自分が貢献したい都道府県や市区町村へ寄付をすると、住民税や所得税から一定の控除が受けられる「ふるさと納税」。少ない負担額で大きな減税効果が期待できると、人気を博しています。
通常、ふるさと納税といえば、ゆかりのある土地やお礼の品を目当てに寄付先を決めるイメージが強いと思いますが、ふるさと納税の制度を使って被災地支援ができることをご存知ですか?
今回は、熊本地震の被災地支援のために、ふるさと納税の代理受付をいち早く始め、総額約1億1千万円の寄付金を熊本県へ届けた、茨城県境町の橋本 正裕町長(中央)と野口 富太郎観光協会長(左)、まちづくり推進課のメンバー(左から須藤 靖夫さん、栗原 千恵さん、岩井 和彦さん)にお話を伺いました。
お金だけでなく事務手続きの代行も
ー境町は熊本地震の被災地支援のために、ふるさと納税の代理受付をされたそうですが。
橋本:はい。4月16日に起きた本震の様子をテレビで見て、これは大変な災害が起きたと感じ、「何かしなければ」と即座に思い立ちました。境町も昨年の9月に起きた関東・東北豪雨で被災して、1名の方が亡くなり、床上・床下浸水が493棟、車も400台ほど水没するという大きな被害を受けました。そのときに、ふるさと納税制度で寄付を募らせていただき、非常に助かったという経験がありました。
そこで、ふるさとチョイス(ふるさと納税のポータルサイト)を見てみたのですが、まだどこの自治体も受付を始めていない状態で、熊本の職員さんたちはとても手が回る状況ではないだろうと考えたのです。
それからすぐに野口観光協会長に電話をかけ、代理受付の取り組みができないか、ふるさとチョイスを運営しているトラストバンクに相談してもらいました。何度か打ち合わせを重ねる中で、「ふるさと納税には納税証明書が必要だから、自治体が必ず入らなければいけない」ということがわかりました。それなら、境町でやりましょうということで、その日の13時には現場が動き始めました。
茨城県境町 橋本 正裕町長(左)と野口 富太郎観光協会長(右)
ーすごいスピード感ですね。
橋本:関東・東北豪雨の恩返しという意味ももちろんありますが、あれだけの災害では物資ばかり送っても対処に困る場合があるのでは、と思ったのです。
災害復旧には、必ず大きなお金が必要になりますから、支援物資はまとまった数を送ることのできる企業にお任せして、僕らはお金を集めた方がいいだろうという結論に至りました。
ー被災した経験に基づいたご決断だったのですね。
橋本:災害復旧にかかる費用は、自治体にとっては、想定外の出費となります。国から補助金が出るとはいえ、全く自治体から出費しないということはないのです。
実際に、境町も関東・東北豪雨のときは、10億円ほど出費しました。年間の予算が約80億円の町で、10億円というのは大きなお金です。ふるさと納税でいただいた1800万円は、財源として非常に助かりました。その経験があったので、熊本でもお金はあるに越したことはないと思いました。
ー災害復旧のために自治体がふるさと納税で支援を要請するのは、一般的なのでしょうか?
橋本:僕らは、2014年の8月に広島市で発生した土砂災害のときに、ふるさと納税で寄付金の窓口を設けていたのを知っていましたので、水害の際に「うちも使わせてもらえないか」と相談してみました。
ー代理受付にかかる費用は、境町の負担ですか?
橋本:トラストバンクが手数料を辞退してくださり、クレジットカードの決済手数料もトラストバンクから寄付していただいたので、境町が出したのは労力だけで済みました。
災害直後に人手を出せる、ありがたさ
ー境町がふるさとチョイスで代理受付を始めてから、どれくらいの寄付金が集まりましたか?
橋本:僕らが代理受付をしたのは、本震が起こった4月16日から4月30日までの2週間で、1億1千万円分、件数にして約5000件です。
ー通常業務に加えて、代理受付の事務作業が入ることは、現場にとって負担は大きくありませんでしたか?
橋本:確かに、1億1千万円分を処理するということは、ボリュームとしては大きかったと思います。1718ある自治体の中で、ふるさと納税で1000万円以上集められているところは半数ほどしかないですから。
ー熊本地震が起きて、すぐに代理受付を始めることになり、現場は混乱しませんでしたか?
橋本:昨年の12月に関東・東北豪雨に対する寄付を募ったときに、急激にふるさと納税の件数が増えた経験があったので、今回も乗り切ってくれるだろうという思いはありました。
栗原:ふるさと納税にかかる一連の処理は今まで対応してきたことですし、何をどうすればいいかも把握していたので、特に混乱はありませんでした。
橋本:人数が足りないと現場から申告があれば、他の部署から配置転換をしたり、臨時職員を手配したりと、適宜対応していました。
栗原:ふるさと納税の手続きの中で最も労力が必要なのは納税証明書の入った封筒を閉じる作業ですので、そこの人員を増やしていただきました。昨年末はノウハウがないまま、一挙に処理件数が増えてしまったので、所感としては今回より年末の方が大変でした。
ー代理受付をしてよかったとお考えですか?
栗原:はい。境町が被災したときに、私は納税証明書の発行など、庁舎内で行う事務作業をしていることが多く、「本来であれば私も外でやるべきことがあるだろうに...」と感じていたので、私のような職員を外に出して、被災した方々のケアにあてられるというのは、代理受付の最大のメリットではないでしょうか。
まちづくり推進課 栗原 千恵さん
ー逆に、代理受付が入ることで被災地にデメリットが生じることはありませんでしたか?
栗原:境町がすべての事務作業を請け負いましたし、後日お金と応援メッセージを送らせていただいただけなので、特に現地の方に負担はかかっていないと思います。
橋本:寄付とともに寄せられた2000件もの応援メッセージは、境町役場の職員にとっても大きなモチベーションになっていたと思います。
被災地からも境町に対して「こういう制度を作ってくれてありがとう」と言ってくださる方もいらっしゃいました。
岩井:全国から届く応援メッセージを見て「がんばらなければ」という思いが、非常に強くなりました。
どうして境町は即断即決できるのか?
ーふるさと納税の代理受付は、境町以外の自治体でも行っているのですか?
橋本:4月19日に福井県が手を挙げてから徐々に他の自治体も増え始めて、今では46の市町村が代理受付をしています。
ただ僕らは、納税者の方の混乱を避けるために、代理受付をする自治体は1ヶ所に絞った方がいいという考えでしたので、境町は4月末で撤退させていただきました。
ーなるほど。
橋本:今は熊本県も熊本市も直接受け入れを始めて、結局、一番被害の大きかった益城町も直接受け入れるようになっています。
当初の目的としては、納税業務を被災していない自治体に任せて、復興に力を注いでいただきたかったのですが。とはいえ、46の市町村の代理受付だけで14億円もの寄付金を集められたことは、一定の成果として評価できると思いますし、お礼の品の競争が激化していると問題になっているふるさと納税の本来の在り方として、しっかりと地域が活性する使い方を提示できたことはよかったのではないでしょうか。
ー先陣を切られた意義は大きかったと。
橋本:そうですね。最初は、どこの市町村も「熊本の市町村がふるさと納税の受付を始めていないからできない」と言っていましたから。境町としては「被災地の方の為になるのなら、やる」という、ただそれだけでしたが、最初の垣根を越えるというのは、意外と大変なことのようです。
自治体はどうしても先にリスクを考えてしまうので、「利益に繋がるのであれば、やるべきだ」という民間企業では当たり前の判断が、なかなか難しいのだと聞きました。
ー率直な疑問ですが、なぜ橋本町長は民間企業に近い感覚で、迅速なご決断ができるのですか?
橋本:僕には、特殊な背景があるからでしょうか。
祖父が境町の町長を6期歴任しておりましたので、現在の役場の室長や部長・課長クラスは、ほとんど祖父が採用しています。私自身も新卒で役場に入り、4年間、職員として働いた経験があります。その後、議員を4期務めながら、いろいろな業種の会社を一から立ち上げてきました。そうでなければ、こんな若い町長がいきなり指示を出しても、職員は動いてくれないでしょう。
そうした背景がありながらも、職員が懸命についてきてくれたおかげで、実際に町の負債が減ってきたり、職員の給料を3%上げられたりといった結果が徐々に出てきているところです。
ーなるほど。首長さんの手腕によって、自治体は変わるし、変えられるのですね。
橋本:首長の任期は1期が4年しかありませんし、その中で災害を経験する自治体の首長は少数です。一方、職員は40年働きますから、職員が優秀であれば境町は安泰だと考えていますので、今は職員の育成に力を入れています。
一度きりではなく継続的な支援を
ーふるさと納税の代理受付は2週間で撤退されたとのことですが、現在は何か別のアプローチを始められているのですか?
橋本:今は熊本の中小企業を支援するために、境町のふるさと納税のページに熊本コーナーを作っています。例えば、熊本の「千興ファーム」の馬刺や、「熊本キャッスルホテル」の系列店のお食事券、「千代の園酒造」のお酒などがあります。
企業の復興支援は、なかなか広げることが難しいのですが、今は累計531件のふるさと納税の申し込みがあり、総額644万円寄付いただいています(2016年9月2日時点)。今後さらに伸びてくるといいですね。
境町でこの取り組みが成功すれば、代理受付と同様に他の自治体も始めやすくなるでしょうから、熊本の経済が活性化するまで、こうした持続的な支援をしていく必要があると考えています。
ー自治体として中長期的な支援をされているというお話はあまり聞いたことがなかったです。
橋本:茨城県も東日本大震災のときに、北茨城市など大きな被害を受けた地域がありましたので、1度きりではなく、継続的な支援の重要性は、常々耳にしていました。ですから、熊本の支援に関しても、「やるなら継続的にやろう」と、最初から決めていました。
まずは、ふるさと納税でお金を届け、中小企業を支援する仕組みを作った後、次は現地に人を送る予定です。
ー人を送るのですか?
橋本:そうです。今はもうボランティアがどんどん減っており、ほとんどいない状態です。こうした時期にこそ、自治体は職員を派遣するべきだという考えで、9月末には境町の職員5名を熊本市に派遣して、被災証明や罹災証明の発行のお手伝いをしてきます。さらに、境町の消防団や住民の方100名規模くらいで、旅行に行ってもらおうと思っています。「現地を見てもらうだけでも、熊本の復興につながる」と熊本市の方々がおっしゃっていますので。
ーそこまでされるとは、本当に驚きました。
橋本:職員の派遣にかかる費用や旅行の補助金は、もちろん境町が負担します。それだけのことはしないと、継続的な支援とは言えません。まだ益城町は瓦礫の山で悲惨な状態です。
ーお金が足りないから、復興のスピードが遅れているのですか?
橋本:いずれ国から補助金が入ることを知らないがために、「国からお金が出てから、取り掛かろう」という考えなのではと推測しています。被災経験のある県内自治体の首長からのアドバイスもあり、後日お金が出ることを知っていたので、境町が業者に発注し、国からお金が来る前に片付けてしまいました。僕らも水害の災害廃棄物はすべて業者にお願いしました。最初の決断が大切なのです。
ー災害対応の過去のノウハウは全国の自治体に広めていかないといけませんね。
橋本:そうですね。この辺りは、関東・東北豪雨という災害を受けて、国土交通省が市町村の首長を育成するために始めた「水害サミット」があります。災害では首長の決断によって、復興のスピードに雲泥の差が出てしまいますので、こうした取り組みから自治体が連携してノウハウを共有しておかなければいけませんし、いざ災害が起きてからは、互いに継続的な支援で助け合っていけるといいですね。
(執筆:野本纏花/撮影:尾木司)
「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」は、職場での「成果を出すチームワーク」向上を目的に2008年から活動を開始し、 毎年「いいチーム(11/26)の日」に、その年に顕著な業績を残した優れたチームを表彰するアワード「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」を開催しています。 公式サイトでは「チーム」や「チームワーク」「リーダーシップ」に関する情報を発信しています。
本記事は、2016年10月19日の掲載記事ふるさと納税をきっかけに、熊本を資金と人材面から支える──茨城県境町のチームより転載しました。