サイボウズ式:無理な要求をする取引先とは縁を切れ──「脱マタハラ×イクボス」から

イクボスを増やすには何をするのが効果的か? クライアントの要求でブラックな働き方を強いられる中小企業はどう対応すればいいのか?

前々回前回に引き続き、サイボウズで開催した「マタハラ問題」(マタニティハラスメント=職場で妊娠・出産した女性に対して行われる嫌がらせ)と「イクボス」(部下の育児参加に理解・協力する上司)推進を考えるトークセッションをお届けします。

登壇者は「マタハラ問題」を世に提起するマタハラNet代表の小酒部さやかさん、弁護士の圷(あくつ)由美子さん、ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さん、「イクボス」(部下の育児参加に理解・協力する上司)を推進するNPO法人ファザーリング・ジャパン代表&の安藤哲也さん、某商社系企業社長のイクボス・川島高之さん、サイボウズのイクボス社長・青野慶久の6人。イクボスを増やすには何をするのが効果的か? クライアントの要求でブラックな働き方を強いられる中小企業はどう対応すればいいのか?

イクボスになったほうが得

質問者:(会場から)当社は来年、イクボスを本気で増やしたいと考えております。安藤さんにお聞きしたいんですが、何をやるのが一番効果的でしょうか?

安藤:(講師として)俺を呼べ。

質問者:(笑)

安藤:真面目に答えると、「人事考課を変えること」かな。サラリーマンが一番関心があるのは「給料」と「人事」なんですよ。この2つの軸を変えてあげると、一気に変わっていくんじゃないかと僕は予測しています。

ただ、人事の評価制度を変えるというのは大手術なので、人事部の人は頭を抱えている状況ではありますね。でも、そこをどれだけ早く推進できたかで、20年後のその企業の価値が変わるんじゃないかなと僕は思っています。

青野:僕も大賛成です。「制度はあれども使われない」というのは、この国でありがちなことです。男性の育児休暇制度だって、たぶん僕が入社した20年前だってあったのに、誰も使っていなかったという。

それは何かが足りていないんですね。「何を重んじ、何を重んじないか」という価値観の変化が必要なんです。

「この組織において育児休暇をとる男性は"エライ"のか、それとも"アホ"なのか」という価値観を、はっきり入れ替えてあげないといけません。今までの人は「(育休を)とるやつがアホ」と思っていたから、とらなかっただけです。「とるのはエライ」と捉える組織に変われば、みんなとるわけですね。

そこを入れ替えていくのは、なかなか大変なことです。これまで当たり前だと信じてきたことをひっくり返すので、荒療治も必要だと思います。経営者はここに向き合って、逃げないこと。

たとえば「働き方の多様性を認めない上司は露骨に降格させる」とか、そういうことをバシッとやる。そうすると「わっ、考え方を変えないといけないんだ(汗)」とみんな思って、価値観が入れ替わるのかなと思います(笑)。

安藤:以前アメリカのサラリーマンから、向こうの転職市場では経歴書に「育児休業取得経験アリ」と書いたほうが有利だ、という話を聞きました。日本もそんなふうに、「とったら損」じゃなく「とったら得」となっていくのが重要と思います。

川島:僕も「イクボスになったほうが、絶対得だぜ」ということは言いたいです。企業として儲かる、社員から親しまれる、自分も早く帰れる、子育てや勉強、いろんな趣味もできる。得なことばかりだ、ということを、まずトップ自身に気づいてもらいたいですね。

これは労使で権利主張し合うようなことではありません。先ほど圷さんのお話にもありましたけれど、「労にも、使にも、得なんだよ」と。そこをアピールするのが一番いいかなと思います。

小酒部:マタハラNetが企業の皆さんに研修するときには、もし産休や育休に入る部下がいたら「マネジメントの腕の見せどころだと捉えてください」とお伝えしています。

男性でも女性でも、育休をとって子育てを経験すると、短時間で効率よく仕事をできるようになります。またその人が休んでいる間、ほかの人がその業務をできるようになれば、誰がいつ休んでも仕事がまわるようになります。そういったプラスの面をもっと見てもらえたらと思います。

遅くに発注するクライアントとは付き合わない

質問者:中小のITベンチャーを経営しております。弊社もなるべくホワイト企業でいきたいですが、ブラック企業が少し入っているところもあります(苦笑)。

お客様はいわゆる大企業さんが多いのですが、そこから求められる仕事がどうしても、納期や価格、クオリティ的に、残業しないと間に合わないところがあります。どのように対応すればよいでしょうか。

青野:これは難しい問題です。

私は今、総務省の「ワークスタイル変革プロジェクト」というものに外部アドバイザーとして参加していますが、総務省の方たちもけっこうブラックな働き方をしているんです。電車のある時間に帰れなくて、タクシーで帰るなんて当たり前らしいんですね。

話を聞いていると、どうも"上流工程"に原因があるんです。議員が国会での質問を、官僚の人に「書いてください」ともってくるのが、前日の夜とからしいんですよ。アホかという話です。そしたらもう徹夜するしかないですよね。じつはそれも上流工程があって、国会議員に質問の割り振りが来るのが遅いという原因もあるそうなんですけれど。

そんなふうに負の連鎖のままずっとまわっている。これはどこかで切らないと、みんなハッピーじゃないですよね。

日本人って、お客さんのために頑張っちゃう体質なので、言われたらぎりぎり無理をしてしまう。それをどこかで切ってあげれば、逆に好循環をまわせると思います。

だから基本的には、僕はそういう無理な要求をする会社とは「縁を切る勇気」が必要だと思っています。そうするとヘルシーな輪が広がっていく。そこは大事だと思います。

渥美:本当にいまのお話は正しいと思います。悪いループは断ち切ったほうがいい。

30年位前、日本に外資系企業が入ってきたときのことを思い出しました。当時、外資系企業から女性の担当者が日本企業へ営業に行くと、「オマエなめてんのか。うちは男じゃないと相手にできないから、男の営業をよこせ」みたいなことを言うことがあったんです。そこで、そういう会社のブラックリストをつくって、だんだん取引のウェイトを落とすようにしました。

10年くらい経ってから、僕がそのときの外資系企業に「あのときブラックリストに入っていた会社はどうなりましたか?」と聞いたら、やはり思ったとおり業績が落ちていた。「取引をやめて正解でした」と言っていました。

川島:同じ考えです。僕もいま経営する会社は中小企業なんですが、そういう問題のある取引先は、申し訳ないけど、こっちから切ってますね。これで業績下がったらしょうがねえ、俺の実力がなかった、と思うしかない。

「お客さんは神様」というのはある部分では正しいんだけれど、こっちからお客さんを選びにいくというのも、やっぱり正しいんです。そういう時代になってきていますし、それを理解してくれるお客さんは、クオリティの高い、良い仕事を発注してくれます。

そこ経営者の「捨てる覚悟」や「やりぬく覚悟」も求められます。

安藤:いま「イクボス・ロールモデルインタビュー」というコンテンツをFJで作っていて、日本中の中小企業のイクボスに会いに行って話を聞いています。そうするとやっぱり、「顧客満足よりも従業員満足をあげたほうが、中長期的に見たら絶対儲かる」ということを、みんな言っているんです。

「夜遅くに発注してくるクライアントとは、もうお付き合いしません。と断ったほうがいい。それに付き合わされている社員の健康や家庭への影響を考えると、デメリットのほうが大きい 」。みなさん、そうはっきり言ってます。

そんなことを言っている企業は競争に負ける、と思うかもしれませんが、そんなことはありません。大きな右肩上がりで利益を出しているわけではないですが、ちゃんと安定した経営をやっています。なかには「社員がやめないことが悩みだ、新卒がとれない」なんていう話も聞きますよ。(会場笑)

いいバトンを次世代に渡すというミッション

川島:では最後に、小酒部さんと圷さんから一言ずつお願いします。

圷:「あなたにも、できることは必ずある」ということを、お伝えしたいと思います。私は3回流産をしていたので、次男を妊娠したときは仕事を辞めることを考えました。ようやく自分も10何年目になって役割を与えられてきたところだったので、「ここでまたゼロスタートに戻るのか」と思い、一時は本当に打ちひしがれました。

でもそのおかげで、「この現状はやっぱり変えなきゃいけないんじゃないか」と気付くことができたんです。

小酒部さんも、ふつうの女性です。「子どもがほしい、そして働きたい」と考えた、どこにでもいる女性が、ここまでのことをやったわけです。

ですからみんな、できることは必ずあるんです。そしてそれは、後を歩くみんなの幸せにもつながるということ。今日会場に来られた皆さんには、是非その気持ちを広げていっていただきたいと思います。

小酒部:私は今回「国際勇気ある女性賞」を日本人として初めて受賞しました。「この賞の名を使って、より活動を充実させてください」というミッションが米国国務省から課されたのです。それは私に課せられたミッションでもありますが、日本社会に課せられたものでもあります。そのことを是非、皆さんにも受け止めてもらいたいと思っています。

長時間労働でたくさん働いてきた人たちがいて、日本は経済成長を遂げ、いまそのバトンがわたしたちに渡ってきました。私たちはそれを、なるべくいいバトンに替えて、次世代に渡してあげたいと思います。一人ひとりが「ファーストペンギン」だということを心にとめて、また明日からもがんばりましょう。

今日はみなさん、ありがとうございました。

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(文:大塚玲子 撮影:内田明人 編集:渡辺清美)

(サイボウズ式2015年6月16日の掲載記事「無理な要求をする取引先とは縁を切れ──「脱マタハラ×イクボス」から 」より転載しました)