『あいちトリエンナーレ2016』のコンセプトビデオや蓮沼執太のMVを手がけるなど、多面的な活動を展開する美術家・映像作家 山城大督。注目の若手作家の一人である彼の人生そのものに迫ります。彼の表現力はどのように培われたのか。そして、結婚や子どもの誕生は、彼の表現にどのような影響を与えているのか。
美術家・映像作家 山城大督って?
『あいちトリエンナーレ2016』のコンセプトビデオや、蓮沼執太のミュージックビデオなどを手がけ、メキメキと頭角を現し始めている美術家・映像作家 山城大督さん。かたやでアーティストとして個展を開催したり、アートユニット『Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)』(以下ナデガタ)のメンバーとして作品を展開したりと、その活動は多彩だ。
<あいちトリエンナーレ2016 コンセプトビデオ>
「とにかく映画少年だった」。
映像との出会いをそう振り返る山城さん。映画が好きだった一人の少年は、どのように映像作家としての表現力を磨いてきたのか。さらに2011年に結婚、2013年には出産を経験。子どもの誕生は、彼の表現にどう影響を与えているのか。インタビューを通じて見えてきたのは、"映像作家 山城大督"は彼自身を取り巻いてきた環境がつくり出した存在ということだった。
【Profile】
山城大督 Daisuke YAMASHIRO
大阪府出身。高校卒業後、IMI(インターメディウム研究所)、IAMAS[岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー]、京都造形芸術大学を経て、YCAM[山口情報芸術センター]へ。その後、東京藝術大学大学院映像研究科後期博士課程に在籍(2014年に退学)。現在は、映像作家やアーティストとしての活動の傍ら、母校である京都造形芸術大学や明治学院大学の非常勤講師も勤める。
オレは「天才」だと思っていた(笑)。
― 映画好きな少年だった山城さん。高校卒業後、実にいろんな学校へ行っていますよね。どんな狙いがあったのですか?
狙いとかないですよ(笑)。単に高校時代勉強しなかっただけなんです。普通、美大へ行こうと思ったら、デッサンとか勉強するじゃないですか。でも、"オレは天才だからどこでも行ける"と本気で思っていて(笑)。結局関西の美大は全部落ちて、進路が決まらないまま卒業したんです。
やることがないので、4月1日に友達に紹介してもらった引越しの短期バイトをしてみたんですが、荷物を運搬した先のお客さんが自分と同い年の新大学1年生だったんですね。"俺はこれからどうなってしまうのだろうか"と本気で思いながら、段ボールを運んでいました。今思い出しても泣けますね(笑)。
― それでインターメディウム研究所(以下、IMI)へ?
はい。「デジタル時代のバウハウスを目指す」というアートスクールです。大学卒の人たちが多く在籍している学校だったので、当時18歳の僕はとてもかわいがってもらえましたね。理論もテクニックも教えてもらえました。映像をコンピューターで編集する「ノンリニア編集」ができるようになった時代で、当初はメディアアートをやっていこうと思っていたんですけど、1年の在籍期間じゃまともな作品は全然出来上がらない。そんなときに高校時代の友人から岐阜の岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(以下、IAMAS)を教えてもらったんです。で、"俺も行くわ"と(笑)。ただ、同期に真鍋大度くんとか優秀な人がたくさんいて、周りがすご過ぎたんです。で、早々にメディアアートをあきらめるっていう...。
それからは、とにかくネットサーフィンして、映画を見るみたいな毎日でした。IAMASは仮眠室とシャワーが完備、24時間学校にいれる。本当にやりたい放題だったので、校舎の脇で連日バーベキューをして怒られたこともありましたね(笑)。何の勉強をしていたのかは未だにわからないんですけど、あえて挙げるとしたら周囲の仲間たちに"面白さを発見する基準"を教えてもらったという感じですかね。
でも、まだまだ作品は何もつくれないから京都造形芸術大へ編入したって感じですね。
― 京都造形芸術大では、何を学ぼうと思ったんですか?
なんだかんだIAMASで映像に関するテクニック的な部分は教えてもらえました。でも、僕側の知的な処理能力が追いつかなくて、自分のモノにできていなかったんです。卒業制作のプログラミングも真鍋くんにやってもらったし。内緒ですよ(笑)。テクニックってネットで調べられるじゃないですか。だから、大学では、もっと美術史や芸術学、実践的なアートプロデュースを勉強したいと思っていました。
初めて同世代の人たちと勉強する機会に恵まれたんですけど、これまで年上の人たちとの付き合いが多かったこともあって、先生から多くの影響を受けましたね。教授のなかに編集者の後藤繁雄さんがいて、"アーティストは自己プロデュース力を鍛えろ"みたいなことを結構言われていました。作家性みたいな言葉を意識し始めたのは、その頃ですね。
"アーティストとして生きていく"ということ。
― いろいろな学校を経て、周囲の環境が"山城大督"をつくってきた、という印象を受けますね。作家性や表現手法みたいなところは、どのように築いていったのでしょう?
まず、自分は「天才」じゃないということに気づきました。遅せーよって感じですよね(笑)。周囲とヨーイドンで何かをつくって、それが評価されるみたいな経験は全くなくて。だから、自分は何が強みなんだろうって振り返ってみたんです。それで自分は表現自体よりもプロジェクトをつくりあげる構造設計のほうが得意なんじゃないかということに気付いて。当時の作品も、目に見える物質的な作品じゃなくて、目には見えないけど「想像力で補完する作品」みたいなものをつくってみたんです。
別の観点だと、アーティストや作家として生きていくための方法を知ることも大事だと思っていましたね。だから大学に来ていたアーティストたちのリサーチも行ないました。どうやって生計を立てているのか、どうやってアーティストになっていったのかとか。とにかくたくさんのアーティストのケーススタディーをした感じですね。
― 就職先に選んだのが山口情報芸術センター(以下、YCAM)だった。
YCAMで僕はミュージアムエデュケーターといって、作品と鑑賞者を結ぶプロジェクトや、これまで美術館に来ていなかった人たちに足を運んでもらうためのワークショップなどを企画する立場だったんです。アーティストに山口へ1年間継続的に訪問してもらったり、まちの人たちと一緒に一つの作品をつくったり。とにかくYCAMでは、山口という街が良くて、スタッフに魅力的な人が多かったです。プロジェクトを設計する要素が強かったので、とても自分に合っていて楽しかったですね。
でも、同じくらいにスタートしたナデガタの活動が本格的になっていったので、活動拠点を移していきました。東京藝大の大学院に入ったり、大学の非常勤講師として働き始めたりしたのは少しあとですね。映像作家やアーティストというあやふやな立場だけで活動していくことは難しく、学校という「研究」ができる立場や場所、テクニックを活かして生活の糧を得るための働き方が必要だと思いました。
子どもの誕生により、"人間"に興味を持つようになった。
― 山城さんがそこまでして映像作家であり続ける理由って何があるんでしょう?
映像ってロマンチックなメディアだと思うんです。時間も場所も全く違うカットとカットをつなげて、一つのストーリーが見えてくるし、それを受け入れられるのも人間にロマンチックな想像力があるからだと。昔は編集技術がなかったので、固定でカメラを用意して映画を1本撮影していたじゃないですか。でも、モンタージュという編集法が生まれて、人々は時間や場所の異なるカットを一つの時間軸で見られることに気付いた。映像のそういうロマンチックさみたいなところが、自分は好きなんだと思います。さっきの"想像力で補完する作品づくり"につながる部分かもしれませんが。
― 2011年に結婚されていますよね?結婚に不安はなかったですか?
いやいや、ありましたよ。ありすぎたから結婚したんじゃないかと思います。たぶん、フツーに結婚できるまで待っていたら永遠にムリだという認識があったので(笑)。完全に見切り発車ですよね。
― そして、2013年には第一子が誕生されて。ブログにも書かれていましたが、結婚や出産による山城さんのなかでの変化について教えてください。
今一番興味あるのが、人間なんです。そこに至った背景には、子どもの誕生が大いにありますね。単にカワイイとかだけじゃなくて、子どもはこの世界をどう認知しているのかとか、何に感動して面白いと思うのか、とか。自我みたいなものが生まれていく過程を目の当たりにして、人間の面白さを再確認できています。
赤ちゃんって最初は生存本能くらいしかないわけじゃないですか。「これが人だ」とか、「食べ物だ」とかは認識できない。でも、光は認識するんですよね。明るいほうを見るので。そこから少しずつ触れられるかどうか距離感がわかってきて。今は息子が2歳になるので、僕という自分とは別の人がいて、この人と関係が近いということは認識できていると思います。そうやって基礎感情みたいなものが育まれていくのを見られるのは面白いですね。
今後、映像や美術のトレンドはもっとプリミティブなものへとシフトしていくだろうなと思っているんですよ。コンセプチュアルなつくり方に、世の中も僕自身もちょっと疲れているというか。だから、もっとシンプルなものをつくっていくために、人や動物にフォーカスしたいと思っています。経済活動とはすぐに結びつくことはないと思うんですけど、自分が面白いと思えるものをつくりたいですからね。
― 子どもを通じて得た気付きや視点を作品づくりに活かしていくということですね。今後の作品が楽しみです。本日はありがとうございました。
[取材・文]田中嘉人
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