私の本当の名前は鈴木綾ではない。
かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。
22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。
個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。
もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。
ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。
◇◇◇
女性は刃物を持って生まれる。
一生その刃物を持って生きていく。
刃物は、自分が女性であることを自覚した時に現れる。
男性に人気の女性のこと、男殺しと言うよね。
刃物を振り回して世界を修羅場にしている女性のこと。
一方で、その刃物が自分に向かうこともある。
この世の中で女性であることは、諸刃の剣だ。
社会人になるまで、多くの女性はこの刃物の存在を意識せずに育っていく。
誰も刃物の使い方を教えてくれない。刃物を持ってることだって気づかない。
しかし、社会に出ると、そこは「男社会」。
いやでも自分が女性だって意識させられる。いやでも刃物の存在を意識させられる。
女性は綺麗だから、女性はかわいいから、もっと言っちゃえば「女」だから、男社会では価値がある。
それと全く同じ理由で、女性は苦しまされる。
男社会で生きる女性の宿命だ。
あなたを常に女性として意識している6000万もの男性の視線に毎日のように晒されていると自分が女性であることが負担になる、女性である自分が嫌いになる。
そんな時、自分の心にその刃物がぐさりと刺さる。
オフィス。明るい朝、コピー機のすっきりした音が耳に響く。
机の間を歩いて、一緒によく仕事をしていた男性の机の前を通って、挨拶をした。少し気難しい人だったけど、こういう風に優しく挨拶をしてあげると彼と仕事が円滑に行った。
二人の前でガラス張りエレベーターのドアが閉まった。二人きりで高スピードで上階で待っていたお客さんのところに向かった。私は街が遠くなるのを見た。最近彼は私にいっぱい質問をしてた。個人的な質問。
「綾さんの彼氏は何の仕事をしてますか?」
エレベーターがとても狭く苦しく感じた。
「会社員です。」
金曜日の夜9時。会社の人はもうほとんど退社してた。私は残業。彼もいつも残業してた。トイレから机に戻ったら机の上に手紙が置いてあった。開けたら汚い字。彼のだと分かった。
「働きすぎないでね!良い週末を!」
このためにわざわざこのレターセット買ったんじゃないのか。昼休みとかに。少し気持ち悪かった。
彼がこれ以上寄り付かないように手紙を無視して適度な距離を取ればいいと思ったけど、無駄な作戦だった。
数日後。トイレの外。
「綾さん、話したいことがある。」
きた~。
告白したい男性がみんな使う魔法のフレーズ。
私には逃げる合図。
数日後、また彼に声をかけられた。
「今週末、予定ありますか?」
「ごめんなさい、彼氏がいるんで...」
手紙、気持ち悪いLINE、そしてメールが止まらなかったのに、一緒にニコニコして仕事をしなければいけなかった。
私が女性じゃなかったらこういうのはなかったはず。毎日女性であることを自覚させられ、刃物が自分を刺す。
オフィス。明るい朝、コピー機のすっきりした音が耳に響く。
その日はお客さんの会社で大事な発表があった。初めてプレゼンを上司に任せられたので、頑張って完璧なパワーポイントを2週間かけて作った。
お客さんの会社の会議室で奇跡的にパワポのセットアップがうまくいった。私がプレゼンする直前にお客さん側の一番偉いおじさんが口を開いた。
「皆さま、今日は綾さんがプレゼンをすることになってます。まだ独身だと聞いてます。あ、ははは。」
まじでその人を殺したかったのに、何もなかったように完璧にプレゼンした。
オフィス。明るい朝、コピー機のすっきりした音が耳に響く。
コーヒーを持って机に座ってメールチェックを始めた。後ろから6個上の先輩の小野さんの声。
「おい、綾さん。今週末あなたを知ってる人に会ったよー」
「おはようございます、小野さん。誰に会ったんですか。」
小野さんは机に座ったままみんなに聞こえるような大声で話し続けた。
「石崎さん。綾さんにこの間知り合ったって。」
「そうですね。この間新宿の飲み会で確かに...」
「僕が彼に何を言ったと思う?」
「し、知りません。」
「綾さん自分がかわいいと思ってるから嫌いだって。あははは。」
オフィス。明るい朝、コピー機のすっきりした音が普段耳に響くけど、その朝は違う。音が耳に入ってこない。
電車の中でつり革を片手で握ってケータイを弄ってたら後ろで私の体を触るような感じがした。しかし、電車が混んでいたせいで人が圧迫してるんだと思って振り向かなかった。
それでもお尻に何かが触っているような気がして、振り向いたら痴漢だった。しかも電車は全然混んでいなかった。周りの人が気づいていたはずなのに誰も何も言ってくれなかった。
「やめて!」と大声で叫んだら痴漢の男性が逃げた。
それでも周りの人は誰も何も言わなかった。何事もなかったように、無視。
また、自分が女性として扱われていることに気づいて、いやな気持ちになった。
彼氏とタクシーでデートから帰ってきたところ。
最近女性であることがすごく嫌になってたけど、その気持をうまく言葉にできなくて彼の手をぎゅっと握った。
「家で降ろしてあげようか?」
彼の手をもっと強く握った。
「ちょっとだけ一緒に入ってくれる?」
(私が住んでいたシェアハウスは女性専用だったけど、男性はキッチンまでならOK。)
離れてほしくなかった。
男性のセクハラと毎日戦ってる自分が男性からの慰めを求めてる。皮肉だな。
笑いたくなるくらい。