◆「死ぬまでおいしくご飯が食べたい」
これって結構多くの人が願ってることじゃないでしょうか?
でも現実にはそう簡単にはいきません。
年を取ると、歯もなくなる、噛む力も弱る、飲み込みもできなくなる......どんどんおいしくご飯を食べるためのハードルが上がってきてしまいます。
そうならないために何か心がけていることはありますか?
歯磨きをきちんとする、よく噛んで食べる、筋トレをする、定期的に歯医者さんを受診する、などいろいろありますね。きっとみなさん頑張ってくれていると思います。
しかしながら、それでも年を取るにつれて、虫歯や歯周病で歯を失ったり、のどの筋力が衰えてうまく飲み込めなくなったりして普通のお食事が難しくなってしまう方が増えてしまいます。もちろん、それを治療してお口から食事することをサポートするのが歯医者の仕事です。
ですが、老化はお口の中だけではなく、全身にも進みます。歩けなくなったり、認知症が進んだり、一人では歯科医院に通院することも難しくなってしまうのです。もしご家族やヘルパー、施設のスタッフが連れて行ってくれたとしても、バリアフリーの歯科医院はまだ少ないので、車イスから治療椅子への移動など、介助者にも大変な負担をかけることになります。その上、全身疾患のある患者さんの歯科治療の専門知識がある歯科医師も決して多くありませんので、必要な歯科治療をうけられない可能性もあります。
それではどうすればよいのでしょう? お口から食べることを諦めなければならないのでしょうか?
いいえ。そうではありません。
そういう時のために、訪問歯科があるのです。
◆訪問歯科っていくらぐらいかかるの?
訪問歯科というのは読んで字のごとく訪問してくれる歯科です。患者さんのところに歯科医師が出向いて治療を行うのです。
そんな便利なものがあるなんて! これから歯医者行かなくても来てもらえばいいのか! と思われた方たち、ごめんなさい。めんどくさくて通院したくないから来てほしいというだけでは駄目なのです。訪問歯科で治療を受けるには条件があります。
寝たきりや歩行困難、その他全身疾患が原因で歯科医院への通院が困難であることが訪問歯科で治療を受けられる条件です。ご自宅だけではなく、居宅系の施設(有料老人ホーム、軽費老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者住宅)や介護施設(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設)、歯科のない病院(療養型病棟を含む)にいらっしゃる方も対象になります。
この条件を満たしている場合、訪問での歯科治療にも健康保険を使うことができます。要介護認定がある場合は介護保険も使うことができます。治療費に関してですが、訪問診療の場合、治療費に訪問料や管理指導料が加算されます。
たとえば2014年11月現在の規定では、一割負担でご自宅にお住いの患者さんを訪問すると、訪問料として870円、管理指導料として、介護保険がない場合550円、介護保険がある場合855円、治療費以外にお金がかかります。(施設などで一回の訪問で複数人数診察するときは訪問料が140円~280円に、管理指導料も少しお安くなります。)その代わり院内での治療でかかる初診料、再診料、管理指導料などはかかりません。
ですので、医院で治療を受けるよりは若干お高くなりますが、タクシーを使って往復したり、移動の介助を行ったりする大変さや経済的負担を考えれば検討する価値はあると思います。
それに、歯科医師が患者さんの生活しているところを拝見することができるので、患者さんの生活に合わせた食事や口腔ケアのアドバイスをすることもできるのです。
「どんな治療をしてもらえるのですか? 」
「歯を削ったりもできるんですか? 」
訪問歯科をやっているというとよく聞かれる質問です。結論から言いますと、普通の医院で行う治療は何でもできます。虫歯の治療、神経の治療、歯周病の治療、被せ物、入れ歯、抜歯、もちろんレントゲンも撮影できます。最近は訪問用のポータブルの器材がたくさん開発されていますので、院内と遜色ない治療を行うことが可能です。
◆よい入れ歯をいれて人生楽しく
訪問歯科の依頼で一番多いのは「入れ歯が合わない」「入れ歯が痛い」というものです。
入れ歯というのは道具ですので、長く使っていれば材質も劣化しますし、擦り減ってしまいます。また患者さんの歯茎の方が痩せてしまって合わなくなってしまうこともあります。
合わない入れ歯を使っていると噛む能力も下がりますし、痛みが続くことで食欲もなくなってしまいます。そのため痩せてしまい、ますます合わなくなるという悪循環にもなるのです。
「先生のおかげで2年ぶりにステーキを食べました」
先日患者さんに言われた言葉です。この患者さんは転んで骨折して以来、外出できなくなり、歯科医院に通えなくなったため、壊れた入れ歯をずっと使わざるを得なかったため、毎日お粥しか食べられていなかったそうです。夏ごろより私がご自宅に治療に行き、新しい入れ歯をお作りしました。今では何でも食べられるようになって、レストランに食事に行きたいという目標もできました。
「デイサービスのカラオケ大会で優勝したよ」
この方は歯茎の癌で手術をしたので、特殊な入れ歯を入れないと会話も難しいのです。なので、入れ歯が合わなくてうまくしゃべれないから人に会いたくないと、家にこもっておられたのですが、新しい入れ歯を作ってからは毎日楽しそうにデイサービスに通ってくださっています。
このように、入れ歯は患者さんのQOLに大きく関係しているのです。
◆口腔ケアのススメ
けれども訪問歯科の治療で何よりも大切なのは口腔ケアです。訪問歯科は口腔ケアに始まり口腔ケアに終わるといっても過言ではありません。
訪問歯科を依頼ざれる患者さんのほとんどが自身で満足に歯を磨くことができません。その結果、口腔内の細菌数は増加し、虫歯や歯周病が進行するだけではなく、歯茎が腫れて入れ歯が痛くなったり、口臭の原因になったり、味覚が低下したりさまざまな問題を引き起こします。
その中でも最も危険性が高いのが誤嚥性肺炎です。誤嚥性肺炎とは、細菌が唾液や胃液とともに肺に入ってしまうことで起こる肺炎です。肺炎は日本人の死因の第4位であり、高齢者の肺炎の大部分が誤嚥に関係しているといわれています。今までの研究で、適切な口腔ケアは有意に肺炎のリスクを下げることが知られています。
そのため訪問歯科には口腔ケアの専門家である歯科衛生士が同行し、専門的に口腔清掃を行います。うがいができない患者さんもいますので、歯磨き粉は使わず、洗い流す必要のない口腔保湿ジェルをつけて清掃し、最後に口腔内用ウェットティッシュやスポンジブラシなどで口の中をぬぐいます。こうすることでせっかくとった汚れが喉の方に落ちるのを防ぐことができます。
口腔ケアの目的はそれだけではありません。歯を失っていなくても、舌や口がうまく動かすことができないと、食事や会話が難しくなります。そこで、舌や口を動かすリハビリテーションが必要となるのです。口腔ケアにはこういった機能的なリハビリテーションも含みます。また敏感な口腔内に触れ刺激を与えることで認知機能や意識レベルの向上を図れるという効果もあります。
◆つまり訪問歯科とは
先ほど、訪問歯科でも院内と遜色のない治療ができるし、入れ歯は大事と書きました。しかしながら院内とは治療の目標が少し違います。歯科治療は麻酔をしたり、長時間口を開けていなければならなかったり、患者さんの体に負担がかかることが多いです。なので、患者さんの全身状態によっては虫歯があっても治さないこともあります(もちろん痛みがあれば治療しますし、治療しなかったとしても進行を防ぐ処置はします)。入れ歯も、ご本人が使いこなせなければむしろQOLを下げてしまいますので必ず作るというわけではありません。
つまり訪問歯科というのは、歯科という専門を通じて在宅の患者さんの人生をよりよく幸せなものにするお手伝いをするお仕事なのです。ですので、歯が痛い、入れ歯が合わないなど具体的な症状がなくても、今後もずっとおいしく食事をするために、ぜひ一度、訪問歯科に診てもらうことをおすすめします。
(2014年12月12日「 MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)
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