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世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さんが、日本でも作りやすい各地の家庭料理をお届けします。
今回ご紹介する料理はこちら
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ブルガリアの真っ白スープ by 世界の台所探検
ブルガリアの家庭料理って?
第一回はブルガリアから。ヨーロッパの東、バルカン半島に位置する国です。 街を離れると一面にひまわり畑が広がります。ブルガリアの台所の油はひまわり油が一般的です。
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さて、ブルガリアと聞いて思い浮かぶのは何でしょうか。ヨーグルト?
そう、ブルガリアはヨーグルトをたくさん食べる国です。一人当たり消費量は日本人の3倍。スーパーの売場には、牛・山羊・羊・水牛の生乳から作られた様々な種類のヨーグルトが並んでいます。
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そんなブルガリアで教わった家庭料理で、最も不思議で最もそそられる料理が、Yaica po panagurski(パナギョルスキ村の卵料理)という真っ白なスープ。常識を覆された一品でした。
このスープは、材料がほぼすべて白いのです。ヨーグルトに塩と潰しにんにくを加えてまぜ、白いチーズSirene(シレネ)を崩してのせ、ポーチドエッグを落とします。ここまではすべて白。
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ソースは、溶かしバターを油でかさまししたものを加熱して、塩とパプリカ粉を加えます。これを真っ白な上にかけて完成。ほんのひとつまみだけ入れたパプリカ粉の赤が、異様に映えます。
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この料理の常識を覆されたと感じたところは三つあります。
調理はすべて皿の上で!
一つ目は、調理が鍋ではなく皿の上で進んで行くこと。鍋やボウルなどの調理器具を使わず、ヨーグルトの蓋を開けてそのまま各皿に盛り付けるところから始まります。鍋やボウルなどの調理器具を使わなくてもいいんだ!と気が楽になります。洗い物も少なくて合理的。
なにしろ社会主義時代からのアパートは狭いです。そんなキッチンで生まれた知恵なのかもしれません。
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旧ソ連時代住宅の狭小キッチン。台所が狭すぎるので肩幅程度の半ベランダにコンロを置いて料理している。
あったか&冷たい!
二つ目は、温かいものと冷たいものを共存させた「ぬるいスープ」であること。冷蔵庫から出したてのヨーグルトにゆでたてのポーチドエッグをのせたら、温冷相殺してぬるくなります。温かいものは温かく冷たいものは冷たく食べたいのが日本人の性ですが、世界を見渡してみるとぬるいのが普通の国もあります。手で食べる南アジアや、宮廷料理が運ばれる間に冷めてしまっていたといわれるヨーロッパの国々もそう。
真っ白スープは、「すぐできて簡単なのにおいしい」家庭料理だとブルガリアのお父さんはいいます。温度に神経質にならず、ぽんとのせてすぐできてしまう手軽さが、この料理のうりといえるでしょう。
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彩りは気にしない?!
三つ目は、彩りを全く気にしていないようであること。料理は彩りと日本ではよく言われますが、このスープは真っ白。ここまで色がないとむしろ清々しい気持ちにもなります。
何も知らずに食べたらまるでなぞなぞ。何が何だかわからず半分も楽しめないかもしれません。でも正体を知って食べると、真っ白な中に変化があって宝探しのようで楽しい!
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この真っ白スープを通して、料理をすることで食べることがより楽しくおいしくなることを感じました。作る過程を知ることで、決めつけていた常識の枠が外され、今まで見えていなかった文化や観念が感じられるようになりました。そしてなにより真っ白の正体がわかって「わからなさ」がなくなったから、一口一口楽しんで味わえるようになりました。 この真っ白スープ、ぜひ作って楽しんでみてください。
岡根谷実里さん
世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている台所探検家。これまで訪れた国は約70カ国。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。 公式ブログはこちら>>