4月26日に投開票が行われた渋谷区長選。自公推薦候補、野党推薦候補との間で、事実上の激しい三つどもえを制して初当選したのは、政党の支持を受けていない元区議の長谷部健氏だった。年齢も50代、60代という他の候補者に比べ、最も若い43歳。この結果に、従来の地方選とは異なる「風」が吹いたことを指摘する人も少なくない。
私は渋谷区で生まれ育ち、今も渋谷区で暮らしている。今回の区長選はかつてないほど、全国から注目を集めていたが、外から見た区長選と区民から見た区長選には、少し温度差があるように感じていた。このエントリーでは、そうした有権者としての肌感覚から、区長選と、同時に行われた区議選についてふれてみたい。
■ネットを活用し、「無党派層」にリーチした長谷部氏
区長選が注目を集めていた理由は言うまでもなく、3月も全国で初めて可決した「同性パートナーシップ条例」。条例を成立させた桑原敏武区長が、自らの「後継者」として指名したのがこの条例を議会で発案した長谷部氏だった。こうした経緯によって、LGBT当事者だけでなく、アライ(支援者)やこの条例に賛成する人たちの間でも長谷部氏への支持が広がっていた。
しかし、3回の区議選をトップ当選してきた長谷部氏とはいえ、政党の支持がない選挙戦は賭けでもあった。主なライバルは、元都議で民主、維新、社民、生活の各党推薦と共産党の支援を受けた矢部一氏と、元都議で自公の推薦を受けた村上英子氏。矢部氏と村上氏の両陣営の集会や街頭演説には、各党の大物政治家が応援に駆けつけた。与党と野党が総力を挙げて支援する候補者たちを相手に、長谷部氏の選挙戦の行方はいわゆる支持政党を持たない「無党派層」にかかっていた。
長谷部氏は選挙期間中、区内遊説はもちろんのこと、公式サイトやFacebookを通じてネットでの情報発信も積極的に行った。これは朝から晩まで渋谷区外のオフィスで働く私にとっては、ありがたかった。昼間に不在の自宅前で演説されたり、選挙カーで名前を連呼されても、聞くことができないが、ネットを見れば即座に長谷部氏の政策や動向を知ることができた。矢部一候補も公式サイトは更新していたが、ソーシャルメディアの活用はなく、ネットに発信された情報量は長谷部氏が一番多かったのではないだろうか。
ちなみに村上候補については、公式サイトはあるものの、ほぼ動いていなかった。村上候補を検索にかけると、応援にかけつけた石原伸晃氏や片山さつき氏のFacebookへの投稿が引っかかるのみで、村上候補がどんな公約を掲げ、毎日どこで演説したり、集会したりしているのかを知ることはかなり困難だった。
2013年4月にネットを利用した選挙活動が解禁されてから2年が経つ。20代から40代の人であれば、たとえば飲み会の店を選ぶ時、ネットでオフィシャルページを見たり、ソーシャルメディアでの評判を読んだりするのは当たり前だろう。選挙といえども同じだ。どの候補者を選ぶか自分で判断するためにまずアクセスするのは、ネット。少なくとも、私のような支持政党がなく、昼間自宅にもいない「無党派層」にとっては有効な手段だと思う。
矢部氏の集会には、長妻昭氏(右)や川田龍平氏(左)など著名議員が応援に訪れた。
■ホームレス問題を解決するために必要なこと
しかし、長谷部氏は他の候補者にはない「弱点」もあった。宮下公園を始めとする、渋谷の公園で野宿をしている人たちの問題だ。渋谷区では、宮下公園を年末年始に閉鎖するなど、支援団体と激しい対立が起きていた。渋谷区の支援団体ではないが、貧困者の支援活動をしている「認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」の大西連理事長が、この問題点をニュートラルに整理している記事を書かれているので、詳しくはそちらを参考にして頂きたい。
長谷部氏はこの中で取り上げられている宮下公園のネーミングライツ問題に関わっていたため、「ホームレス排除に加担した」として厳しくネットで批判されている。では、区民はこの問題をどう見ているのか。渋谷区と支援団体の激しい対立を横目に、渋谷区が2009年にまとめた「渋谷区民意識調査報告書」を紐解くと、区民からはホームレスの人たちに対する苦情が多く寄せられている。炊き出しなど人道的支援は必要だと理解している区民でも、公園での支援活動で出たと思われる大量のゴミが廃棄されているのを目にすれば困惑は広がる。
民主党の区議である鈴木健邦氏も1月にブログで、渋谷区の問題点を指摘しながらもこう書いている。
ただ、いままで12年の議員活動で見聞きしたことを考え合わせると、渋谷区側だけでなくホームレス支援者側も常にやりすぎのところがあるのも否定できません。渋谷区も支援者側もお互いが不信感を持っているようですが、出来れば冷静にエスカレートするのではなく鎮火の方向を模索するのが大事だろうなぁとおもいます。少なくとも今回の行政の対応はやりすぎですし、支援者側もそれを受けてかなり騒いでいらっしゃるのはどうかと思います。渋谷区側には世論の非難が、支援者側には地域住民(渋谷駅周辺だって住んでる人はたくさんいます)の嫌悪が向かっており、こじれるだけです。
私が子どもの頃、宮下公園といえば、「近寄ってはいけない場所」だったが、今では地域の子どもが遊べるようになっている。それを純粋に喜ぶ区民がいることも事実だ。他方で、ホームレスの人たちの支援を今後、どのように充実させていくか。今回の選挙戦で、長谷部氏は自ら、支援策を積極的に取り組む姿勢を示している(矢部氏も同様だった。なお、村上氏がこの問題に言及しているところは確認できなかった)。今後一層、鈴木氏が指摘するように、問題をこじらせずに解決するためにも、新区長と支援団体の連携、そして地域住民の理解が求められる。
■渋谷区議選でトップ当選したのは誰か?
長谷部氏の当選には、「同性パートナーシップ条例」や「ネット選挙活動」以外にも理由があるように思える。たとえば、区民も汚いと敬遠していた公衆トイレの美化。公衆トイレのネーミングライツを提案し、いくつかのトイレでは導入されて好評を得ている。村上氏は「地方創生」を掲げ、国や都からの助成金を活用して区の財政負担を減らすと公約していたが、では国や都の助成金が逼迫してしまったら、渋谷区はどうやって生き残るのだろうか?
本来の「地方創生」とは、自治体が自立することにある。小さいかもしれないが、公衆トイレのネーミングライツは区の財政にはプラスへはたらくだろう。そうした発想が渋谷区といえども、今後必要なのではないだろうか。財政が豊かになれば、より充実した教育や福祉サービスが可能になるだろう。
また、子どもが思い切り遊べる「はるのおがわプレーパーク」や子ども・親子支援センター「かぞくのアトリエ」リニューアル。渋谷のヒカリエで開催され、連日、若い世代でにぎわっていた「超福祉展」も長谷部氏は関わっていた。
メディアや区外の人たちからは、「同性パートナーシップ条例」や宮下公園の問題ばかりが注目を集めてしまった渋谷区長選だが、渋谷区民にとって、長谷部氏の3期にわたる区議活動の成果は、暮らしに地続きなものが少なくない。有権者はこうしたことも、判断材料にしているのだ。
さて、区長選の話題ばかりになってしまったが、同時に大事なのが区議会選挙だ。過去3回の区議選でトップ当選してきた長谷部氏の得票数を大きく上回る当選者が現れた。今回、3期目の挑戦となった岡田マリ氏だ。政党には所属せず、支援も得ていない。
岡田氏は4163票を得てトップ当選。次点の当選者、共産党の五十嵐千代子氏の2750票を大きく引き離した。岡田氏もまた長谷部氏と共に、「同性パートナーシップ条例」の実現を議会で推進してきた一人であり、子育て支援などで実績を積んできた区議である。渋谷区民が一体、何を渋谷区政に望んだのか。「風」がどちらを向いて吹いているのか、長谷部氏の区長選当選と岡田氏の区議選トップ当選からうかがえる。
一方で、「同性パートナーシップ条例」の可決の際に反対票を投じた自民党区議は8人だったが、今回の区議選で10人に議席を増やしている。「同性パートナーシップ条例」がどのように実行されるか。今後も渋谷区議会には注視が必要だろう。
長谷部氏の出馬会見に応援で駆けつけた岡田氏(右から2人目)