サイボウズ式:自分の成長に恐怖心がある人ほど、自ら「不利で困難なこと」を進んでやる──為末大×青野慶久

僕にとって、陸上を通して本当に達成したかったことは、「世の中の人々の認識を変えること」だったんですね。(為末大さん)

「働き方改革」の影響で複業やテレワークが話題になっていますが、このような働き方が世の中に一気に浸透するわけではありません。むしろ、来るべき「個人の時代」への備えが必要になりそうです。

元陸上選手の為末大さんと、サイボウズ社長・青野慶久がいっしょに考えるこの対談もいよいよ佳境に。

中編では、「自由に働く社員の評価軸」「共感できる理念の選択」「会社は永続するべきなのか」などのテーマについて、活発な意見が交換されました。

後編では、「自己揺さぶり能力」「仕事を通じて本当に達成したいことは何か」など、さらに議論が深まります。

停滞を察知して自ら揺さぶりをかけられる人でないと、飛躍的な成長はない

青野:僕、ずっと「Googleを倒そう」と思っていたんです。

為末:それは意外ですね。あまりそういうタイプには見えません。

青野:実は、競争心が強い方で(笑)。でも、今の若い人たちを見ていると、シェアリングエコノミーなんてまさにそうですが、「共創」つまり「ともに創る」ことで社会を再構成している。そこで、競争で生きてきた人は、共創できるようになるのかな? と疑問に思うようになって。

為末:アスリートの世界は、当然ながら競争社会ですよね。でも、引退した選手が苦労することがあります。敵をはっきりしすぎちゃうクセがあるんですよ。

青野:ああ、なるほど。アスリート魂に火がついてしまうんですね。

為末:はい。「いやいや、そいつは仲間だから」みたいなことはしょっちゅうです(笑)。僕も引退して引っかかったのはそこのところで、「人にも勝たせる」という感覚がよくわからなくて。

為末大(ためすえ・だい)さん。1978年広島県生まれ。男子400mハードルの日本記録保持者(2017年5月現在)。スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得した。2012年、25年間にわたる現役生活からの引退を表明。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍(2005年設立)を経営、一般社団法人アスリートソサエティ(2010年設立)の代表理事を務める。主な著作に『走る哲学』(扶桑社新書)、『あきらめる力』(プレジデント社)など。

青野:いわゆる「win-win」の状態ですね。言われてみれば、スポーツで「win-win」はあり得ない。

為末:はい、ビジネスの世界でようやく身につきました。でも、競争心が強いことにはいい面もあります。健全な競争心は他人だけじゃなくて、自分にも向くんですよ。「この1日、この1週間で、自分は何が変わったか」というように。

青野:そうか、「過去の自分」という競争相手もあり得るわけですね。

為末:むしろ、ビジネスは陸上と違って、誰が競争相手かわからないことも多いと思います。そういうときには、過去の自分と比較するしかない。そして、このチェックをかなりの頻度でやらないと、人は成長しなくなってしまう。

青野:過去の自分と比較すれば、それを防げる。

為末:昔の師弟システムであれば、コーチが選手に無茶振りをしていたんです。よいコーチは、選手が惰性で練習をしていることを見抜くと、急にこれまでとまったく別のものをドンと突っ込んでくる。揺さぶりをかけられて、「こんなのできません」なんて言いながらも、選手は一段ステージを上がるという。

青野:おもしろいです。ただ、今はあまり、そのような絶対的な師弟の関係は生まれにくいのかな、とも思うのですが。

為末:スポーツの世界ですら、もう気合と根性の練習は嫌がられますからね(苦笑)。自由度が高くなるほど、逆に選手が自分で停滞を察知して、自分に揺さぶりをかけないと、「ドン!」という飛躍的な成長がなくなってしまうんです。

青野:成長曲線が緩やかになってしまう。

為末:はい、ゆるゆる上がるような成長曲線で世界一なんて絶対に届きません。継続も大事で、「グワっと揺さぶってドンと上がる」というサイクルをずっと繰り返さなければならない。

自分の人生に、どうやって自分にとっての「揺さぶり」を組み込むのか

青野:自分で自分を揺さぶるって、どうすればいいのでしょうね。アスリートには、時々個性的な練習をしている選手がいますが。

為末:いますね。ハンマー投げの室伏(広治)さんとか、行き着くところまで行き着いて、最後は扇子とか投げていましたよ。

青野:扇子とハンマー、ぜんぜん違うじゃないですか(笑)。

為末:それが、「投げるという意味ではいっしょなんだ」と言っていて。「そうですかね」みたいな(笑)。

青野:まさに揺さぶりですね。

為末:僕の方が揺さぶられましたよ(笑)。ビジネスの世界でも、たまに言う人がいるじゃないですか、「修羅場体験」とか。「あれが自分を強くした」みたいな。大事なのは、自分から意図してなかなか体験できないものを、どうやって自分の人生に組み込むかだと思うんです。

青野:ブレイク・スルーするために、「自己揺さぶり能力」が必要だ、と。これはなかなか新しい考え方ですよ。でも、すべて自分の責任になる時代においては、必要なスキルですね。停滞を察知して、自分をどう揺さぶるのか。

為末:「どうしてあんなことするんだろう」って人、いるじゃないですか。不利なことや困難なことを自ら進んでやる。これって、経済合理性だけを見ているわけじゃなくて、自分自身の成長や停滞に敏感で、潜在的な恐怖心があるからかもしれない。

青野:ビジネスの世界でも、「もう自分のスタイルが出来上がってしまっていて、一定のところまでは行けるけど、もっと上にも行けるんじゃないの」という人には、必要かもしれません。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得している。2011年からは、事業のクラウド化を推進。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。

為末:僕はこれ、結局のところ人生約100年でどこまで行くかの勝負だと思っているんです。「普通のペースだったらここまでくらいだろう」というレベルを、「それでは気が済まない」という人たちがいる。もしそっち側の人なら、自己改革のペースを早くしないと間に合わない。

青野:為末さんはさすが、個人で生きることをよく考えていらっしゃいますね。

為末:本当のアスリート性は、こういうものだとも思うんですよ。決して不幸せという意味ではありませんが、常に自分に飽き足らない。自分の成長への欲求、枯渇している感じがずっとある人。会社という仕組みがその役割を変えていくとしたら、こういうアスリート性の有無が問われるようになると思います。

仕事を通じて、自分が本当に達成したいことは何なのかを意識する

青野:それにしても、どうしてそんなに考えているのでしょう。普段から自問自答の習慣がある?

為末:昔から突き詰めて考えることをしていますね。実は僕、高校生のときに自分の専門種目を決めることになって、100mと400mハードルでどっちにするか、とても悩んだんです。

青野:そうだったんですね。結果的に400mハードルですばらしい実績を残されたわけですが、どう決めたんですか?

為末:ノートに100mと400mハードルと書いて、ページを分けて、それぞれの「好き」「嫌い」を突き詰めていったんです。そうしたら、だいたい「100mは花形だけど勝ちにくい」「400mハードルは地味だけど勝ちやすい」に集約されていった。僕にとっては、勝って世界の舞台に立つことが何より大事だったんです。

青野:「好き」「嫌い」を突き詰めるのはいい方法ですね。

為末:あと、「これをすることで、何を達成したいんだっけ」というのは、よく自分に問うている気がします。

青野:と、言いますと?

為末:きっかけは、やっぱり引退なんです。アスリートというのは、引退するときに大きな喪失感を持って苦しむもの。僕なら陸上が好きで、陸上に人生を賭けて、でももう陸上ができなくなるわけなので。

青野:それをどう乗り越えたのですか?

為末:発想の転換です。「陸上をやることで、何を達成したかったんだっけ」と考えてみると、陸上は目的じゃなくて手段だったと気がついたんです。

青野:陸上が手段だとしたら、目的は何だったんですか?

為末:僕にとって、陸上を通して本当に達成したかったことは、「世の中の人々の認識を変えること」だったんですね。引退しても、まぁ主役としては無理かもしれないけど、仕組みづくりには携われそうだ、みたいな。

青野:「これをすることで、何を達成したいんだっけ」はよい問いですね。すぐ、言う人がいるじゃないですか。「僕は人の役に立ちたいんです」とか。でも、そういう人ほど、「人の役に立って、あなたは何をやりたいの?」と聞かれた瞬間に「え?」って止まっちゃう。

為末:そうなんですよね、「役に立つって何のためだっけ」を考えないと。

青野:もう一歩二歩深く問うていくと、自分が個性として持っている真のモチベーションに触れることができれば、モノの見方や考え方がブレなくなる。個を追求するなら、自問のセンスも重要なポイントになりそうです。

「自分にはもっとたくさんの可能性があるかもしれない」と気づくことが、個人の時代を生きるための備えの第一歩

為末:あと、これからの時代を考えると、子どもたちにはできるだけ小さいときから自由度の高い環境を作ってあげたいと思いますね。

青野:為末さんが運営する小学生のお子さん向けのかけっこスクール「TRAC」とサイボウズは、教育プログラム「リレーでチームワーク」を共同開発して、全国の小中高校生向けに提供しています。

為末:サイボウズさんの「チームワーク研修」の一部と、TRACの「リレープログラム」を掛け合わせたものですね。実際のリレーを通して知識を身体化させて、他者とコミュニケーションする力の育成を目指しています。

青野:TRACでも、やはり「個人の時代を生き抜く力」を意識されているんですか?

為末:TRACで大事にしているのは、コペルニクス的な体験です。「この道の向こうには崖があって、そのまま進むと海に落ちてしまう」と思い込んでいるけど、実際に行ってみたらちゃんと道が続いていましたという経験を、早い段階でしておくことが大事だと思っていて。

青野:「自分の認識が変わる」というのは、本当に大きな転換ですよね。

為末:子どもは安全圏の中で生きているから、その外に連れて行く人がやっぱり必要なんですよ。そこで、実際に出て行ったら、「あなたが思っている危険って、狭い範囲だったね」と教えてあげられる。

青野:その意味では、足が速くなるって分かりやすいですよね。

為末:僕は、そういう安心感と自由には相関関係があると思っています。子どもであろうと大人であろうと、「自分のできる範囲はもっと広いんだ」「自分にはもっとたくさんの可能性があるかもしれない」と気づくことが、個人の時代を生きるための備えの第一歩なのではないでしょうか。

青野:個人の時代への備えとして、僕も為末さんに特訓していただこうかな。

為末:何の特訓ですか?

青野:もちろん、かけっこの特訓ですよ。「自分にはもっとたくさんの可能性があるかもしれない」と気づくために、ね(笑)。

文・朽木誠一郎+ノオト/撮影・すしぱく(PAKUTASO)

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本記事は、2017年6月6日のサイボウズ式掲載記事自分の成長に恐怖心がある人ほど、自ら「不利で困難なこと」を進んでやる──為末大×青野慶久より転載しました。

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