医師・研究者、コンサルタントを経て、スタートアップの代表に...そんな道を選んだのが豊田剛一郎さんだ。豊田さんが代表を務める医療系スタートアップ「メドレー社」は医療従事者と患者との架け橋を目指す。なぜ彼はスタートアップにチャレンジするのか?豊田さんの信念、そして人生をかけた挑戦に迫る。
「患者」と「医療従事者」の架け橋を目指すMEDLEY
医療情報のあり方にイノベーションが起こるかもしれない。
そんな可能性を感じさせるのが、医師たちがつくるオンライン病気事典「MEDLEY」だ。同サービスを展開するメドレー社は、"患者やその家族、そして医療従事者の双方が納得できる医療のために、両者の架け橋なること"を目的に掲げている医療スタートアップ。
この「MEDLEY」が優れているのは、250名近い医師が中心となり、疾患情報や医薬品、最新治療の情報などを、オンラインで提供している点だ。患者とその家族が、治療法・治療薬について理解を深めることができ、将来的には、医者にかかるべきかどうか判断ができたり、素早い応急処置の方法を知ることができたりする可能性もありえるとのこと。2015年8月にはKDDIが運営するセルフ健康チェックサービス「スマホdeドック」との連携もスタートさせた。
チームとしては、元リブセンスCTOである平山宗介氏をはじめ、WEB/IT/スタートアップ業界でも高い実績を残してきたメンバーが同社にジョイン。医師や薬剤師など医療従事者も加え、独自の体制で運営する。そのなかでも豊田剛一郎氏は異色のキャリア。日本での研修医を経て渡米。米国医師免許取得後、マッキンゼーで勤務し、メドレー社の共同代表に就任した。
なぜ、彼は「医者」という道ではなく、スタートアップを選んだのか?豊田氏の人生をかけた挑戦について迫った。
【プロフィール】豊田剛一郎
1984年生まれ。東京大学医学部卒業。聖隷浜松病院での初期臨床研修、NTT東日本関東病院脳神経外科での研修を経て、米国のChildren's Hospital of Michiganに留学。米国医師免許を取得するとともに小児脳の研究に従事し、英語論文が米国学術雑誌の表紙を飾る。2013年よりマッキンゼー・ アンド・カンパニーにて主にヘルスケア業界の企業へのコンサルティングに従事。2015年2月に株式会社メドレーに参加し、共同経営者に就任。医療情報提 供に関する意思決定の最高責任者。
日本の医療が破綻するかもしれない、そんな強烈な危機感があった
― 一番気になる部分として、もともと医師を志されていた豊田さんが、なぜ、スタートアップの代表に?というところです。
一番大きな理由は「このままだと日本の医療がダメになってしまうのではないか」という強烈な危機感があったからです。
日本で研修医をしていたころ、救命救急など、1ヶ月の半分ぐらいは病院で寝泊まりする生活で。別に苦でなかったし、それが当たり前だと思っていました。ただ、医療というシステム全体で見た時、医療従事者の自己犠牲の精神に寄りかかっている。新しい時代になれば、薬も、検査も、治療法もどんどん増えていく。高齢化社会で患者さんも増えますよね。一方で、若い労働力は減っていく一方で...じゃあどうするんだ?と常々感じていました。
アメリカやドイツに目を向けてみると、かなり合理的な医療システムになっているんです。たとえば、「どの州に、どの診療科の医師を何名配置するか」ここは国が決めます。アメリカでは脳神経外科医だったら、年間100数十人しかなれません。激しい競争があり、優秀な医師を地方にも送り出せる仕組みになっています。
日本だったら、ある程度、自ら診療科が選べますし、「地方じゃなくて東京で働きたい」と思うならば東京の病院の門を叩けばいい。個人としては選択できていいのかもしれませんが、国単位で見ると地方の医師不足が深刻な問題になってしまっています。もちろんアメリカやドイツなどの海外が必ずしも良いという訳ではないですが、なぜ、そのような仕組みにしないんだろう?という疑問は常々感じていました。
地方の医師不足だけではなく、医療費の問題など、医療においてさまざまな問題があるなかで、働けば働くほど「日本の医療はこのままでいいのか」と考えるようになっていきました。
医師として働いていたときに、本当によい医師たちと巡りあったなと思って...彼らのがんばりや努力がもっと正当に報われる仕組みをつくりたい。そう強く思っています。目の前に解決しなきゃいけない問題は見えている。それを見て見ぬ振りはできません。誰かが何かを変えてくれるのを待つのではなく、自分がきっかけになろうと思いました。
...それと単純に性格の問題もあるかもしれません。「やってみたい」という好奇心は何にしても強いですね(笑)
スタートアップ最大の武器は、スピード
― 「医療全体の仕組み・システム」にイノベーションを起こしたいと考えたとき、行政や大企業で働くという選択もあったのではないでしょうか。なぜ、スタートアップに?
行政や企業ではスピード感を持って、自分がやりたいことできないと感じていました。なので、起業するなり、NPOを立ち上げるなり、自分で立ち上げようとも考えていたんです。
またそれと並行して、小学校からの知り合いで、今の共同代表である瀧口とも定期的に話す機会がありました。彼は身内に医療不幸があり、すごく医療に不信感を抱いていました。「きちんと納得できる選択をできなかった自分が悔しい」と。
彼は患者としての立場、私は医者の立場だったのですが、「このままじゃいけない」というのは共通する部分。対話のなかで「日本に住む人たちがもっと医療のことを知れれば、多くの問題がポジティブな方向に動き出す」と結論が一致したんです。
また、瀧口に起業やNPOの話をしたら「1人でやるなんて遠回りだ」と言われて。それこそエンジニアをどう集めるのか、プロダクトをどうつくるか、何もわからなかった。当然、失敗する可能性も高いし、スピード感を持って事業を作れない。こういった背景からメドレーにジョインすることになりました。
医療×Techがもたらすのは、想像を超えるイノベーション
― 最近、ヘルステックが注目されていますが、医師免許を持つ方のご意見を伺う機会は少ないです。医療×Techがもたらす変革について、どう捉えていますか?
よく「テクノロジーを活用することで業務が効率化できる」という話はあると思うのですが、そういった次元ではなく、「医療の質」そのものも高まる可能性を感じています。
たとえば、医療・医療行為、医者と患者のコミュニケーションにおいて大きなパラダイムシフトを起こせるのではないかと考えています。
カルテにしても、昔は紙だったわけですが、電子カルテ化が進み、次はクラウドへ。ただの情報保存の媒体だったカルテが、患者さんと医師、患者さん同士でのシェアなど、コミュニケーション用のプラットフォームの礎になるかもしれません。
そういった変化によって、診療が効率化されたり、オンラインで外来が済んだりすることができれば、医師の限られた時間をより有効に活用できますよね。
テクノロジーに関していえば、メドレーは医師たちが監修する医療情報をオンラインで提供していますが、医療情報とインターネットはすごく相性がいい。
最新の医療情報を、誰もが、すぐに入手できるようになる。当然無料で。そのために医療情報の綿密なネットワークを作り、有機的にリンクさせることで、新しい可能性が拓けていくと考えています。
「志」でつながった専門家集団
― Webのスタートアップに異業種、既存業界の専門家がジョインすることで生まれる化学反応は感じていますか?
お互い、見えていなかった世界を見せることができる、ここは大きいですね。
僕自身、「こんなにもスピーディーにプロダクトが形にできるのか」とエンジニアの仕事に驚きましたし、彼らは医療業界の仕組み、医療について僕に聞いてくれて、興味深いと言ってくれる。
いま、医者、薬剤師、看護師と一緒に元グリー、元リクルート、元リブセンスなどのWebエンジニアやデザイナー、プロデューサーが働いていて。これは凄くおもしろいですよね。各専門分野で知らなかったことを知れるのはもちろん、「僕らなら何でもできる」という前提で物事を考えられる。思考やチャレンジにリミットをかけない、これが僕らのチームの特徴かもしれません。
「WEB」にしても別に業界というわけじゃなくて、ソリューションの一つですし、「医療」も同じ。人々が幸せに暮らすために何をやるか?ということだけです。
限りある自分の人生において、何に時間を費やすか。「医療問題を解決する」そういった同じ志の仲間たちが集まることで、面白い変化をもたらすことができると信じていますし、期待していただければと思います。
― 職種の枠を越えて、同じ志のもとで業界に革新を起こす。ここはスタートアップのチームビルディングのヒントにもなりそうですね。本日はありがとうございました!
[取材・文]白石勝也
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