望したものが見つからなかったときは、本サイトやYahoo! JAPANの広告を使って募集のお知らせを掲載し、ユーザーから3Dデータを集め、その後データをマシンへ取り込み、盲学校の子どもたちへ届ける。
原田:「さわれる検索」は学校教育に導入された部分が審査員に響いていましたね。
嶋:PRは世の中における合意形成が仕事。その最高峰が、法律ができたり、政府や公共が動くことだからね。
原田:意外だったのは多くのPR会社の人たちが普段、広告会社と一緒に仕事をしていないっていうこと。海外ではアドとPRが別々の産業だからあまり一緒に仕事をしないんですね。
嶋:統合キャンペーンが標準になってる現在、広告とPRの融合はとても重要。そういう意味で実は日本は有利なんじゃないかと最近思うんだよ。
原田:なんでですか?
嶋:僕はPRはコミュニケーションの上位概念だと思っている。PRの仕事って学会をつくっても、国際会議をやっても、調査をやっても、ロビイングをやっても、パブリシティを出しても、それこそ広告をつくってもいいものじゃない。 だけど、日本におけるPRは、総合広告代理店の一部門になっちゃってるわけじゃない。まさに僕が博報堂に入ったとき配属されたのがコーポレート・コミュニケーション局ってPRの部署。その状況はすごくおかしいなって思ってたの。当時から、PRディレクターはクリエイティブディレクターより偉いと本気で思っているんだけど、広告会社ではクリエイティブディレクターがすごく偉いわけ。そういう状況に対してPR主導で広告もつくろうと思って、僕はクリエイティブもやりだした。PRパーソンである自分がケトルって会社で広告をつくっているのは自分の中ではすごく普通。だけど、ここ数年カンヌに来てPRの審査員と話すと、それって実は案外海外のPR会社にできていないことなんだよね。
一周まわって考えると、広告会社にPR機能が含まれている状況って実は統合キャンペーンをつくりやすい環境なんじゃないかって最近思うわけ。電通PRもそういう意味でいいポジションにいるとも言える。
原田:たしかに、PRパーソンが近くにいる総合広告代理店の強みはありますよね。
嶋:ところで、グランプリはすんなり決まった?
原田:チポトレの仕事とボルボの仕事が決選投票に残ったんですよ。主にアングロサクソン系の審査員がチポトレ、ヨーロッパ系の審査員がボルボを推す形に。僕はチポトレを推したんですけど、やはりアンチプロセスフードっていう議論を起こしたところがすごい。ボルボはエンターテインメント表現としてすぐれているんですが、世の中に新しい価値を提供したかって言われると弱い。もちろんトラックの知られざる魅力を伝えているんですが。
嶋:そうだね、ボルボの仕事はどちらかといえば、あのトラックをエンターテインメントにしたっていう表現を評価したい仕事だよね。ところで、原田君が気になった作品をあげてもらっていい?
原田:そうですね。ANZって銀行の「GAY TM」です。オーストラリアの銀行がゲイパレードに協賛するんですけど、ATMをGAY TMって名前にして、レインボーカラーとかにしちゃうんです。しかも、ゲイパレードの日にATMを使うと手数料がドネーションされるんです。
◆Silver
ANZ GAYTMS(ANZ BANK/オーストラリア)
シドニーでのゲイ&レズビアンフェスティバルを祝うために、銀行が協賛。ATMをデコレートして"GAYTM"に。明細がレインボーカラーで出てきたり、手数料はフェスティバルに寄付されるなど。
嶋:その仕事はアウトドアでグランプリを獲っているね。お固い銀行がそれをやるってすごい!それは議論を巻き起こすわ。
原田:空き室を貸し出すネットサービスAirbnbの「ソチプロブレム」も秀逸でした。ソチオリンピックの時にホテル不足が深刻で、ジャーナリストたちにとっても死活問題だったんですよ。あるジャーナリストはソチに行ったらまだホテルが建設中だったり。そういうジャーナリストのTwitterのつぶやきに対応するPR活動で、彼らにAirbnbを使ってもらうんですよ。で、宿泊する部屋が見つかると「すげー部屋が見つかった」って本当に感謝されて、その状況がSNSで拡散していくんです。
嶋:それはメディアリレーションとしては最高だね。企業からの情報発信じゃなくて、人々の声に応えるリアクション芸としてもすごい!
◆Bronze
SOLVING #SOCHIPROBLEMS(AIRBNB/USA)
ソチオリンピック開催時、世界各国のジャーナリストは宿不足や劣悪な宿環境に悩まされ、Twitterでそれを訴えあい、やがて#SochiProblemsというハッシュタグが生まれた(335,000人がフォロー)。全世界の宿泊施設のマーケットプレースを運営するAirbnbは、ソチでも500件の物件運営していたが、この問題を解決しながらマーケティングを展開すべく、#SochiProblemsのハッシュタグをハイジャック。新しい宿を提供するなどし、彼らの問題を解決していくことで、#SochiProblemsはAirbnbに関連した楽しい話題で555,573回も語られることになった。Airbnbは、オリンピックスポンサーに匹敵する存在感となった。
原田:もう一つはグーグルとキットカットのコラボの仕事ですかね。ロングセラーブランドとIT企業がくっついた。こういう企業同士をお見合いさせる仕事もPR会社の新しい未来として捉えられたんだと思います。
嶋:あと、PRですごかったのは、今年から始まったヤングライオンで日本勢がゴールドを獲得したことだね。人身売買をやめさせるってお題に対して、ADKの岡田君と梅田君、なんだか漫才コンビみたいな名前だけど、彼らがすごくいい企画をつくった。病院で新生児がつけるネームタグが、90ドルのプライスタグになっている。90ドルってのは世界で起こっている人身売買の平均的な価格。我が子が生まれたタイミングでそれを知ると、ショッキングだけど、すごく効き目がある施策になると思うんだよね。
原田:ヤングライオンを日本がとったのは、僕もうれしいです。僕自身、審査を通して、PRの考え方が相当、身に付いたと思います。
2014年6月19日 カンヌのカフェにて収録
■原田 朋(はらだ ともき)プロフィール
TBWA\HAKUHODO クリエイティブディレクター
1972年生まれ。博報堂入社後コピーライターとして配属され、2010年からTBWA\HAKUHODOクリエイティブディレクター。主な仕事に、講談社スティーブ・ジョブズ自伝「みんなのしおり.jp」、プロトリーフ「土のレストラン」、キリンビバレッジ「出た!生茶パンダ先生」など。カンヌサイバー部門ブロンズ&PR部門ブロンズ、2012年クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト。2014カンヌPRライオン審査員。
■嶋浩一郎(しま こういちろう)プロフィール
博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター/編集者
93年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局配属。企業の情報戦略、黎明期の企業ウエブサイトの編集に関わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクター。02年~04年博報堂刊行「広告編集長」。04年本屋大賞立ち上げに関わる。現NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立、代表に。09年から地域ニュース配信サイト「赤坂経済新聞」編集長。11年からカルチャー誌「ケトル」編集長。2012年下北沢に書店B&Bをヌマブックス内沼晋太郎と開業。11年、13年のカンヌクリエイティビティフェスティバルの審査員も務める。
(2014年6月26日「週刊?!イザワの目」より転載)